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第十二話

十二、


 高橋が伊藤の家に着いた頃には、息が途切れ途切れになっていた。自転車に急いで鍵を掛けると、高橋はすぐに伊藤の部屋へと向かった。伊藤のアパートは三階建ての小さなもので、大分古いせいかベージュ色の壁にはノロがはっていた。ちなみに伊藤の部屋は一階の105号室である。ドアのポケットには、勧誘やピザの広告が、これでもかと言わんばかりに押し込められていた。伊藤は家にはいないのだろうか?そう思いつつも、インターフォンを鳴らしてみる。しかし、一向に人の気配が感じられない。高橋はドアを叩いてみた。けれども、結果は同じである。携帯の着信履歴を見てみても、伊藤からの連絡はなかった。そうだ、伊藤の車を見てこよう。そう思い立つと、高橋は少し離れた所にある駐車場へと向かった。

 伊藤のアパートは駐車場が狭く、車が三台も入ればいっぱいになってしまう。そのため、伊藤は少し離れた所にある月極の駐車場に車を停めていたのだ。駐車場に着くと、伊藤の車がいつもの場所にひっそりと停まっていた。高橋は車の近くに行くと、中を覗き込んでみた。無論、伊藤の姿はなく、変わった雰囲気も感じられない。しかし、事故で壊れたバンパーとライトが痛々しく感じられた。

 高橋は、一旦伊藤のアパートに引き返した。そして、今度は駐輪場で伊藤の自転車を探した。すると、車と同様自転車もあった。やはり家にいそうである。そうでなければ、電車などで遠くに行ってしまったのだろうか?

 その時、駐輪場に一人の女性が自転車を押してきた。外見からこのアパートの住人であることは間違いないであろう。そこで、高橋は思い切って話しかけてみた。

「こんにちは。」

「えっ、あっ、こんにちは・・・」いきなり知らない人から声を掛けられたせいか、女性はおどおどしていた。

「すみませんが、あなたはここのアパートの方ですよね?105号室の人のことで、何か知っていませんか?」

「いえ・・・会ったこともないので、ちょっと分かりません。」

「そうですか。どうもすみませんでした。」そう言うと、高橋は軽く会釈をした。一方、話しかけられた女性の方は、迷惑そうであった。高橋との会話が終わると、小走りにアパートの中へと入って行ってしまった。こんな時こそ、街頭でティッシュ配りをしている人たちの気持ちがよく分る。

 それから高橋は、また105号室のドアの前に立っていた。今度はさっきよりも強くドアを叩いてみる。ドアを叩いて駄目なら、手と一緒に声も出してみる。そうこうしている内に半時ほど経ったであろうか、もうこうなってしまっては、あれしかない。このドアを蹴り破ろう!冗談まじりにそんなことを考えていると、アパートの入り口の方から六十歳くらいの男性がこっちに向かってきた。なにやら、高橋に向かって手招きをしているようである。それと一緒に何か言っているようだったが、あまりよく聞き取れない。

「そこの人。」

「はい?」

「君だよ君!」

「僕がなにか?」

「困るよ、こんなところで。」

「あっ、すみません。友達を訪ねて来ただけなんですけど・・・」

「そうなの?私はここの大家をやっている者なんだけど、さっき不審者が来ているって電話があったから、見に来たんだよ。」

「すみません、ご迷惑をかけて。」そういうと高橋は頭を下げた。それと同時に、高橋の頭には駐輪場の女性が頭を過ぎった。

「いや、不審者じゃなければいいんだけどね。それで、ここの人になんようなの?」

「ここにいるのは僕の友達なんですけど、最近連絡が取れないので、直接来てみたんです。車と自転車があったので、部屋にいるかと思ったんですけど、いくら呼んでも反応がないんですよ。それで、困ってたところです。」

「ふ〜ん、そうなの。僕も、ここに住んでいるわけじゃないから、住人の状況は分からないけど、なんなら鍵を開けようか?」

「あっ、大丈夫ですか?できれば、お願いします。」

「はいはい、ちょっと待っててね。」そう言うと大家さんは鍵を探し始めた。

 高橋は、大家がいい人そうでほっとした。けれども、大家の体がタバコ臭いのには、少しではあるが不快感を覚えた。大家さんは、白髪まじりのひげを生やし、頭にはえんじ色のニット帽を被り、せっせと鍵を探している。

「えっ〜と、ここは105だよね。」やっと鍵を見つけたのだろう、大家さんは、そう言うと鍵穴に鍵を差し込んだ。そして、いとも容易くドアは開いた。中は真っ暗とまではいかないが、明るいとも言い難い。

「伊藤〜。いるのか?悪いけど、勝手に入るぞ。」そう言うと、高橋と大家は部屋の中へと入って行った。部屋の中は臭いがこもっており、大家のタバコの臭いのよりも不快に感じた。玄関にはゴミがためてあった。大方、臭いの原因はこれであろう。

 二人はゴミを避け、キッチンを過ぎると、奥の部屋へと続くドアを開けた。次の瞬間、高橋は自分の目を疑った。なんと、ベットの上にちゃっかりと伊藤が座っていたのだ。しかし、二人が部屋に入ってきたことに気がつかないのか、それとも知らないふりをしているのか、伊藤は黙っていた。

「おい、伊藤。さっきから呼んでたのに、いったい何やってたんだ。いるならいるで、ちゃんと出てこいよ。」

「ああ、ごめん。」そう返答するものの、伊藤の目は壁の方を向いていた。

「悪いけど、私はこれで失礼するね。」そう言うと大家は出て行った。高橋は、ありがとうございました、とだけ礼を言った。

 その時、ドサッという大きな音と共に伊藤がベットから落ち、床に平伏した。

「おい、大丈夫か?」

 その声を聞きつけたのか、大家は引き返してきた。

「どうしたんだい?」

「伊藤が、突然気を失ったみたいなんです。」

「とりあえず、救急車を呼ぼう!」そう言って、大家は119をダイアルした。高橋は、白目の伊藤をかかえ、ベットにそっと寝かした。よく見ると、伊藤の顔はげっそりとこけており、目の下にはくまができている。呼吸も脈もあるので、命に別状はないであろう。

 それにしても、いったい伊藤の身の回りでは何が起きているのだろうか。あの事故以来、伊藤は心身共におかしくなった。体調が回復したらゆっくりと話をしてみよう。

 それから、高橋と大家は救急車に乗り、伊藤と共に病院へと向かった。


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