魔王バアルフェゴール
魔王バアルフェゴール戦!
「バアルフェゴール様。これで如何でしょう?」
「構わん。いつも何でもいいと言っているだろう」
「なりませぬ。魔王たるもの身嗜みには細心の注意を……」
「わかったわかった。魔王に説教する気か?」
「これは申し訳ありませぬ」
鏡に映る暑苦しいもこもこマントに埋もれた幼い子供のような顔、その額に生える角はしゅっと細長い。
全く弱っちそうな容姿だよ……僕はこのなよなよした顔と脆そうな角が大嫌いだ。
さらにはこの見栄を張ったような服も駄目だ。子供が背伸びしてるみたいだ。
嗚呼、面倒臭い。
家臣は僕に魔王らしくあれと言う。
面倒だ。魔王の証は力で立てればいいだろうに……
そもそも僕は必死こいて魔王になるのは御免だ。
楽して玉座につければいい。駄目なら楽に生きられりゃいい。
僕の名はバアルフェゴール。『怠惰の魔王』と呼ばれる魔王だ。
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-扉を開く為の作法は礼に始まり礼に終わる-
-中に差し込む鍵は門番が握る-
「つまりどういうことだってばよ」
バアルフェゴールの城。入り口に待ちかまえていた魔物を難なく突破し、タカシ達は内部に侵入する。
最初の大広間には巨大な扉、そして左右に小さな二つの扉。
大きな扉は何かの仕掛けで動くようで、その謎の文章が扉の前に刻まれていた。
「暗号……かと。恐らくは謎解きしないと扉が開かないのでは」
レイが文章を凝視して考える。
「……これがあのビーツって勇者が言っていた『力だけじゃ魔王は倒せない』ということなのか?」
『バアルベリトの城にはこんなのなかったのにね』
「怠惰の魔王か……こういう仕掛けで余計な戦いを避けようとでもしてるのか?」
謎めいた暗号と睨めっこしていても何も見えない。
しかしレイは『鍵は門番が握る』の一文から、一つだけ確信する。
「何にせよ……この左右の扉に潜む『門番』とやらは倒さなきゃいけないということか」
左右の扉……奇妙な魔物の絵が描かれた小さな扉からは邪悪な気配が漂う。
他に選択肢がない以上、殺気立つ二つの扉が不可避な事は明らかだった。
「面倒臭い……とっとと片付けるぞ!」
「はい!」
「ちょっと待ってくださ~い!」
左の扉に向かおうとするタカシとレイを呼び止める白魔術師アリア。
アリアはふっふと得意気に笑うと、扉の暗号を指差した。
「私、この暗号の答え、分かっちゃいました~!」
「な、何だってー!!」
驚きのタカシ。アリアからは並々ならぬ自信が溢れている。
「実は私、クイズとか得意なんです~」
「おお!意外な伏兵!して答えは?」
きらんと目を光らせ、アリアは簡潔に答えを告げた。
「ノックをするんですよ」
ん?と首を傾げる一同。
「扉を開く作法は礼に始まり礼に終わる……扉を開く礼といえばそう、ノックです!」
「まあ……でも下の門番が鍵はなんちゃらってのは?」
「ノックしたら門番さんが出てきて鍵をくれるんですよ!」
「左右の扉は?」
「非常口かなんかじゃないですか~?」
絶対に違う!
一同の思考はシンクロした。
こいつ『礼』しか頭に入ってねぇ!
考えてみれば、能力値をうっかり攻撃と素早さに振ってしまう白魔術師が賢い筈がないのだ!
かといって、タカシはアリアの考えを否定して傷つけるのは気が引けるし、他のメンバーは地面も砕く馬鹿力が怖くて何も言えない。
なので一応試させてやる事にした。
「いきますよ~!」
自信満々のアリアは元気に大きな扉をノックした!
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「バアルフェゴール様、何やらあのバアルベリト様を倒した勇者が此処に向かってきているそうです」
家臣の報告を聞いて背筋が凍りついた。
「これはベリト様の仇を取るチャンスですぞ!そして他の魔王達にフェゴール様の実力を示すチャンスでもあります!」
いやいやいや!
勝てる訳ねーだろ!?あのベリト兄を倒した化け物だぞ!?僕のどこに勝てる要素が!?
ベリト兄は強かった。
ベリト兄が負けたと聞いた時は耳を疑った。有り得ない。有り得ない筈だった。
気付けば涙が溢れていた。
僕はその時、ベリト兄を思い返した……
『ジャムパン買って来いや』
魔王学園に通っていた学生時代、よくパシられた。毎日ジャムパン買いに行かされた。
『釣りはとっとけ。手間賃だ』
100ゴールドのジャムパンのパシリに10000ゴールドも出してベリト兄は言った。見栄が張りたいだけだ。
『俺の夢は、世界を支配し究極のジャムを見つけ出す事だ』
世界征服の動機がちっちゃすぎだ。ちなみにその夢を女子から「可愛い~」と言われた時、ベリト兄は照れ臭そうに顔を赤くしていた。イチゴジャムのように。
『マーマレード派を滅ぼし、ジャムこそ至高と知らしめる……!』
ベリト兄が初めて人間の村に攻め入った時の一言だ。ちなみに村にはどっちでもいい派しかいなくて、ベリト兄は微妙な顔で誰も殺さず帰ったらしい。
『何かが詰まることを、『ジャムる』というらしいが……ジャムをそういう悪い意味で使うのはやめてほしい……』
切なげにベリト兄は飲み会の度に呟いていた。
気付けば涙は乾いていた。
あの人との思い出、ジャムしかねぇ!
思い返せば最後に会ったときも
『俺、今攻め立ててる国の首都のパン屋で美味しいブルーベリージャムを作る娘さん見つけてさ、あの娘さん……魔族の俺にも怯えずに人間と同じように接してくれるんだ……』
『気付けば惚れてたよ……その気持ちにようやく気づいた。だからさ、俺、決めたよ』
『国を支配したら俺、プロポーズするんだ』
きっちり死亡フラグ建てちゃってたよ!しかもジャムを交えつつ!
正直もうジャムおじさんのことなんてどうでもいい……今は生き残ることだ……!
「大変です!フェゴール様!」
何とか戦闘を回避する方法を見つけようとしていると、部屋に下っ端が飛び込んでくる。
下っ端は、ブルーベリージャムのように真っ青な顔で報告した。
「ゆ、勇者達が……謎かけの扉を無理矢理ぶち壊しながら入ってきています!」
「はぁ!?」
おいおいマジか!?馬鹿じゃねーのか勇者!謎、解けや!時間稼ぎできねーじゃねーか!門番の部下と戦わせて体力削げないだろうが!……ってか、なんつー馬鹿力だよ!?
「門番は!?」
「部屋で待ちぼうけです!」
やっぱりか!あいつら融通利かなさすぎだろ!何部屋で大人しく待ってんだ!
「来ましたなバアルフェゴール様!力の見せどころですぞ!」
期待すんな!無理だから!僕はあの扉自力で開けられないんだぞ!?それをロックごとぶち壊す化け物に勝てるか!
「フェゴール様なら出来る!」
やめて!あなたはやればできるのよ、みたいなお母さん風プレッシャーはやめて!引けないだろうが!
畜生!何とかして城から脱出せねば!
何かいい言い訳を……!
その時、バアルフェゴールに一筋の光明!
席を立ち、正面扉に向かう。
「フェゴール様!どちらへ!?」
僕は凛々しい表情で返す。
「気を高める為に風に当たってくる」
「おお!なんという気合い!」
よっしゃああああ!適当に格好良さげなセリフ言ったら通ったああ!
後は扉を出て、非常口を利用して外へ!そしてとんずらだ!
誰が化け物がやってくるようなこんな場所に居られるかよ!僕は先に逃げるぞォッ!
僕は扉のノブに手をかけ……
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「ついに此処まで来ましたね……まさか扉の暗号が全部フェイクで、最初から鍵が開いていたとは思いませんでしたよ~!」
「違うよアリアちゃん!全部壊しちゃっただけだよ!」
思わずタカシも突っ込む。
アリアのノックは扉を粉砕した。
三つの謎は全部答えが分からず終いだった。
「え~?そうなんですか~?」
「……うん。でもいいよ。結果オーライだし」
タカシ達は今、魔王の部屋の前にいる(突破タイム30秒、ベストレコード)。
「じゃ、開けま~す」
「ちょっと待って!」
ドアを勢いよく開けようとしたアリアをタカシが止める。
バアルベリトのトラウマが蘇る。
「扉をぶっ飛ばさないで!開くだけにして!」
「嫌ですね~。扉はぶっ飛ばすものじゃなくて、開くものじゃないですか~。しませんよそんなこと」
正直タカシもレイも不安だった。
何気に腕力だけならタカシよりもヤバそうなアリアに扉を開かせてよいものか、と。
しかし今更止められない。もうやる気満々で扉に手をかけてる。
おっとりしてるかと思いきや、かなり積極的だこの子。
「じゃあ、開けますよ~!」
アリアがぐっと力を込める!
タカシとレイは扉が吹っ飛ばないことを祈る!
「え~い!」
ビターンッ!
扉が開いた!千切れて飛んでいったりしていない!本来の開き方だ!
「よっしゃああああ!暴れるぜ!」
「魔王、覚悟!」
「いっきま~す!」
「むきゅ~!」
タカシ一行が部屋に飛び込む!
そこには一人の初老の男が立つ!
「お前がバアルフェゴールか!」
男は黙っている。
「……?」
その視線は入り口を向いている。
タカシ一行はその視線を追った。
ギィ……
開いた扉がゆっくり戻る……
するとそこには壁にめり込む角の男の子。
「…………あれ?」
嫌な予感。
「まさか…………あれが……バアルフェゴール……?」
初老の男は死んだ魚のような目で頷いた。
暫くの沈黙。
「…………またか」
やっと零れたタカシの一言と同時に勝利のファンファーレが何故か虚しく響き渡った。
魔王バアルフェゴールを倒した!
死因:ド圧死
教訓:ドアを開けるときは向こうに人がいるか確かめよう
ドア「俺に任せろ!」
一同「やめて!」
またもドアオチ……申し訳ない(-.-;)
流石に三度目はないです(^_^;)
ベリトさん=ジャムおじさん
ベリトさんは結構すごかったんです……フェゴールさんは一応実弟。
次回「魔王学園編」!……嘘です!
次回はタカシ達を追い詰める魔王が遂に登場!?




