一章 餌食
一章だけだとまともに話が進まないどころかあらすじにもかからないので、取り敢えず二章も投稿します。……とはいっても数分後にはこれが「一章」になってるんですよね。
木染町、沢木家。俺達は客間に通され、依頼主の沢木 謙三氏、その妻の美里さんと対面していた。
「依頼内容の確認をすると、だ。毎年の大晦日の晩、年の変わる夜に、白装束姿で牛の面を被った何者かが人間を殺しに来る。で、今回はあんたの娘さん……千佳さんが標的らしいから助けて欲しい、と」
「ああ。それを告げられると共にそれ自体を知ったのがつい二日前……。それで助けを探していて、噂で聞いた君達の事務所に連絡したんだ」
「しかしこの現代に珍しいな。毎年人を殺しに来る奴など、今となってはそうそう聞く話ではないが……どういう訳でそんなことになったんだ?」
綴屋が空になった湯呑みを置いた。謙三氏が少し戸惑ったような顔をした。外見は子供のくせにやたら偉ぶるような変な奴が来るなど、到底思わなかったのだろう。
「そ、それが町の方でもよくわからないらしいんだ。止める方法も、全然。ただ、昔から起きているからか、誰を狙っているのかを知る方法はあるみたいで……。教えに来たのはせめてもの情けなんだろうが、二日前だなんて、急過ぎる」
「なんでも、狙った人間が殺せなかった時には、その化物が暴れて大きな被害を出すらしいわ……。きっと逃げる準備の余裕を与えないために、ギリギリで知らせたのよ。情けはかけても、結局は千佳を殺させるつもりなんだわ」
沢木夫妻の顔には悲壮と悔しさが滲んでいた。綴屋が冷静な表情のまま言った。
「一人の犠牲で皆を助ける……。昔からよく見られるやり方だな」
「だからって、それしか手立てはないのか……?」
「なんとかします。それ以外の手立てを見つけるためのあたし達ですから」
落ち込む謙三氏に紫苑が言う。どうもこいつは常識人な所があるためか、気苦労ばかりかけられているというか、宥め役が多い。大変なものだ。尤も、かく言う俺も気苦労をかけている内の一人なのだろうが。
「そ、そうだな……。ああ、それと牛の面の奴は、できれば一度捕まえて、殺したり下手なことはしないで、ここに連れて来てくれないか。相手はただでさえそんな邪悪な奴なんだ。殺したら何が起こるかわからないし、捕まえたことを町の方にも知らせて、こんなことを止めさせなくちゃいけない」
「ああ、わかった。その対処のためにこのガキ……綴屋を連れて来てる。……そういえば、当の娘さんは何処に?」
ガキなどと言われたからだろう、綴屋がこちらを睨んでいる。しかし俺は、娘の話題を出されて顔を曇らせた沢木夫妻の方に目を向けた。
「千佳は今、二階の部屋に……。やっぱりショックが大きいみたいで……」
無理からぬ話だ。いきなり「二日後の夜にお前は殺される」と言われて平気でいられる人間などいない。
「まあ、仕方の無いことか。……それと汚い話で悪いが、依頼を達成した暁には、報酬として二十五万ばかり頂戴したい。相手が長く生きて強い信仰を持っている上に、人殺しを毎年の恒例行事にするような、しかも上手く行かなきゃ暴れ回るようなろくでもない奴とあれば、こちらも命懸けになるかも知れない。これくらい貰わないと、正直に言って割に合わない」
「お金のことなら大丈夫だ。一応と貯金もある。幾らかかっても、やっぱり娘の命には替えられない」
「なら良い、契約成立だな。俺達はこれから聞き込むなり調べるなりしてくる。夜になったら、またここへ来て報告や今後の方針について話す。お前らもそれでいいな?」
「私は構わないよ」
「あたしも、それでいいよ」
紫苑と綴屋が頷いた。話もまとまった所で、俺は席を立つ。
「それじゃあ、また後ほど。この鳩に話しかければ俺達に連絡が行くから、何かあったらこいつに言ってくれ」
テーブルの上に黒い炎が上がり、消えると共に黒い鳩が現れた。沢木夫妻は怯えながらも、その視線は鳩に釘付けになっていた。
「こ、これは一体……」
「ちょっとした秘密道具だ。少しくらいこういう不思議なものを見せた方が、あんたも俺達を信じられるだろ?」
尤も、今までにトリックか何かだと疑った奴も何人かいたが。どうやら今回は信じてくれるタイプのようで安心した。鳩に恐る恐る触れようとしている沢木夫妻を尻目に、俺達はリビングから出ていった。
○
「はい。話、書き留めておいたよ」
「お、ありがとな」
外に出た俺に、紫苑が手帳を渡してきた。俺はページをめくってちゃんとメモしてあることを確認し、トレンチコートの下に着たシャツのポケットに入れた。
「紫苑は俺と一緒に年長者や長く住んでる住人に聞き込み。綴屋は図書館に行って町の歴史や周辺の信仰について調べてくれ」
「おいおい、私だけ除け者という訳か?仲間外れとは寂しいな」
「あっ、ごめん!それじゃ夜見ちゃん一緒に来る?」
「い、いや、大丈夫だ。本気で言った訳じゃない……。適材適所という訳だろう。安心して任せておいてくれ」
別に俺が意地悪でこの分け方をした訳ではないことなど、普段の綴屋の仕事を考えればわかりそうなものだが、紫苑は生真面目なためかあまり冗談が通じない。
「三時十分か……。七時にここで合流するのでいいか?」
「それで構わない。それでは私は行くぞ。良い情報が得られるといいな」
「じゃあ、任せたよ。頑張ってね」
こちらに背を向け、駅前で撮った案内板の写真を見ながら歩く綴屋を見送り、俺達もまた歩き出す。
「聞きに行くあてはあるの?」
「正直言って、無いな。民俗学者でも名乗って、話を訊きたいからと土地の古老を探す所からだ」
「そう……篠崎さんには訊けないの?」
「あいつはこんな僻地のことは知らないってよ。こういう所の情報を集めても儲からないから、だそうだ」
「ふふっ、確かにそういうこと考えてそうだね。篠崎さんは計算高いからね」
篠崎は基本的に利益、特に金銭的収入を第一に考えて動くタイプである。よく売れそうな情報なら、物凄い速度で何処からでも幾らでも集めてくるが、そう多くの客が求めないような情報は探しに行きもしない。持っていない情報でも都内のことなら追加報酬を払えば探してくれるが、今回は東京都の外である上、この一件以外の需要もありそうにないから、と断られた。プロなのだから、あまり仕事に私情を持ち込まないで貰いたい。
「金といえば、お前は俺が大人から金を取る時に高い値段をつけても、何も文句言わないんだな」
「だって相手は子供と違ってまともな稼ぎのある大人じゃない。取れる時に取らなきゃ、うちも商売あがったりだよ」
「意外だな。お前がそんな冷めたことを言うとは思わなかった」
「事実そうでしょ。まだしっかりしてない子供からお金取るのは後味悪いけど、ちゃんと払える大人が相手なら、よくある取引の一つとしか思わないよ。何か事情があれば別だけどさ」
思いの外、仕事でやっているという意識は持ってくれているようだ。後味が悪い云々で金を持って行かれるか否かを決められては、払う側はさぞ迷惑だろうが。
「あ、あそこに人いるね。訊いてみようか?」
紫苑が指差した曲がり角に、年配の男性と思われる人の姿が見えた。転勤が多い職業などでない限り、あの歳ならばそこそこ長くここに住んでいるだろう。
「ああ、そうだな。もし知ってなくても、ある程度ここの住人との付き合いはあるだろう」
俺の言葉を受けて、紫苑が小走りで駆け出した。白い髪と、白黒の縞模様のマフラーがなびく。つられて、俺も少し歩調を早めた。
やっぱりコレは「一章」→「序章」にします。