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幻妖譚  作者: 茅蜩
第一話 胡蝶之夢
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一章 昏迷

 少年を事務室兼応接間に通し、応接セットのソファに座ってもらう。俺と紫苑は少年の向かいに腰を下ろした。


「俺が請負人の坂桐遼(サカギリ・リョウ)、この白い髪の女が助手の茅野紫苑(カヤノ・シオン)だ。よろしく」

「ちょっと、あたしの紹介なんか冷たくない!?……あ、よろしく!」


 俺達が名刺を渡すと、少年も名乗った。


「あ、時野慎矢(トキノ・シンヤ)です。時間の『時』に野原の『野』、『慎』む、に弓矢の『矢』です。……よろしく、お願いします」


 紫苑が彼の名前をメモしたのを確認し、俺は時野に質問する。


「じゃ、時野君。話を訊かせてくれるか?」

「は、はい。ええと、友人が、眠ったまま目を覚まさないんです。もう、四日も。医者にも原因がわからない上に、同じ症状の人が他に何人も出てて……。今年受験なのに、あいつ、このまま眠りっ放しだったら……。だから、どうか解決して欲しいんです」


 原因のわからない意識不明者の続出。不安を覚えるのは理解できる。だが。


「時野君。それは、単なる新種の病気とかである可能性は考えなかったのか?」

「えっ、あ、それは……」


 出鱈目だと疑われていると思ったのだろうか、時野が戸惑ったような顔をした。


「遼、もう少し優しい言い方って出来ないの?時野君怯えてるじゃんか。あたしが代わるから、遼はメモ取っててよ」


 紫苑が口を挟み、俺にペンと手帳を押し付けた。


「さ、もう大丈夫だから。君がその症状に怪異が関係してるって思った理由を、教えてくれるかな?」

「は、はい……」


 大袈裟な、人を危ない奴みたいに。時野だって言う程怯えてはいなかった。……多分。いや、確かに疑ってかかるような言い方だったのは悪かったが……。仕方なく、俺はメモを取る準備をする。


「友人が、話してたんです。最近、奇妙な夢を見るって。」

「奇妙な夢?それ、詳しく訊かせてくれる?」


 奇妙な夢。非日常的な言葉に、俺は神経を尖らせた。


「はい。最初の内は、綺麗な風景の中にいたり、見ていて楽しい夢らしいんですが……。決まって、途中で見知らぬ男が出てくるんだそうです。ぼろを着て、気味の悪い顔をした坊主の男。それで、怖いことに、夢の中でその男のいる場所が、日に日に近くなっている、って……」


 夢の中で日毎に近づいてくる、ぼろを纏った坊主。病気の類にしてはどうも不吉で、不可解なことだ。調べてみることにするとしようか。俺はペンを置いて言った。


「わかった。その依頼、受けよう。」

「あ、ありがとうございます!」

「で、時野君。君、報酬は払えるんだろうな?」


 一瞬明るくなった時野の顔が曇る。やはりシビアな話題か。


「最高で大体二万円、もしくはそれに値するもの。いずれかを、依頼を完全に達成した後で君に支払ってもらうことになるんだが……」

「遼、何も中学生からお金取らなくたっていいんじゃないの?」

「こっちだって仕事でやってるんだ、払うものは払ってもらう。お前の時だって取ったろ。そもそもこの額だって、大人から取るよりはずっと安い」

「あの時とは事情が違うでしょ?第一……」

「あ、あのっ!」


 あわや論争となりかけた所に、時野の声が割って入った。


「だ、大丈夫です。そのくらいならどうにかなりますから、落ち着いて……」


 ……がめつい奴だと思われただろうか。何だか悪いことをしたような気分だ。


「あー、すまん、見苦しい所を見せたな」

「あたしも、ごめん……」

「い、いえ、そんな、僕は別に……」


 何はともあれ、払えるのなら問題は無い。俺は長椅子の背に掛かったコートを掴む。


「ま、何だ、それならいいんだ。これで契約成立だ。俺達は調査を開始するよ。早速で悪いが、時野君。」

「はい?」

「実際に被害者の症状を確認したい。今、その友人の所に行くことはできるか?」



 「(ヒイラギ)」近くの停留所からバスで二十分程度の所、如月(キサラギ)総合病院に、今回の被害者はいた。病室の名札には「八代美月(ヤシロ・ミツキ)」とあった。時野を先頭に、彼女のベッドに近づく。


「彼女が?」

「はい。……呑気な顔で寝てますよね。はは……」


 答えながら、時野は乱れた布団を八代に掛け直した。八代の様子は昏睡状態のそれとは異なり、一目見れば単に昼寝をしているだけの少女に見えた。体を丸め、穏やかな顔で小さく寝息を立てている。寝相が悪いのか、シーツや掛け直す前の布団は乱れており、枕はこちらの足元に転がっていた。


「本当、眠ってるね……揺すったりしても起きないの?」

「ええ、どうやってもこんな調子なんです。今も、夢とか見たりしてるのかな……」


 夢。そう、例えるなら、八代はまるで覚めない夢の中にいるかのようだった。まるで、永い夢の中で、時を忘れて遊んでいるような。

 

「ん〜……」


 少女が小さく唸って寝返りを打ち、少年が掛け直した布団を再び乱した。物憂げな表情の少年をよそに、少女は安らかな寝顔を浮かべていた。

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