三章 寒宵
長くかかりましたが、第四章です。
活動報告で冗長さが云々言っておきながら今までで一番長いです(苦笑)
しかし熟考を重ねどうにか頑張って書きました故、楽しんで頂けることを祈ります。
篠崎の話によると、被害者は八代美月を含めて五名。年齢や職業などの共通点及び接点は見当たらなかった。
「意識不明者は一週間前に最初の一人、翌日に二人、その翌日、翌々日に一人ずつ。それを最後に被害の発生は途切れていますね」
「何故そこで止めたんだろうな。無差別の犯行というと誰かが干渉するまで続くものだと思うが……被害者が眠り続けている以上、解決した訳でもないようだし。犯人に何か明確な目的でもあるのか?」
「犯人が何者かわからない以上、僕の知るところじゃないですね」
「何だ、お前でも知らないことはあるんだな」
篠崎が少し拗ねたような表情を浮かべてそっぽを向いた。
「嫌でしたら他の情報屋に乗り換えて下さっても結構ですよ」
「ははっ、悪い悪い。お前より優れた情報屋なんてそうそういないさ」
「悪いと思うなら始めから言わないで下さい。……しかし、夢に出てきたというその坊主のことですが」
篠崎がこちらに向き直る。現状における最重要の被疑者を話題に挙げられ、俺は表情を固くした。
「一週間前に、一件だけですが目撃情報がありますよ。妖気が感じられたところを見るに、どうやら妖怪らしいです」
「妖怪か……」
そろそろ相手自身のことを知る必要があるか。夢の中で人間に近づき、眠りの中に閉じ込める、坊主の姿をした妖怪。手掛かりが足りないということはないだろう。
俺は隣の机で紫苑とお喋りをしている綴屋に呼び掛けた。
「綴屋。教えて貰いたいことがあるんだが」
「えー、折角盛り上がってたのになあ」
「坂桐君。人が話しているところに横槍を入れるとは、君も不躾な真似をするものだねえ」
振り向いた紫苑と綴屋が口々に言った。文句を言われるような真似をした覚えは無いのだが。
「ったく……わかったわかった。じゃあ喋ってていい。この件の犯人、聞いといてくれ」
投げてよこした手帳を、紫苑が両手で受け取った。
「はいは~い。やれやれ、しょうがないなあ」
やれやれなのはどっちだ。俺達は遊びに来たのではない。
綴屋が覗き込んでいた手帳から目を離した。
「成程々々。ふむ、少し調べが必要か」
綴屋が掌を上にして手を出すと、数冊の本がひとりでに飛んできた。何処からか本が舞い来る様は、空の彼方から飛来する蝶を思わせた。
綴屋の掌に五、六冊の本が重なった。
「おお~……流石は文車妖妃、書物が化けた付喪神だけあるね」
「はは、あまり誉めるな。まあ、この程度造作もないがね」
本を机に置きながら、中学生程の外見に似合わない、識者ぶった口調で綴屋が言う。
「さて、これだけ絞り込めているならこの位でも足りるかな」
言うと、本を手に取り高速でページをめくっていく。速読というやつなのだろうが、それにしても余りに速い。
「お前、それで本当に内容わかるのか?」
「ああ、勿論だとも。尤も、読みたいわけでもない資料を読む時位しかやらないがね」
綴屋が本を全て読み終えたらしく、本を各々開き、とあるページを示したまま机に並べた。呪文にも似たタイトルの分厚い小説を読み耽る、一人ぼっちのクラスメイトのような篠崎を置いて、俺は椅子から腰を上げ、紫苑達の後ろに立った。
「恐らくこいつの仕業だろうね」
「これって……枕返し?」
手帳とペンを手にした紫苑が首を傾げた。
枕返し。人が寝ている間に枕をひっくり返したり、枕の位置をずらす妖怪。しかし、そんな他愛もない妖怪に、人を眠らせたままにするようなことが出来るものだろうか?
「枕返しって、こんなこと出来たっけ?」
「出来ると言えば出来る、と言ったところさ。夢を見ている間は魂が一時的に抜け出しているという考えがあってね。夢の中という人間個人が持つ異界へ魂が行くと考えてくれていい。枕を返す行為はその秩序の逆転、即ち魂が夢の中から帰還出来なくなり、魂が肉体から離れたままになることを意味するんだ。枕返しはそれを行う。姿は余り判然としないが、坊主の姿で伝わっているものもあるしね」
秩序の逆転……。魂にとっての居場所が、現実の肉体から夢の中になる。そうなれば最終的に現実の肉体は脱け殻になる、つまり一般論で言うなら、その人間は死んでしまう。
「そんな怖いことする妖怪だなんて、初めて聞いたけどなあ」
「寝ている間に枕を返されたり、北枕にされたり等して命を失った話もある。尤も、近頃はあまり伝わらなくなった性質だがね……。しかしそれ故に最近の個体はこうして魂を奪う能力が無いことが多いし、出来たとしてもこの時代に敢えてやる者もそういないと思うのだがねえ」
衰退しつつある種、か。ならば、その能力を持っているのは古くから生きている個体である可能性が高い。ああいった時代を生きていた妖怪なら、その目的として考えられるものは……。
「今回の個体が古い時代に生まれた奴だとするなら、やっぱり目的は種の復興……かつて妖怪が強い勢力を誇っていたあの時代のように、現代にその力を見せつけて、返り咲くことだと考えるのが妥当じゃないか?種の衰退が進んでいるなら尚更だ。誰に吹き込まれたんだか、最近そういう連中も増えてるしな」
「五人で止めてるのは、今回は挨拶代わりだ、って感じかな?」
「目的は十中八九、復興で間違いないだろうね。今回の事態に至った理由としては、恐らくはそれが奴の限界なのだろう。この時代、あまり時間をかけていれば勘付かれる。君達に限らず、人間側にもね。そこで奴は複数の人間を同時に夢に閉じ込めようとした。しかし……」
複数の作業を同時にこなそうとすれば、当然ながら一つに集中出来ず、個々の進捗は鈍る。俺は後を継いで言う。
「枕を返すという簡単な行為とはいえ、他人の異界の法則を乱して、更にそれを維持するのは困難だ……相手が複数なら当然もっと難しくなる。だから、夢の秩序を変えるのも何度かに分ける羽目になり、出来もまちまちで被害者が各々魂を引き離され、意識を失うまでに差が生じた。夢の中に枕返しが現れたのは、その度目覚めによって夢の中という隠れ場所を無くしたからだろう。そして、肉体から魂が完全に離れて、奪い去れるようになるまでの期日も……」
「同じように、本来よりも長くなってる……。で、その間枕返しは他の人間に手出し出来ないでいる……?」
今度は紫苑が継いで言った。
「そうだね。肉体から魂を引き離そうとし続けるからには、夢の改変はそのまま維持しなくてはならない。そして、奴が維持できる限界が、五人だったという訳だ」
三人による推理ゲームは綴屋の言葉で締められた。
「一応、真相は見えたけど……でも、これからどうするの?どうやって魂を取り返すの?」
無防備になっている間は、安全な場所に身を隠しておくのが上策というものだろう。とすると、奴の居所は、即ち。
「奴がいるのは被害者の夢の中だろうな。奴の好きに変えられてるから、誰も入っちゃ来られない。魂の見張りも出来るしな」
「でも、夢の中なんてどうやって入るの?」
「それなら、ほら、宮原君の手を借りて入り込めばいい。呼びつけるなら急いだ方がいいよ。魂が完全に離れるまで精々十日前後……。最初の被害者が手遅れになるまで、もってあと三日程だ」
「宮原夕、か……」
俺は腰に付けた、リングで束ねられたドッグタグを見て言う。
「宮原に伝令を頼む」
ドッグタグの一枚が黒い炎に包まれて消える。同時に、時野に渡したものと同じ漆黒の鳩が足元に現れ、出口へ向かい飛び立った。
「使い魔か。全く便利なものを持っているな」
触れずして出入口の扉を開き、鳩を外に出した綴屋が言った。
「あいつが携帯持ってくれりゃ、もっと楽なんだがな……。さて、俺達はもう行くよ。ありがとな」
「そうか。まあ、長居させるのもよろしくないね。それでは、気を付けたまえよ。何せ夢の中だ。何が起きるかわからないからね」
「わかった。それじゃあね~」
俺は椅子に掛けた上着を取りに、元いた机まで歩いた。
「お前もありがとうな、篠崎」
篠崎がこちらを一瞥した。
「別に、仕事ですから。それより今月の利用料、お忘れなく」
「素直じゃねえなお前……。ま、じゃあな」
「ええ、さようなら」
素っ気ないながらも挨拶を交わして、俺は出入口へ向かう。紫苑がついてきたのを確認して、扉を開けた。
「さて、対策を練らなきゃな……紫苑、お前も手伝えよ」
「わかってるって」
背後で扉が閉まった。
廃墟を出ると、吹いてきた夜風の冷たさが身を刺した。
読んで頂きありがとうございます。
中盤あたりの台詞が今までに比べ随分長くなってしまっていますが、台詞と地の文のバランスが悪いかと思いつつもリアルな会話だったらどうなるだろうと考えました結果、あまり台詞を削るのは躊躇われました。いずれ、短く説明する技術など身に付けられたらと思います。
あ、妖怪の情報や用語などといった作品の背景は後々書かせて頂く予定です。
今後ともよろしくお願いします。
余談ですが今話中で篠崎が読んでいるのは「ドグラ・マグラ」(夢野久作・著)という設定です。