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下位世界の『超』召喚獣  作者: 五月蓬
謀略の魔王オロバス篇
54/55

魔王と人間




 何故だ?

 魔王ワンフーは腕を振るいながら、顔を強ばらせた。


 魔王ワンフーの攻撃!

 レイは受け流した!


 レイの攻撃!

 魔王ワンフーにダメージ!


 アリアのパンチ!

 魔王ワンフーはかわした!


 魔王ワンフーの攻撃!

 レイは受け流した!


 攻撃がまるであたらない。

 全て剣で丁寧に受け流され、カウンターで攻撃を受ける。

 ダメージ自体は大したものではなかったが、地味に効く。

 更には後から追い掛けるように振り抜かれる、馬鹿力のパンチ。あたれば流石のワンフーでもタダじゃ済まない。今までは何とか回避できているが、次第にパンチが掠り始めている。


「……ちまちまちまちまと……小癪なッ!」


 ワンフーは叫ぶ。


 魔王ワンフーの攻撃!

 レイは受け流した!


 しかし、レイは表情ひとつ変えずに、再び攻撃を受け流す。

 先程から、アリアを狙っても、レイが割り込み受け流すの繰り返し。

 どうやっても攻撃が通らない。

 

 レイの攻撃!

 魔王ワンフーにダメージ!


「くそぉぉぉぉぉぉッ!」


 魔王ワンフーは気付いていない。

 最初の一撃を、レイが何事もなく受け止めた時点で、自身の動きが見抜かれている事に。

 隆起した筋肉の重みが、先にレイに攻撃を受け止められた時より、更に自身のスピードを落としている事に。

 レイが攻撃を見抜いた上で、うまく力が流れる方向を判断する余裕がある事に。

 レイが勝利を確信した理由はその速さの差にあった。


「お前、ハエより遅いな」

「に、人間風情がぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 精霊リベルの元で見た、高速で飛び回るハエ。

 あれでレイの目は速さに慣れている。

 そして、魔王ワンフーはやはり気付いていない。


 レイの挑発に釣られて、アリアの動きを見落としている事に。


 振り翳された杖は鋼鉄製。

 アリアは笑顔でそれを振り上げた。


「今です!」

「しまっ……!」


 アリアのアースブレイカー!

 魔王ワンフーに特大ダメージ!


 杖で殴られたワンフーの頭が地面にめり込んだ!

 地面にヒビが入り、それが町中へ走った。

 地面が粉々に砕けるレベルの打撃が頭に直撃し、ワンフーの意識が一瞬飛びかける。

 しかし、仮にも魔王。耐久力は並では無い。


「お、の……れ……!」


 地面から顔を引き抜き、ワンフーは起き上がる。

 魔王ワンフーは気付いていなかった。

 レイがちまちまと攻めていた理由。

 それがワンフーの攻撃を受け流していた為に、攻撃の準備ができなかったからだと。

 そして、今、ワンフーはアリアの攻撃からの復帰に1ターンの隙を作った。


「悪かったな。お飾り勇者で」


 レイが不思議な構えから、姿を消した。

 

 魔力の爆発。

 一瞬で通り過ぎたレイに斬られた事にワンフーが気付いたのは、背後でレイが更なる爆発で切り返す時だった。


「速っ……」

「お前が遅いんだ」


 背後から背中を斬られる。背中の傷を庇うように手を回すと、斜め右前で更に魔力を爆発させて、切り返してくるレイが見えた。

 斬る。切り返す。斬る。切り返す。

 四方八方を駆けるというより飛び回るレイ。


「ちまちまと悪かったな。派手に決めてやる」


 奥義!

 レイの閃光斬!


 ――人間……如きに……!


 魔王ワンフーに超特大ダメージ!

 魔王ワンフーは倒れた!


 人間を見下し、侮り、支配する、魔王。

 魔王らしい魔王は、その力を侮った勇者に倒されるという、魔王らしい敗北を喫した。




   ----




 懐中時計をぱたりと閉じ、魔王ダルタニャンはふむと口元を緩めた。


「そろそろ時間だ。僕の役目はおしまい」


 木の枝に立ち上がり、シルクハットを被り直す。

 そして、下を見下ろし、優しくダルタニャンは笑った。


「よく耐えたね。ゼブブ嬢」


 木の下で、じっとダルタニャンを睨み付けて、ゼブブは静かに立っていた。

 

「しかし、本当によく耐えたと思うよ。『人間達を信じる』なんて、並の魔王にはできない事だ」

「…………それ、褒めてるの?」

「褒めているよ。魔王は全てにおいて人間より優れているからね。ノミに敬意を払え、と言われても、人間が困ってしまうように、人間を侮るなと言われて、困らない魔王が居る訳がないよ」


 暗に人間をノミ呼ばわりしつつ、ダルタニャンは笑った。


 ゼブブがした事はたったひとつ。

 ダルタニャンを見張る。それだけだった。

 

 魔王が二人向かえば、レイとアリアはひとたまりもないだろう。

 仮に魔王が一人だけであれば、時間を稼ぐくらいはできるかも知れない。

 時間が稼げれば、罠に気付いたタカシが助けに行けるかも知れない。


 どうしようもない状況で、ゼブブはそんな可能性に賭けたのだ。


 ダルタニャンの評価は、その実、ゼブブを褒めているものではない。

 ゼブブを皮肉っているのだ。

 何故なら、彼女もまた、人間など微塵も信じていなかったのだから。


 魔王に勝てる筈がない。そう決めつけて、タカシにだけ希望を託していたのだから。


 正直にそれを認めたゼブブの胸を、ダルタニャンの言葉が刺す。


「……さて。もう見張りは必要ないよ。僕の仕事は此処までだ」

「…………信用できない」

「だろうね。でも、事実さ。僕の契約はこの時間まで。後はオロバス君やワンフー君がどうなろうと知ったこっちゃない。僕もビジネスでこんな面倒事を引き受けているだけだからね」


 ビジネス。

 ダルタニャンの言葉に引っ掛かり、ゼブブが怪訝な表情を浮かべた。


「何なら事が終わるまでずっと此処で見張っていて貰って構わないけど……君もお仲間が心配だろう?」


 否定できない。

 ゼブブはダルタニャンの言葉を信じる。

 何故か彼からは悪意が感じられない。本当に、ただ淡々と仕事を熟しているような印象を受けた。

 背を向け、森から離れようとするゼブブに、「あ」とダルタニャンが懐から取り出した何かを投げつけた。


「そうだ。これをどうぞ」


 ひらひらと舞い落ちる紙切れをゼブブがキャッチする。名刺のようだ。

 それを見たゼブブが、「む」と更に怪訝な表情を浮かべた。


「困った事があったら相談してくれたまえ。いつでもどこでも駆け付けよう。魔王狩りの召喚獣君にも宜しく頼むよ」


 どろん、と煙に包まれて、ダルタニャンが姿を消した。

 名刺を見た今、ゼブブにも理解できる。

 彼は本当に、決められた仕事を熟すだけだ。


 魔王ダルタニャン。

 奇妙なイケネコは、オロバスの策略が終わるその時までゼブブを引き留めて、何事もなかったかのように去って行った。




   ----




 魔王オロバスは狼狽していた(馬だけど)。

 目の前に現れた光り輝く魔人に、見覚えがあった。


 かつて、罠に嵌めた、力だけならば自分を上回る魔人だ。


 名も無き魔人。

 彼が今、オロバスが大魔王になる為の鍵を奪い、立ち塞がっている。


「……これはこれはお懐かしい。何時ぶりですかね?」


 フレンドリーに話しかける。

 光る魔人は答えない。


「しかし、何故貴方が此処に?」


 引き攣った笑みでオロバスは光る魔人に話しかける。

 光る魔人は答えない。


 怒っている。

 オロバスの頬を冷や汗が伝った。

 オロバスは、ミリーと光る魔人の関係を知らない。故に彼の怒りが、かつての行いによるものだと思い込んでいる。


「あ、あれは誤解だったんですよ。間違いだった。私には貴方を嵌めるつもりなど微塵も……」


 言い訳じみている事はオロバス自身も理解していたらしい。

 それ程に彼は焦っていた。

 予想外の敵の登場。彼は二度とオロバスの前には姿を現さないものと思っていた。

 彼は完全に潰せる相手にしか、恨まれるような行動は取らない。

 二度と、オロバスの前に光る魔人が現れないと彼は確信していたのだ。


「い、いえ。違うんです! そ、そうですね。何からお話しすればよろしいか……」


 オロバスははっとした。


「そ、そうだ! たとえ、悪意がなかったにせよ、貴方の身に起きた不幸は私の落ち度! ど、どうです? お詫びに貴方にひとつ、契約を提案したい!」


 光る魔人は動かない。

 オロバスは焦った。そして無知だった。

 彼はそのまま勢いよく地雷を踏み抜いた。


「その娘をこちらに寄越して下さいませんか? その娘を利用すれば、世界は私のものになる! その暁には、貴方に世界の半分を差し上げましょう!」

「……何?」


 光る魔人が口を開いた。

 オロバスは勘違いしている。

 彼が口を開いた理由は、決して契約に惹かれたからではない。


「その娘を利用すれば、大魔王の座が手に入るのです! 仕組みは説明し辛いですが……その娘を使えば、大魔王へと至る究極の兵器が手に入る!」

「……そうすると、この娘はどうなる?」


 光る魔人が問う。

 オロバスは内心ほくそ笑む。

 食いついた、と。


「消えますとも! 勿論、リスクはありません! こんな消えかけの、人間の小娘一人を支払うだけで! 私達は世界を手にするのです!」

「そうか……」


 馬鹿め。オロバスは不敵に笑った。

 世界を半分もくれてやるものか。

 召喚獣の力を奪った暁には、貴様も消し去ってくれる。

 ワンフーも、ダルタニャンも、バアルゼブブも、パズズも、他の魔王も全部、全部……


 ――大魔王になるのは私。世界は私一人のものだ……!


 歯茎を剥き出しにして笑う。

 光る魔人もにっと笑った。

 これで、世界は、私の、


「覚悟しろ」

「……はい?」


 オロバスが間抜けな声をあげる。

 

「覚悟しろと言った。逃がさない。二度と馬鹿な考えを起こさないよう、叩きのめす」

「な、何故?」


 その問いが非常に間抜けなものであることにオロバスは気付けない。


「わ、分かりましたよ! 半分じゃ足りないのですね! だったら、七割! 世界の七割を貴方に差し上げます!」

「お前は馬鹿か?」


 オロバスががくりと膝を崩す。

 何故?

 歯がガチガチとなる。もう、なりふり構っては居られない。


「全部! 全部ですね! 分かりました! 魔王の座は貴方に譲ります! 私は貴方の配下として、世界を取る手助けをしましょう! その娘の力を扱うのはどうか私にお任せ下さい! だから、そんな恐ろしい事を仰るのはどうかお止め下さい!」

「お前は馬鹿かと聞いている」


 何故? 何故? 何故?

 オロバスは笑っていた。引き攣った笑み。苦し紛れの笑みだ。

 そして彼は、最後の地雷を踏み抜いた。


「は、はは。ば、馬鹿ですよ。何せ馬鹿野郎ですから。な、馬鹿だから貴方が求めるものが、私には、分かりません。ど、どうかお教え願えますか? 善処致します。ま、まさか、その娘が大切だとか、そんな冗談は仰りませんよね?」


 光る魔人の口元が緩んだ。


「その、まさかだ」


 ???の攻撃!

 

 魔王オロバスを閃光が打った。

 光る魔人が手を翳した瞬間に、鈍い衝撃が身体を打ち貫く。

 ほんの一瞬だった。

 たったの一撃で、オロバスは吹っ飛ばされ、城の壁に叩き付けられる。


「ぶるふぁっ!」


 意識が飛ぶ。

 白目を剥く。

 壁画のように壁にめり込んだオロバスを一瞥し、光る魔人は眠るミリーを抱きかかえ、魔王の間を後にする。


「命だけは見逃してやる。二度とその馬面を、俺に見せるな」


 最後に言い放った言葉は、オロバスには届いて居なかった。



 一撃必殺!

 魔王オロバスは倒れた!





次回、割と長いオロバス篇完結?

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