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第十四話

十四、


 その日の講義は、夕方までびっしりと詰まっていた。しかし、伊藤のことを考えていると読書や居眠りもしっくりこない。まるで講義が拷問のようである。早くここを出て、病院へ行きたい。行って伊藤と話がしたい。医者は伊藤に精神的な問題があると言っていた。おそらく、というか確実にあの事故のことで悩んでいたのである。悩んでいたのなら俺に相談してくれればいいものを、あいつは実家に帰るなどと嘘をついてまで俺から避けていた。いったい、なぜなのだ?もしや、俺を巻き込みたくないがために重荷をひとりで背負おうとしたのかもしれない。とにかく、何かしらあいつなりの考えがあるはずである。昨日入院したばかりで、体はきついかもしれないが、様子を見て今日はそれを聞き出し、これからのことを話し合おう。そんなことを何度も何度も繰り返し考えていると、いつの間にか講義が終了した。すると、高橋は急いでバックに教科書などをしまい、小走りで講義室を後にした。

 高橋が駐輪場で自転車の鍵をはずしていると、一人の女性が声をかけてきた。

「信君、お疲れ様。」あまりにいきなりだったので、高橋は顔を見るまで誰なのか分からなかった。

「おっ、お疲れ。」顔を見ると、それは直子であった。

「これからどうするの?よかったら晩御飯一緒に食べない?」

「ん〜、ごめん。これからちょっと忙しいんだ。」

「珍しいのね、いつも空いてるのに。何の用なの?」高橋は、直子の方こそ今日に限って珍しく深く聞いてくるなと思った。

「いや、大した用ではないんだけどね・・・」高橋は、伊藤が入院していることを話していいものか悩んだ。しかし、入院のことはすでに伊藤の家族には分かっていることである。しかも、入院のことが分かってもあの事故のことまでは分かるまい。そうして高橋は話を続けた。

「実は、昨日伊藤が入院して、これから様子を見に行こうと思ってるんだ。」

「ええっ、驚いた!本当なの?」

「ああ。」

「それで、なんで入院なんてしたの?」

「まだ、詳しいことは分からないんだ。でも、そんなに重くはないと思うよ。」

「だといいけど、心配だわ。私も一緒にいっていいかしら?」

「私もって、今から?」

「そうよ。」直子は、無論といったような顔で高橋を見つめている。

「いや、その気持ちはありがたいけど、今日ばかりはあいつと二人きりで話がしたいんだ。」

「そんなのずるいわよ。私だって伊藤君のことが心配だもの。減るものでもないし、連れて行って。」

 直子が来てしまっては、事故のことを話せなくなる。それではただのお見舞いでしかない。この問題はなるべく早く解決しなくてはいけないのだ。それには、今日二人で話しをするのが懸命であることは言うまでもない。それに、今日の直子はやけにしつこい。しかし、高橋は引いてはならないと思った。

「本当にごめんよ。直子の気持ちも分かるけど、今日ばかりはあいつと二人になりたいんだ。分かってくれるかい?」

「まあ、そこまで言うのなら仕方ないわ。その代わり、今度行く時は一緒に行きましょう。」

「ありがとう。ついでに今度なにかおごるよ。」

「ふふっ。その時はよろしく頼むわよ。」そうして直子の顔が緩んだ。それを見て、高橋もホッとした。

 病院までは自転車で三十分程度である。なにも運動をしていない高橋にとっては、調度いい運動である。それに、病院までの道は普段通らない道なので、どこか新鮮であり、目の刺激にもなった。

 病院に着くと、高橋はあることに気が付いた。それはこの病院が大きくてきれいだということである。最近できたばかりなのだろうか、受付や廊下、トイレなどのデザインは病院らしくなかった。これに展示品などが置いてあれば、まるで博物館の様である。中にはエレベーターだけでなく、エスカレーターも設置されていた。病院の中でエスカレーターにのるのは初めてである。このような快適な空間なら、自分も入院して講義を休みたいなあとも思う。

 高橋は、受付で伊藤の病室を聞くと、ジュースを二本買って病室へと向かった。暖房が効いた空間にジュースの冷たさが心地よい。病室に着くまでその心地よさを味わい、高橋は伊藤の病室のドアをノックした。けれども、中からは返事がない。

「すみません、入りますよ。」高橋は、伊藤以外の患者を気遣って少し丁寧に言ってみた。

 けれども、中に入ると、ベットは一つだけだった。そこに寝ているのはもちろん伊藤である。その時、伊藤はぐっすりと眠っていた。高橋は静かにドアをしめ、枕元へと向かい小さなテーブルの上にジュースを置いた。室内の壁は木で統一されていて、清潔感があり、温かみがあった。

 高橋は、ベット脇の座椅子に座ると窓の外を見た。四分の一ほど空いたままの窓からは、レースのカーテンをなびかせながら冷たい風が入ってきていた。しかし、それは気持ちのよいものであった。それに、窓の外には真っ赤に燃えた夕日が見えている。そういえば、自分が夕日をこうやってまじまじと眺めるのは、子供の時以来である。どうして、今までこんなに綺麗なものを見なかったんだろう。晴れの日は、毎日ただで見ることができるのに、写真すら撮ったことがない。高橋は椅子に座ったまま、しばらくの間窓の外を見つめていた。伊藤はすやすやと眠っている。

 しばらくして夕日も沈み、街の景色は昼から夜へと変わった。そうなると、気持ちよかった外の風もいよいよ寒くなってくる。そうして高橋は窓とカーテンを閉めた。そして、体の向きを変えて伊藤を見ると、伊藤はくるりと寝返りをうった。まあ、睡眠不足という診断だったので疲れているのも無理はないだろう。しかし、このままでは大事な話ができずに終わってしまう。かといって、彼を起こすのも気が引ける。そんな時、病室に看護師が入ってきた。その看護師は、すらりと背の高い女性であった。

「すみません、お邪魔します。」その看護師は高橋に会釈をすると、さらに続けた。

「伊藤さん。晩御飯のお時間ですよ。」

「あっ、すみません。伊藤はまだ寝てるみたいなんですよ。」

「あら、そうでしたか。まあ無理もないですよね。それじゃあ、また後で来たほうがいいでしょうか?それとも、御飯だけ置いていきましょうか?」

「じゃあ、また後でお願いします。」

 しかし、高橋がそう言った瞬間、伊藤が目を覚ました。

「あっ、看護師さん。どうやら、伊藤の目が覚めたみたいです。」

「はいはい。」看護師は、半分部屋を出かけていたが、そう言うとまた戻ってきた。

「お〜い、伊藤。御飯みたいだぞ。起きてすぐに食べられるか?」

「・・・。」伊藤は訳の分からないといった様子で、高橋の方を見た。まだ寝ぼけているようである。

「あれ、信ちゃんこんなところで何してるの?」

「何って、お前のお見舞いに来たんだよ。思ったより元気そうでよかったな。」

「おかげさまで。」高橋の言う通り、伊藤は元気そうであった。昨日の医者は、伊藤が精神的に病んでいると言っていたが、全然そんなことはなさそうである。

「あの〜、御飯はどうしましょうか?」と看護師が言った。

「あっ、すみません。」と挨拶すると、高橋は伊藤に質問した。

「御飯はもう食べられるか?」

「うん。食べる。」

「そうか、良かった。食欲はあるみたいだな。」そうして、看護師は、伊藤の前に晩御飯を並べた。晩御飯と言っても、おかゆ等の軽い食事だったが、伊藤はおいしそうに頬張っていた。


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