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第二十話

二十、


 高橋は、涙をこらえながら病院を後にした。西の空には夕日が沈もうとしている。

今日は伊藤の話を聴いて、とうとう、その実態が明らかとなった。その内容は驚愕すべきものであったが、高橋は案外冷静だった。それは、長く歯の隙間に詰まっていたものが取れたような気分に似ていた。もちろん、ここであの事故が解決したわけではないが、解決に至る大きな一歩を踏み込んだことは確かだろう。しかも、今日の伊藤を見るぶんには、良い方向に解決していきそうである。高橋はそう確信した。

しかし、この不祥事をきっかけに、伊藤は大学を退学することは間違いないだろう。もし、あの事故がばれなかったとしても、それは免れないはずだ。まあ、それは仕方のないことであり、その方が伊藤のためにもなるだろう。それに、伊藤が退学しても、高橋と伊藤の関係は変わらない。むしろ、今回の事を期に、二人の友情はより強く美しいものになっただろう。

そんな事を考えていると、高橋はふとあることに気付いた。それは直子との関係のことだ。そういえば、直子と付き合い始めて約半年が経つが、自分がなぜ直子と付き合っているのか疑問に感じた。もちろん、高橋は直子の事が好きである。直子のどこがいいのかも分かっている。それなのに、伊藤に対するような激しい心と心のぶつかり合いを感じた事はなかった。はたして、男女の仲にそのようなものが必要なのかは分からない。けれども、高橋にはそれが必要だった。もし今、伊藤と直子のどちらを選ぶかと聞かれれば、高橋は迷わず伊藤を選んだ。

自分はなぜ直子と付き合うのだ?そもそも付き合うということは、何を目的とし、何を意味するのだろうか?この場合、男と女の関係は友達の関係とは異なる。しかし、共通する部分も少なくはないだろう。高橋がそれを理解するにはまだ若過ぎた。

今日の高橋は特に疲れ、腹も減っていた。そのため、直子のことを考える事はよしにして定食屋に入っていった。のれんをくぐると、中には温かい雰囲気が漂っていた。そして、高橋が入るやいなや、白い割烹着を着たおばさんが、「いらっしゃいませ〜。」と大きな声で出迎えてくれた。客は高橋一人であるが、狭いせいか違和感はない。汚れた壁にはビールのポスターが貼ってあり、小さな本棚にはマンガや雑誌が乱雑に積み重なっていた。冗談にも綺麗とか高級といった言葉が似合う店ではないが、おばさんは親切そうであり、高橋の嫌いな店ではなさそうだった。その親切そうなおばさんは、高橋に水を運んできた。

「どうも、決まりましたらまた呼んでください。」

「じゃあ、とんかつ定食でお願いします。」

「はい、とんかつ定食ですね。」そう言うと厨房の方へと向かって行った。

 厨房には、頭に黄色いバンダナを被り、眼鏡をかけた中年の男が立っていた。そして、注文を受けるとエプロンのひもを結び、準備に取り掛かったようだった。おそらく、夫婦で経営しているのだろう。それから、厨房をよく覗くと、その夫婦の足元には、なにかふかふかしたものがあるのに気付いた。どうやら、犬のようである。体は無駄に大きく、毛並みは一級品である。まるで、ぬいぐるみのようだ。食堂の厨房に犬がいるのは、衛生上あまりいいことではないが、別段取り立てて言う事でもないのでそれきりにした。

「お待たせしました。とんかつ定食です。」

「どうも。」

「御飯は大盛りにしときましたけど、足りなかったら遠慮なくおかわりして下さいね。」

「はい。ありがとうございます。」

 それから、そのおばさんはまだ話したそうだったが、高橋がさっそく食べ始めたのを見ると、おとなしく厨房の方へと戻っていってしまった。高橋もその気使いをありがたく思い、おかわりもしながらもっぱら食事に集中した。

 腹もたまり、店を出ると、外はもう真っ暗であった。その上、最近は風も強く、寒さはいっそう厳しくなっていた。今日は早く家に帰ってこたつで温まろう。そんな事を考えていると、目の前を柄の悪い三人組が通り過ぎた。三人とも煙草を吹かし、だらだらとしたリズムを刻みながら、伊藤の言っていた裏通りの方へと歩いていった。これはもしかすると伊藤の言っていた三人組かもしれない。年齢や様相から見て、その確率は低いとは言えない。そう思うと、高橋はなにかに吸いつけられるようにその三人の後を追って行った。

 三人は、途中コンビニに寄って何か買い物をしたらしかったが、最終的には伊藤の言っていた裏通りで足を止めた。それから、少し様子を見ていると、その三人の輪の中に高校生らしき青年が交ざってきた。その青年の体裁は、制服を着ている以外、三人とあまり変わりはない。  

青年が財布から金を出すと、それと引き換えに三人の内一人がなにかを手渡した。青年は、三人の輪に囲まれていたのでよく見えなかったが、伊藤の話を聴いたせいか、高橋にはそれが薬物だとしか思えなかった。そして、その取引が終わると、青年は足早にその場を去っていった。高橋は出て行くのは気が引けたので、その場でもう少し様子を見る事にした。

 高橋が様子を窺い始めてしばらく経った頃、三人のもとには暴力団とも見て取れる男たちが歩み寄ってきた。人数は五六人ぐらいであろう。高橋の所からは大分離れていたので、何を言っているのかはよく聞き取れなかったが、売り上げはどうだとか言っていたように聞こえた。同時に、三人はその男たちに深々と頭を下げていた。そして、話が終わるやいなや、男たちは街の繁華街へと姿を消していった。

 ここまでの様子を見る限り、あの三人は伊藤の言っていた人たちにほぼ間違いはないだろう。そう思うと高橋は鳥肌がたった。自分の目と鼻の先に親友を泥沼へと引き込んだ張本人がいるのである。しかも、地べたに座りながら耳ざわりな笑い声でけらけらと笑っているではないか。高橋はそれを見ていると無性に腹が立ってきた。



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