魔王アニマルランド
怪しいふいんき
街を訪れた夜。
「絶対におかしい、むきゅ」
一人一室提供された宿の部屋、その中のむくちゃんの部屋にはタカシとミリーはいた。
少女にオロバス討伐を頼まれた面々が、むくちゃんに呼び出されたのである。
ちなみに、ゼブブは既に就寝中である。
『何が?』
「あの子供が、むきゅ」
むくちゃんが、ベッドに埋もれながら話し出す。
「どうしてあいつは俺達が勇者だと分かったむきゅ?」
『お前が勇者とかおこがましいよ』
「そうだなむきゅ」
ミリーが意外なむくちゃんの反応に目を丸くした。
「だって考えてもみろ。あの時如何にも勇者なレイはいなかったんだ。いたのはゼブブと見えない幽霊、可愛い小動物に見た目は冴えない一般人だぞ、むきゅ」
「おいこら小動物。誰が冴えない一般人だ」
『確かに……勇者っぽいの一人もいないね』
ミリーが真面目に考える。
『でも、それはレイが直前まで一緒に居たとこ見てたからじゃないの?』
「だったら、レイの方に行くだろむきゅ。俺達に寄ってくる意味が分からない」
「俺が勇者に見えたんだろ」
ミリーがうーんと唸って首を傾げた。
「そもそも、オロバスの出張だとか、なんで支配下の街の娘が知ってる? それに悲劇を語っちゃいたが、悲壮感がまるで感じられなかったのも怪しい」
『……うーん。考えすぎだよむくちゃん』
ミリーもそう言いつつも、少し不安げな表情を見せ始める。
タカシは話に混ぜて貰えずに、いじけて体育座りしていた。
「……本当に、あれは助けを求める少女だったのか?」
『そんな……あんな女の子が、何か悪い事しようとしてるって?』
「ゼブブを見ろ。魔族に見た目は関係ない」
『ゼブブちゃんは良い子だよ? やっぱり考えすぎじゃ……』
「考えすぎるくらいが丁度いいんだ。あのオロバスを相手取るにはな」
むくちゃんはかつて偉大な魔王だったという。
そんなむくちゃんがそこまで評価するオロバスとは、どれ程の魔王なのか。
いじけながらも話を聞いていたタカシも少し気になり始めた。
『怖いこというのやめてよ……』
そして、ふと気付く。
ミリーの声が震えだしている事に。
『だって……あんな女の子が、魔王の手下なんて言ったら……私達は何を信じればいいの?』
はっとむくちゃんが思い出す。
暢気で明るく振る舞うミリーだが、彼女は誰よりも魔王の怖さを知っている。
彼女は魔王の前で身体を失うという『死』に等しい経験をしているからだ。
「…………ま、まぁタカシもいるし、ゼブブもいる。そして俺もいるから大丈夫だむきゅ」
『でも、ずっと一緒には居られないよ! タカシ君とゼブブちゃんが居ない時に襲われたらどうするの!? アリアちゃん、具合が悪いんだよ!』
泣きそうになりながらミリーが声を大きくする。
「大丈夫だってミリー。俺がアリアちゃんの傍にずっとついてるから」
『タカシ君も夜は寝るでしょ! 起きてたとしても、寝てるアリアちゃんの傍に置いておくには不安すぎる人材!』
「ちょっ……」
一蹴されて完全にハートブレイクされたタカシ。
『むくちゃんは私をわざと怖がらせようとしてる!』
「ミリー!」
ミリーは部屋の壁をすり抜け飛び出していった。
思わぬ彼女の反応に、タカシは驚きを隠せずにぽかんとしている。
触れないミリーを無理矢理引き留められる筈もなく、むくちゃんは早々に諦めて再びベッドに埋もれた。
「……おい、むく。流石にちょっと怖がらせすぎたんじゃないのか? お前、此処に来てからオロバスってやつの事誉めちぎりっぱなしだぞ」
「そんなつもりはなかったが……流石に脅かし過ぎたか」
「そうだ。正直俺がいりゃ楽勝だろ?」
ぐぬぬ、とむくちゃんが唸る。
「……そうなんだ。奴自身大した魔王じゃないんだが……昔、手痛い目に遭わされてな」
「え? お前って凄い魔王じゃなかったのか? 一体何されて……」
「聞くな……頭が痛くなる……」
余程の事があったのだろう、とタカシは察した。
聞きたい気もしたが、メンタルの弱い者としては、傷口を抉られる痛みは知っているつもりなのだ。
余計な事は聞かない事にした。
「まぁ、この街が怪しいのは事実むきゅ。警戒は怠るなよタカシ」
「ん? ああ、気をつけとくか。心配のし過ぎだと思うがな」
タカシはひょいとベッドからむくちゃんをつまみ上げる。
「お前もミリーのフォローしとけよ」
「……分かってるむきゅ」
むくちゃんは珍しく気まずそうに顔を伏せた。
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「……で? 魔王狩りの一行は、上手く招き入れたのですか?」
魔王オロバスは歯茎を剥き出し、ぶるると笑った。
「ぬかりなく! しっかりばっちり騙せましたよ! 私の迫真の演技で! 全員バラバラの部屋に押し込めました!」
少女はくすくすと笑い、隠す必要のなくなった狸の尻尾を撫でた。
「街の人間も街外れの豚舎に全員押し込めてます! 計画が終わりましたら、元に戻す……でしたよね?」
「ええ。人間も私の貴重な資産です。丁重に扱いなさい」
「御意!」
狸尻尾の少女はびしりと頭を下げた。
そして、ちらりと視線をあげて、オロバスの顔色を窺う。
「…………ところで、この仕事を終えたら」
「ええ、お約束しますよ。あなたとあなたの森のお仲間の生活と、森の木々には手を出さないと誓いましょう」
ぱぁっと少女の顔が明るくなる。
それを見てオロバスはぶるると笑った。
「街で絶賛名演中の森のお仲間にもお伝え下さい。失敗は有り得ない、と」
「も、勿論です……! 明日の夜に、『この手紙』を召喚獣に届ければいいんですよね!」
少女は手紙を取り出した。
「そうです。分かっているのならよろしい。下がりなさい」
「ぎょ、御意!」
どろんと少女は焦って消える。
少女の気配が完全に消えたのを確認して、オロバスはぶるると唇を震わせた。
「……で、オロバス。見逃す気はあるのか?」
オロバスの裏で、目を光らせる影が蠢いた。
「まさか」
オロバスは嘲笑する。
「木の需要は年々上がってきています。土地も足りない。あの森を潰さない理由がありません」
「貴様は本当に悪辣な奴だ……」
「そう言わないで下さいワンフー。あなた達とて嬉しいでしょう?」
じゅるりとワンフーと呼ばれた魔王はヨダレを垂らす。
「人間は流石に私の持ち物ですからご遠慮頂きますが……森の肉、選り取り見取りですよ」
「……楽しみだ」
誰一人として気付いていない。
魔王オロバスの、都合のいい言葉に踊らされている事に。
むくちゃんの勘ぐりさえも、タカシの楽観さえも、ミリーの怖れさえも、少女の無駄な努力さえも、そして彼と手を結ぶ魔王達でさえも、全てがオロバスの掌の上だという事に。
――馬鹿共が
――見ていろパズズ、ベリアル、リヴァイアサン、その他諸々魔王共
――貴様らに媚びるのも明日までだ
『処分』する予定の背後の魔王にも、嘲りの視線を送り、オロバスは一人ほくそ笑む。
魔王オロバスの恐ろしい策がタカシ達を襲う!
何だかとってもわるそうな馬野郎ことオロバスさん。
オロバス「今年は午年、私の年!」
オロバス変でスポットが当たるのは……