四章 夢境
遅れながら。第一話、第五章です。
十一月二十四日。
「おい、起きろよ」
「ん~……?」
ソファで子供のように体を丸めて寝ている紫苑の肩を揺する。寝ぼけた紫色の瞳がこちらを見た。
「今日も寝ちゃったか……」
「俺もさっき起きたところだ。生活リズム狂っちまうな、ったく」
ぼやきながら、果たして昨晩寝たのは何時だっただろうかと記憶を辿ってみる。確かあの後、帰って晩飯を食べ、時野に連絡したり、得た情報を元に策を考えたり……。三時は回っていただろうか。
午前三時に寝たとして何時間眠っただろう、と腕時計を覗いて、俺は固まった。
「紫苑、宮原は何時に呼び出してあった?」
「二時半だったと思うけど」
俺はソファの背凭れにかかっていた灰色のコートを着て言った。
「今、二時半だ」
「えっ」
紫苑が一瞬きょとんとした表情を浮かべ、直後、その顔から血の気が引いた。
「……なんでこんな時にこんなに寝てるのよ!」
彼女は即座に脇にあった黒いフィールドジャケットを引っ掴んだ。
〇
扉を開けて八代の病室に入ると、若草色の着物を着た女性がいた。
「ちょっと勘弁して貰いたいわね。こちとら普段起きてない時間に来てるってのに」
普段から妖怪本来の夜型生活を送っている彼女にはこの時間でも早いらしい。ただでさえそのような時間に起こされた上相手に遅刻されたとあって、彼女の俺を見る目には明らかな軽蔑の念が感じられた。俗に言う「ジト目」なるものはこういうものか。全く、嬉しくないことと言ったらない。
「いや、済まんな宮原。寝坊してしまって……」
「こっちだってもっと寝ていたかったわよ、阿呆が!」
「痛って!」
頭を叩かれた。なんというざまだ。怒らせると厄介な奴だと知っていた筈なのに。
「あの、遅れたことは本当にごめんなさい!何かしらお詫びはしますから、ここはどうか……」
紫苑が宮原の前に出て頭を下げた。宮原は少し決まり悪そうに頭を掻き、少し笑って言う。
「……わかったわ。それじゃ今度、何か奢って貰おうかしらね」
「えへへ、わかりました。ありがとうございます」
「おいおい、随分態度が違うな」
「あんたと違ってこの娘は誠意があるからよ」
今度は睨まれた。悪かったとは思っているのだが。ただ、人に謝るということがどうも下手だと自分でも思う。
「まあいいわ。行き先は夢の中でよかったかしら?」
「ああ。人払いも済ませてあるし、頼む」
宮原が指で空に鳥居を描くと、目の前に白い鳥居が出現した。
「そこのカーテン、閉めておきなさい。帰ってくるのが目が覚めた後だと、見つかって面倒なことになるわよ」
「そうだな。あまり見せびらかすモンじゃないか」
八代の側のカーテンを閉める。あれだけ近くで騒がれても起きないのだな、と改めて思った。
「ん、繋がったわね。もう入れるわよ」
言われて、宮原と紫苑の側に戻る。鳥居の先には、何やら霧のかかった場所が見える。
「さっさと終わらせて来て頂戴ね」
「任せて下さい、すぐに戻ります」
紫苑が片手を少し挙げて答えた。
俺は黒い鳩の使い魔を出す。
「言われなくても長引かせる気はない。この鳩を通して連絡するから、いざという時は頼んだぞ」
はいはい、と手を振る宮原に背を向け、俺は鳥居をくぐった。
〇
そこは森のような場所だった。鳥居の向こうから覗いた時と同じく、薄く霧がかかっていて、肌に微細な水滴がつくのが感じられた。
「ここが、夢の中……」
「今となっては枕返しの庭だけどな」
何処から来るものなのか、懐かしさに似た感覚、何となく帰りたくないような気持ちにさせられる。何かしら人の心を魅了する仕掛けでもあるのだろうか。人間なら魂を持っていかれているだろう。
暫く歩くと水辺に出た。大きい池の辺りに色とりどりの花が咲き乱れている。
「ん。何かな、あれ」
紫苑が遠くを指さした。花の先に何かが舞っている。少し歩いてよく見ると、それは青い大きな翅をした一匹の蝶だった。
「蝶……?」
蝶に近付いた時だった。
「触れてはならん」
後ろから嗄れた声がした。振り向くと、杖をつき、黒い襤褸を着た老齢の坊主がこちらを睨んでいた。外見的特徴は、話に聞いていた男と一致する。警戒したのか、紫苑が一歩後ろに下がった。
「あんたが枕返しだな?」
「儂を知っているのか?貴様等こそ、何者だ。何故此処にいる?」
枕返しの表情が一層険しくなった。俺は相手に向き直って言う。
「請負人さ。あんたが攫ってった人間の魂、返して貰うぜ」
読んで下さりありがとうございました。
タイトルの意味を出したっぽい感じではありますが何だかんだこじつけです。