魔王オロバス
新たな魔王登場です
「魔王オロバスは、とても恐ろしい魔王です」
此処はとある街の食堂。
少女は、注文したポークステーキの乗った皿を前にして、嗚咽を漏らした。
「どうか……どうか、両親の仇を討って下さい! 勇者様!」
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タカシ達が辿り着いた街は、魔王オロバスに支配された街だった。
「オロバスってどんな奴なんだ?」
タカシの疑問に、『元』魔王のゼブブが答える。
「…………馬」
「う、うま?」
馬の魔王という事なのだろうか?
「…………昔、シカトリスと組んでて、『馬鹿野郎コンビ』って呼ばれてた」
シカトリス……鹿トリス? 馬と鹿で馬鹿という事なのだろうか?
「…………今は解散して、『馬野郎』って呼ばれてる」
取り敢えず、今までの魔王の例に漏れず、魔王らしからぬヘンテコだとタカシは把握した。
「また変な奴か」
「お前もよっぼど変な奴だがむきゅ。でもまぁ、ゼブブの言った事は大体あってるからなむきゅ」
もう一人の『元』魔王、むくちゃんが補足する。
「ただ、お前が今まで出会ってきた『魔王とは名ばかりの残念な奴ら』と一緒にするのは些か危険かも知れないむきゅ」
「…………それは私の事も言ってる?」
地味に傷付くゼブブを他所に、むくちゃんは語り出す。
「魔王オロバスは『謀略の魔王』と呼ばれるまでの悪知恵の申し子むきゅ。人間は魔族の家畜だと考えて、とにかく貪れる限りの富を食い尽くす事がモットーの、『身の程を弁えた悪党』と言えばいいかむきゅ。弱者を踏みにじり、強者には媚びる。しかし、媚びる強者でさえも都合良く利用する。『それを知られた上でもなお』、立ち位置を守り続けるような、『小悪党』と呼ぶには些か悪辣過ぎる、『正真正銘の魔王』むきゅ」
思わぬむくちゃんの高評価に、一同も驚きを隠せない。
「……つまり、『とんでもなく悪い奴』という事むきゅ」
「…………うん。オロバスは悪い奴」
ゼブブも同意する。それ程に、オロバスという馬は悪い奴らしい。
魔王二人に『悪い奴』と評される魔王。レイはそれを聞いただけでごくりと息を呑んだ。
一方のタカシはというと……
「じゃあ、遠慮なく叩きのめせるな!」
「流石師匠……負ける気はさらさらないという事ですね」
何だかんだで頼りになるタカシに、レイは僅かに表情を緩ませた。
『アリアちゃん大丈夫?』
その時、ふとミリーが発した声により、一同の視線がアリアに集まる。
アリアは何故か、頭を抱えて立ち止まっていた。
「え……いえ。ちょっと頭痛が」
レイがアリアに歩み寄り、顔色を覗き込む。
「大丈夫か? そう言えば、時折調子が悪そうにしてたな……確か、『解放の試練』の時から。もしかして引き摺っているのか?」
タカシ一行の突っ込み役、お飾り勇者レイ(言い過ぎ)は、何だかんだでパーティーの面々の様子を見ている。何だかんだで鈍感な、その他一同は気付いていなかった、アリアの変化にも気付いていたのだ。
此処に来て急に顔色が悪くなったアリアを見て、それが一時的なものではないのではと察したレイ。
「師匠。オロバスの元に向かう前に……少し宿を取って休んでも宜しいですか?」
「そんな……駄目です。私に気なんて遣わなくて結構ですから……」
「おいおいアリアちゃん。無理は駄目だ。俺もちょっと疲れたし休もう。焦ることじゃないし、いざとなったら二秒で終わるから」
タカシは快く了承する。
レイは、タカシが明るく振る舞っているのは余計な心配をさせないようにする為だろうと察した。
「…………アリア。休んだ方がいい、よ」
「そうむきゅ。ちゃんと療養しないで、足引っ張る方が迷惑だ、むきゅ」
『ちょっともっと言い方考えなよ糞団子!』
「くそだん……!? この悪霊、どんどん口汚くなってくむきゅ!」
全員の反応を見て、アリアは僅かに微笑んだ。
「……有り難う御座います。では、お言葉に甘えて……でも、今たまたま頭が痛くなっただけですので、そこまで心配しなくても大丈夫ですよ~」
こうして一行は、街で一時的な休息を取ることになった。
『ねぇアリアちゃん。このまま宿に行って休む? お腹空いてない? 丁度いいところに食堂があるんだけど』
「おい悪霊。お前が腹減っただけだろむきゅ」
『失礼な! 私は食いしん坊キャラじゃないよ!』
「二人は本当に喧嘩が好きだな……」
レイが若干呆れたように溜め息をついた。
そして、食堂の方をちらりと見た後、再びアリアに向き直り、正面から真っ直ぐに目を見る。
「アリア。食べるの辛いか?」
「え。い、いえ……本当に大丈夫ですよ~。お気になさらずにご飯いきましょう」
「……駄目だな」
レイはぼそりと呟き、今度はタカシの方を向く。
「俺がアリアを宿に連れて行きますので、師匠は食堂に入ってて下さい。ミリーだけでなく、皆そろそろ腹が空く頃でしょう」
「レ、レイさん……私は大丈夫……」
「駄目だ。無理するな。腹が空いたのなら宿屋の方で俺が軽食でも用意してやる。あの食堂のメニューは少し病人には重い」
「あ、だったら俺も……」
「駄目です師匠」
レイはすっとタカシに歩み寄り、耳打ちする。
「……全員がついていったらアリアが迷惑を掛けていると思い込みます。心配でしょうが、食事くらいは気にせずとって下さい。そうした方がアリアも気が楽でしょう」
「お、おう……」
「大丈夫ですから。この手の輩の扱いには慣れてます」
それを補足するように、ミリーもタカシに耳打ちした。
『だいじょぶだいじょぶ。レイはこう見えてお母さんみたいに気が利くから』
タカシは初めて勇者レイを見直した。
ただの腰巾着みたいになっている男であっても、勇者なのだ。
パーティーメンバーの体調管理や扱い方などを熟知しているのだ。
『解放の試練』の時からアリアの具合が悪そうだと気付いていた点からも、よくパーティー内を見ているのだとタカシも分かった。
「……じゃあ、頼む」
「はい。アリア、行くぞ」
「…………はい。ありがとうございます」
レイがアリアの手を引いて行く。
それを心配そうに見送る一同。
「心配そうに見てたら、余計に心配掛けてるとアリアに思わせるだけむきゅ。とっとと食堂入るむきゅ」
むくちゃんにも促され、一同はようやく重い足を動かす。
そんな早速気落ちしている一同に、空気を読まない声が降りかかった。
「あの……皆様は勇者様ご一行ですよね?」
正確にはレイがパーティから離脱している為、勇者一行というと語弊があるのだが……
タカシはさらりと答えて見せた。
「そうだけど」
少女はそれを聞いた瞬間、一瞬顔を明るくし、深刻な表情に戻ったかと思うと、小さな両腕に抱えていた豚の人形を突きだして頭を下げた。
「お願いします勇者様! どうか……両親の仇を……魔王オロバスをやっつけて下さい!」
豚の人形は、かなり大きな貯金箱だった。
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取り敢えず食堂に入ったタカシ達。
「まずは……魔王オロバスの行っている非道な行いを知って貰わなければなりません」
何か少女は勝手に話し始めた。
「私の両親は……」
「お客さん。注文してから座ってくれないかい?」
「あ、じゃあ私はポークステーキで」
何か勝手に注文し始めた。
続いてタカシ達もメニューを眺め始める。
「あ、お勧めはポークステーキかポークカツレツです」
何か少女は勝手にお勧めしてきた。
お勧めされると断りにくいので、タカシ達は二択を迫られる事になる。
渋々ポークステーキを頼むタカシとミリー、そしてむくちゃん。
「…………ソフトクリーム。チョコ味で」
そして空気を読まないゼブブ。
全員注文を終え、席に着き、再び話を仕切り直す。
「私の両親は、この街の勇者のパーティーメンバーでした……」
少女が語り出す。
「この街を支配する魔王、オロバスの討伐の為、三年前にこの街を出たのです」
「成る程」
これだけ聞けば大体分かる。
今でもオロバスの支配の続く街。勇者達がどうなったのかは明らかだ。
「殺された……だけならどれだけ良かった事でしょう」
しかし、少女の話は続く。
「はい。ポークステーキおまちどおさん」
「あ。こっちですこっちです」
少女の目の前にポークステーキがのせられた皿が置かれる。
意外と厚手で食べ応えがありそうだ。
こんな時でもしっかりとがっつりしたものを注文する少女はある意味図太いのかも知れない。
「殺されただけなら……って何をされたんだ?」
タカシが聞くと、はっとしたように箸を割ろうとした少女が手を止めた。
今話の途中なのに普通に食事に移ろうとしていた。
やっぱり図太いのかも知れない。
少女は沈痛の面持ちで視線を落とす。
「……魔王オロバスは、『古代の魔法』を調べていました。人智を越えた奇跡を起こす秘術を」
少女はやっぱりパキンと割り箸を割り、ぽろりと涙を零した。
「……この街の勇者と、私の両親は…………オロバスの魔法によって……」
そして、少女はぱくりとポークステーキ一切れを口に運んだ。
「……『豚』に変えられてしまいました」
「!?」
タカシ達に衝撃が走る。
「オロバスは人を家畜に変える魔法を手に入れたのです。お陰でかつては養蚕で栄えていたこの街も……畜産で有名な街になり……!」
「!?」
少女は口の中のポークステーキがなくなる前に、ご飯をすぐさま口に放り込む。
そしてゆっくりと噛み締めた後、ごくりと飲み込み、声をあげた。
「私は、豚肉となった両親の仇を討ちたい……でも、私一人じゃ何もできない。街のみんなもオロバスを怖れて逆らうことをやめました」
さらりと『豚肉』と言いながら、豚汁をずずと啜る少女。
「魔王オロバスは、とても恐ろしい魔王です」
少女は、注文したポークステーキの乗った皿を前にして、嗚咽を漏らした。
「どうか……どうか、両親の仇を討って下さい! 勇者様!」
この少女はとてつもなく図太いのだろう、とタカシ達は思った。
両親豚にされたのに、平気で豚肉食べてるし。
しかも、両親既に加工されちゃってるし。
それにどうしてこうがつがつと食いながら話をするのか。
「お、おう。どうせオロバスは倒す予定だったから……」
「ありがとうございます! ありがとうございます! ……これは、我が家の豚を売って作った、私の全財産です」
途轍もなく不吉な事を言った少女に、タカシはふっと微笑み、貯金箱を突っ返した。
「いやいいからお金とか。……そのお金でその豚買い戻してあげて?」
「そんな……! そのような訳には!」
「お願いだから、ね?」
「…………ありがとうございます。両親も、安心すると思います」
やっぱり不吉な事を言って、少女は深々と頭を下げながら、ポークステーキを一口頬張った。
「ポークステーキおまっとさん」
タカシもミリーもむくちゃんも、流石に食欲が湧かない。
だって、この豚……ってかこの街の人間図太すぎるだろう。
少女とゼブブだけが、注文した品を満足げに味わっていた。
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「宿屋のご主人にはタダで皆様を泊めるようお願いしておきます。何せこの街の救世主になって頂くのですから、当然の事です」
しっかりタカシ達に食事代を出させておいて、少女は胸を張って食堂を出た。
タカシ達が手をつけられなかったポークステーキもしっかり平らげて。
「魔王オロバスの城には私が案内します。……ですが……」
「ですが?」
「最低でも後二日、待って貰えませんか?」
「どうして?」
どうせアリアを待つ必要があるので、そこまで焦るつもりもなかったが、何やら事情がありそうなので、タカシは問う。
「いや、オロバスは昨日から他所の地方に出張中でして……」
「え。魔王って出張とかするの?」
「ええ。この街の名産『オロバス豚』の宣伝に……」
一体魔王とは何なのか。
「とにかく今言っても城にはオロバスはいないので、帰るまで待っていただけますか?」
「まぁ、こっちも訳あってしばらく休む事にしてたから。大丈夫大丈夫」
「それは丁度良かった。では、宿には話を通しておきますので、しばらくの間この街で観光でも楽しんでいって下さいね。あ、お土産のお勧めは、お土産屋さんで売ってる『名物豚サブレ』です」
この街の人間は、人が豚に変えられてるのに、それをむしろ名物にしちゃっている。
なんて図太い奴らなのだろうか。
魔王よりも人が怖い、タカシはつくづくそう思った。
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「来ましたか」
魔王オロバスは歯茎を見せて笑う。
「……それでは明日、決行しましょう」
魔王オロバスと向かい合う、二人の魔王もにやりと笑った。
「我々『魔王連合』による……『召喚獣強奪作戦』を」
何やら不穏な空気を漂わせながら新章突入!