序章 線路
なんとか八月中に書けました。おかげさまで二話突入です。
十二月三十一日。昼。
「全く、こんな日に仕事とはな」
電車に揺られながら、俺は呟いた。ボックス席の窓からは、季節柄何も植えられていない田圃が後ろへ流れていくのが見える。これが文学ならば、トンネルを抜けて雪国にでも着くのだろうが、生憎と雪は降ってすらいないし、恐らくは大層なドラマも無いであろう。
職業上仕方の無いことではあるが、大晦日にも関わらず、俺達は呑気な年越しを捨て、依頼主の住む木染町へ向かっていた。
「君等はそれが本職なんだから別に良いじゃないか。巻き込まれで年末年始を潰される私の身にもなってみたまえ」
「まあまあ、たまには外出もいいと思うよ。それに旅行みたいでいいじゃない」
綴屋 夜見と紫苑は向かいに座っている。不機嫌そうな綴屋を隣の紫苑が宥めた。余所行きなのか、綴屋は赤い着物に黒い羽織を着ていた。
「呼ばれなきゃずっと『図書館』に引き籠ってばっかの奴に、年末も年始もあるのかよ?」
「その引き籠りで溜めた知識に助けられているのは一体何処の誰かな。ええ、坂桐?」
綴屋はしてやったりと勝ち誇った表情を浮かべた。青年と高校生程の少女に対して、高々中学生程の少女がこうもやたらと大きい態度を取っているというのは、何とも妙な、そして少し腹立たしいものだと思った。
綴屋は文車妖妃である。外見こそ子供だが、その実二百と数十年を生きる妖怪だ。本人から聞く所によると、放ったらかしにされていた辞典が化けたものであるという。本人曰くこの世全ての書物があるらしい異界「図書館」を所有しているのも、その使われなかった知識を知らしめたいという欲望が、形を取って現れた結果だそうだ。思うに、博識ぶった大きい態度もその欲望ゆえではなかろうか。まるで、周りより少しばかり賢い子供が、物知り顔で仕入れたての知識を披露しようとするように。いや、外見で言うならそうした子供そのものなのだが。
「わかったわかった。それじゃ今回もよろしく助けてくれよな」
「……その事なんだがな」
綴屋は少し眉をひそめた。紫苑が顔を覗き込みながら尋ねる。
「どうしかたの?」
「如月市を離れている以上、『図書館』は使えないぞ。私を如月市に置いて、使い魔で連絡でも取った方が良かったんじゃないかな?」
「いや、構わない。今まで見た事のないケースだ。目標を捕らえて実際に見てもらった方が良いだろう。お前なら詳細な種類まではわからなくとも、大まかな分類くらいは本を出さなくたって出来るんじゃないか?」
「それに儀式とか習俗に関係してるみたいだし。夜見ちゃん、そういうのに特に詳しいでしょ。遼は儀式なんかの知識はサッパリだからさ」
「まあ、そうだな。大体のこと、特に呪術の類のことなら、一々調べなくてもある程度把握できる……。それに、やはり坂桐の雑な伝言では不安だ」
「雑で悪かったな。生憎とそういうのがスタイルなんだよ」
――自分で言っておいて何だが、なかなかに迷惑なスタイルもあったものだ。
電車のアナウンスが、目的地である木染駅に近づいていることを告げた。
「そろそろ着くな。降りる準備しとけ」
電車が速度を落とした。窓の端に映った駅のホームが、少しずつ近付いていた。
読んで下さりありがとうございます。
各話のタイトルは四字熟語から取ろうかな〜等と考えていたのに早速ルール崩壊しました(苦笑)慣れない身で変な法則性を設けようとすると難しくなりますね。
二話もよろしくお願いします!