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下位世界の『超』召喚獣  作者: 五月蓬
謀略の魔王オロバス篇
52/55

魔王と光明



 時は少し遡る。

 ミリーは仲間達の元から離れ、一人、とある民家の中に息を潜めていた。

 見つからない事を良いことに、一時的な隠れ家に利用したのである。

 流石に仲間達も人の家に勝手に上がり込んでまで探しには来ない。民家にいきなり勝手に入ってきて、ものを漁るのは犯罪である。勇者でも許されないのだ。

 ミリーの思惑通りだった。

 しかし、ひとつだけミリーの思惑から外れたことがある。


 それは彼女が、仲間以外の存在から、既に狙われていた事である。


 ミリーが隠れていた民家のドアが開く。

 二人組の男が入ってきた。

 ドアが開いた瞬間は、住人が帰ってきたのかと思ったミリーだったが、そうで無い事はすぐに分かった。

 黒いスーツを着た二人の男の頭には、異形が佇む。


「此処で間違いねぇんだろ?」


 白い兎の耳を生やした、白髪頭の男が言う。目付きが悪く、着崩したスーツからは、如何にもな柄の悪さが滲み出ている。


「そうですね。僧だけに。ぷぷっ」


 坊主頭に黄色く短い角を生やした、穏やかな表情の男が拳を口に当てて笑う。

 首と手首に巻いた濁った紫色の数珠に言いしれぬ不気味さが漂っていた。


『魔族……!』


 どうしてこの町に魔族が?

 思わず声を漏らしたミリーには、「見えないだろう」という慣れに基づく無意識的な考えがあった。

 ミリーは普通の者には見えない。

 「彼女の存在を知る者」にしか。


「ほらいた。そこに座ってますよ」

「お、本当だ。ラッキー」

「本当についてますね。あなたの背中に……」

「お前の僧ジョークは本当に笑えねぇな」

「ぷぷっ」


 ミリーは自身を見下ろす視線にぞっとした。

 何故、見えている?

 二人の魔人は怯えた視線を向けるミリーを、それぞれの笑顔で見下ろした。

 柔和な笑みを浮かべる坊主頭の男の手から、紫色の光が走る。同時にミリーの腕に鈍い痛みが走った。


『痛い!』


 腕はぐんと後ろに下がり、背中の後ろで括られる。両手が動かない。

 次に下卑た笑みを浮かべる兎耳のチンピラがミリーの肩を掴む。

 たとえ見る事ができる者でも、決して触れないミリーの肩を。

 本来ならば喜ぶべき事だが、今がとても喜べる状況ではなかった。


『何で……?』

「意外そうな顔ですね。意外、僧。ぷぷっ」

「触れない筈の私にどうして触れるの、ってか?」


 乱暴にミリーを引き寄せ、兎耳がにやりと笑った。


「お前、ゴーストって魔物知らないか? 実体のない透けた身体を持ち、素手じゃ触る事もかなわない魔物。『死者の国』ってぇ場所に生息してる雑魚魔物だ。そういや最近、一区域がどっかの勇者に解放されたっけか?」


 それがミリーに触れる事と何が関係あるのか。理解できないミリーに、坊主頭が優しく笑った。


「勇者はゴーストを倒せるんです。つまり、あなたのような存在でも対処する方法があるという事ですよ」


 ミリーははっとし、前のめりに反論した。


『私、魔物なんかじゃ……!』

「でも、私の数珠で縛れて、触れるようになった。あなたが魔物であろうと無かろうと、私達はそれで十分なんですよ」


 ぎゅっとミリーの首に紫色の数珠が巻き付いた。


「騒がれては面倒なので、しばらく眠っていて下さい」

「オロバスのところに案内してやるぜ」


 薄れ行く意識の中で耳にした不吉な名前。

 ミリーが次に気付いた時には、目の前にはまんま文字通り、馬面の人間が玉座に腰掛けていた。




   ----




『何が狙いなの……! 私なんか捕まえて!』

「何が? 面白い事を聞きますね。心当たりなら十二分にあるでしょう?」


 オロバスは手の中に一本の万年筆を踊らせた。


「『魔王狩りの召喚獣』の召喚主であるあなたなら」


 その意図を察し、ミリーは怯えを押し殺し、虚勢を張る。

 引き攣った笑みで、オロバスを見上げて、鼻を鳴らした。


『残念。タカシ君は誰にも操れないよ。私の言うこといっこも聞かないもん』

「それはどうでしょうか?」


 万年筆の先に紫色の光が宿る。


「召喚術にはルールがある。召喚主に、召喚獣を操れない等と言う事は有り得ない。もしそのようなことがあるのならば、それは力の使い道を見誤った、間抜けな召喚主のミスです」

『……そういうのに収まらない召喚獣だから、あなた達魔王はどんどんやられてるんだよ?』

「では試してみましょうか」


 オロバスが万年筆を握り、振りかぶる。

 そして、ミリー目掛けてその万年筆を振り下ろした。

 すっと万年筆の先端は、ミリーの身体を透き通る。

 

『……私には触れないよ。そんなの刺そうとしたって……』

「拷問であなたを従えようなどとは思っていませんよ。謀略の魔王を舐めないで頂きたい」


 オロバスの意図を読み違えたミリーは、次の瞬間表情を一気に強ばらせた。

 身体の奥底に走る鋭い痛み。

 一瞬抱いた余裕が消え失せる。


「見つけた」


 くいっとオロバスが万年筆を動かす。

 ミリーは自分が何をされているのか理解できない。

 しかし、曖昧に、感覚的に感じ取っていた。

 

 ――『自分という存在』が、少しずつ消えていっている?


「あなた達を招き入れた時から、狙いはあなただったんですよ。ミリーさん。いえ、正確にはその先にあるものと言うべきでしょうか」


 オロバスが万年筆を動かしながら語り出す。


「召喚術において、召喚主は必ず『契約印』と呼ばれるものを持っています。召喚獣と召喚主が契約を結んだことを証明する契約書のようなものですね。私はミリーさん、あなたもあの召喚獣との契約に用いた契約印を持っていると睨んでいた」


 そんなもの持ってない、そう言いたいのに声が出ない。


「しかし、それならとうに誰かが気付いている筈。契約印は契約書。見えなければ意味が無い。なので大概にしてそれは目立つものなんです。たとえば、身体に浮かび上がる不思議な模様であるとか、ね。しかし、あなたにはそれが一切見られない」


 ミリーの身体の色が更に、僅かに薄くなる。


「ならば契約印はどこにあるのか? その答えを探るには、あなたの身に起きた異変に着目すればいい。その中に、契約印のヒントがある筈だ。私はそう考え、ひとつの予測を立てたのです」


 オロバスが歯茎を剥き出しにしてぶるふふ、笑った。


「あなた、『ミリー自身が契約印である』、と」

『私……が……?』


 ミリーはようやく声を振り絞る。

 告げられた事実を飲み込めない。

 それが何を意味するのか。これから自分の身に何が起こるのか。


「……知っていますか? 契約印は、『書き換える事ができる』んです。これを『契約の譲渡』と言います」


 感じていた違和感の正体に気付いた時、ミリーの表情は凍り付いた。

 

「私の狙いはただひとつ。ミリーさん。あなたの持つ召喚獣との契約を……譲渡して頂く事です」

『いや……! やめて……!』


 おっと、とオロバスが手を止める。


「気付きましたか? あなた自身が契約印という私の推測はどうやら当たっていたようです。そして、私の目的は『契約の譲渡』。私からすれば、私が契約印を手に入れられれば、それでいいのですが……あなたからすれば……」

『嘘だ……』



 ミリーの目に涙が浮かぶ。

 それをほくそ笑み、オロバスは得意気に顔を上に向ける。


「あなたのお仲間の元には、今頃私と手を組んだ魔王が向かっています。勝てるとは思わない事です。対策は打ってあります。おっと、話を戻しましょう」


 むくちゃんが語ったオロバスの評価を思い出す。

 きっと、その言葉に偽りはない。


「契約印であるあなたからすれば、『契約の譲渡』は、あなたの存在自体を書き換えられる、奪われる事に等しい。これはあくまで私の推測ですが……」


 そして、残酷な推測かくしんがミリーに突きつけられる。


「ミリーさん、あなた、消えてしまいますね」


 あの万年筆はミリーの持つ契約印、というよりミリー自身を書き換えているのだろう。

 ようやくミリーはむくちゃんの言っていた事を理解した。

 強さではなく、特異性でもない。

 これが本物の魔族の王、魔王の姿なのだ。


『みんな……!』


 オロバスが打った対策とは?

 こんな時でもミリーは仲間の身を案じる。

 自分がこんな目に遭っているのだから、みんなも同じような目にあっているのではないか。


 既に命は捨てていた。

 今更惜しいとは思わない。

 ふと、ミリーの中にそんな考えが浮かぶ。


『……お願い……私はどうなってもいいから……仲間には酷い事しないで……』


 必死で振り絞った言葉にオロバスは黒目がちな目を大きくする。


「驚いた……召喚獣を呼ぶために命を捨てたと聞いていましたが……まさか本当に此処まで愚かな娘だとは。呆れを通り越して感心さえしてしまいますよ」


 しかし、魔王は無慈悲である。


「だが残念。感心しただけです」


 ――みんな……


 せめて無事を願って。

 ミリーはそっと目を閉じた。

















「お前は本当に馬鹿だな」


 男の声がした。知らない声だ。

 低めで、どこか冷たい声。しかしどこか優しげで、オロバスよりも恐ろしい重みを秘めた声。

 次の瞬間、オロバスの「んな!?」という声と共に、ミリーの身体は浮き上がった。

 

「誰です!?」


 どうやら浮き上がった身体は、オロバスに抱えられ、移動しているようだ。

 オロバスは、突如現れた何者からかミリーを確保したらしい。

 誰だろう?

 ミリーが閉じた目を恐る恐る開き、確認しようとする。

 謎の声がはあと溜め息を漏らした。


「人の心配ばかりしてないで、助けてとくらい言えばいい」


 オロバスの「ぶるふっ!」という悲鳴が響く。

 同時にミリーの身体は放り出され、開き掛けた目は反射的に閉じられた。

 地面に落ちる。そう思ったが、身体はふっと何者かに支えられた。

 バチン、と後ろ手を縛る数珠が弾け飛ぶ。ずっと続いていた鈍い痛みが消え失せた。

 力強い温もりが、背中を支える腕から伝わる。

 恐れはなかった。自然と目が開いた。


『……だれ?』


 ミリーを支えているのは光だった。

 人の形をした光が、ミリーの顔を見下ろした。


「……私の邪魔をして、タダで済むと思っているのですか? 私は魔王狩りの力を手に入れ、全ての魔王を滅ぼし、頂点に立つ……大魔……王……」


 強気で雄弁に語るオロバスの口が止まった。

 ガチガチガチと歯並びの良い口が音を立てている。

 何かを思い出した。そんな様子だ。


「まさか……おま……いえ、貴方は……!」


 魔王オロバスは光る人間を知っている。

 光る人間は、ミリーに冷めた笑みを向けて、呟いた。


「寝ていろ。すぐに済む」


 それと同時にミリーの意識がふっと途切れた。何かの魔法だろうか。一瞬で眠らされてしまったようだ。

 

 そこから何が起こったのか。


 次にミリーが目を覚ました時、そこは宿屋のベッドの上だった。





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