第三話
三、
次の日、高橋は目覚めが良かった。今日は友人とレポートを書くということもあり、いつもより早めに起きてオレンジジュースを飲んでいた。友達との待ち合わせ場所は、大学の図書館であり、それまでにはまだ時間が合った。ぼーっとしていても何もならない、そう思った高橋はシャワーを浴びに浴室へと向かった。部屋の中でも感じる朝のひんやりとした空気に、冷やされた高橋の体を流れていくお湯が心地よかった。風呂から出て髪を乾かしていると、高橋の携帯にメールが入ってきた。乾かし終えて、髪をおおざっぱに整えると、メールを開いてみた。メールは、これから一緒にレポートをやる友人からだった。内容は、集合時間を一時間ほど遅らしてもらえないかといったもので、特に急いでいるわけでもなかったので、「了解。」とだけ返事を返した。
そして、一通り準備を終えると、先に図書館に行くことにした。図書館は、日曜日ということもあり、人はそれほど多くはなかった。けれども、試験が近いのだろうか、机に向かい勉強をしている学生の姿が目立った。高橋は、そういった人々に感心しつつ、自分は壁際の椅子に座り、家から持ってきた本を読み始めた。半時ほど読んでいると、なんだか眠たくなってきた。周りを見ると、先ほどまでガリガリ勉強をしていた学生の幾人かも、机にうつ伏せになっていた。それを見ると、高橋もなんだか安心し、眠気に任せてうとうとと寝入ってしまった。
ふと気づくと、高橋は自分の肩が強く揺さぶられるのに気づいた。
「おう、そろそろ起きろよ。レポートの時間だぞ。」
高橋は、すぐには状況をつかめなかったが、意識がはっきりしてくると友人の伊藤であることに気づいた。
「おう、もうそんな時間か。ついつい寝ちゃったよ。」
「そうらしいな、あんまり気持ちよさそうに寝てるから、起こそうか迷ったけど、いつ起きるか分からないから、とりあえず起こしてみた。」
「ありがとう。」
「じゃあ、さっそくレポート始めようか。」
「そうするか。」
そういうと、二人は大きな机のある席へと移動した。
「そういや、信ちゃん最近直子とどうなの?うまくやってる?」
「そうだな〜、金曜に会ったきり会ってないけど、まあいい感じでやってるよ。」
「それならよかった。二人を紹介した俺としては、やっぱり、うまくいってもらわないと俺の面目がたたないからな。」
「別に、そんなこと気にしなくてもいいよ。俺もやりづらいし・・・」
「まあ、俺は遠くから二人を見守ることにするよ。でも、何かあったら俺に相談しろよ。」
「分かった、分かった。伊藤は本当にそういう話大好きだからな〜。」
「そんなこと、ずっと前から知ってるだろ。」
伊藤は、高橋よりも調子がよく、大きな瞳と整った顔立ちから、様相は男というよりは女の子といった感じだった。また、初めて会った人にでも伊藤は軽く話しかける癖がある。それは、高橋にたいしてもそうであった。現在は時間が経ったおかげか、もう慣れたが、最初は人見知りの高橋にはそんな軽い感じの伊藤が受け入れがたかった。しかし、話してみるととりわけ悪そうなやつでもなく、自分の長所や短所、恋愛経験など次から次に語りだすのだった。聞いていて面倒になることもあるが、話は満更退屈ではなく、高橋自身も気づかぬうちに笑っているといったことが度々あった。そのためか、伊藤には女友達がたくさんいた。直子もそのうちの一人であり、伊藤の進めもあって、半年前からお付き合いをしていたのだった。
「そういえば、伊藤は彼女とどうなってるの?」
「ん〜、それが、最近微妙でね。正直俺は、あいつと別れたいと思ってる。」
「・・・」
高橋は素直に驚いた。
「向こうはお前に対してどんな感じなの?」
「向こうは、まだ俺のことが好きみたい。」
「お前、ついこの間まで彼女のこと自慢したり、好きだとか言ってたじゃんか。他に好きな人ができたのか?」
「そうじゃないんだ。ただ、少し疲れたんだ。だから、今度会った時に打ち明けようと思う。」
またも高橋は驚きを隠せなかった。少し前までは、彼女の話をすると喜んで食いついてきた人間が、今度は、彼女との関係が疲れたと言ってきた。そりゃあ誰しも、人間関係に疲れるときはある。それは伊藤にとっても同じことだろう。ただ、あまりの急変さと伊藤の表情から話の内容は本気であることが伺えた。
「お前がそう決めたんなら、そうするのがいいよ。」
「いいアドバイスをありがとう。」
伊藤はわざと明るくみせたが、その表情の奥には疲れの色が見えた。高橋は、それ以上のことを聞いてみたかったが、向こうから話してこないどこか普段と違う伊藤と、これ以上聞く必要のないことを知ると、この話しはこれで終わりにした。そして、話題も変わり、いつしか二人は、目の前のレポートを仕上げることだけに集中していた。
レポートは、正午を少し過ぎた頃に完成した。終わった頃には二人ともくたくたであった。
「いや〜、疲れたな〜。とりあえず、なんか食いに行こうか?」
「そうだな。」とだけ高橋が言うと、二人は図書館を出た。空には雲ひとつなく陽も高々と上がっているのに、風が吹いているせいか想像以上に寒かった。