強欲の摩天楼
2年振り……(ボソッ
マモンは一人の(元)魔王に手を引かれて駆けていく。遠くでは激しい音が鳴り響き、なにやら魔王同士の交戦が始まった事が把握出来た。
「ああ、もうとんだ災難だね。まさか、私を狙う魔王が一度に三人も……いや、君達も含めたらもっとか」
「残念。…………私は『元』。……今は魔王じゃないから」
「勿体ない。私の能力を受けないレベルの魔王だったら、魔王の中でも相当の立ち位置に付けるだろうに」
マモンの賛辞に喜ぶことなく、走りながらゼブブは呟くように吐き捨てる。
「手加減していてよく言う…………」
「……バレてたか。それでも全く効果がないなんて事はレアなんだけどね」
「…………さっきの魔王は?」
襲撃者の一人、さっきぺしゃんこに潰された魔王、モーメン。
交わされた怪しい会話から、ゼブブもマモンの背景に唯ならぬものがあると察していた。
「しつこい営業だよ。有名になるとあの手の輩がどっと増えるからね」
マモンも諦めた様に話し出す。
「ドミナシオン。知ってるかな?」
「…………知らない」
「だろうね。私も最近知った名だ。タチの悪い奴だよ。君も気をつけるといい。足を洗った魔王にまで、手をかけるようなやつらしいからね」
足を洗った魔王にまで手をかける、そこまで聞いてゼブブが眉をひそめた。
「…………何それ」
珍しくゼブブは不快さを露わにした。
マモンは続ける。
「他にも物騒な話が多い。大魔王の座を狙い動く魔王が次々と現れている。魔王を八つ裂きにするという『黒い魔王』。会話すらままならない『奇人魔王』。そして……『風の魔王』」
「…………パズズ」
ドミナシオンの噂以上に、顔を歪めてゼブブは呟いた。
彼女が最も忌み嫌い、彼女が知る中でも最も強い魔王の名を。
「……まぁ、そこまで言えば分かるだろう? 私がタカシ君に一発殴られてもいいという理由」
『黒い魔王』や『奇人魔王』をゼブブは知らないが、最後に出された名前を聞いて理解した。
「私も始めは欲を捨てきれなかったよ。大魔王という魅力的な立ち位置へのね。ぽっと出の『黒い魔王』や『奇人魔王』、ドミナシオン如きに後れをとるつもりはなかった。だが……『パズズが動いた』となると話は別だ」
ようやくマモンは、むくちゃんが語ったような『悪人』らしい、黒い笑みを露わにした。
「パズズを相手取る位ならば、タカシ君に殴られて、魔王の座を捨てた方がましだ」
マモン商業本社ビルが見えてくる。
マモンの言葉を聞いたゼブブは、ビルに逃げ込む直前で、突然足を止めた。
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無数の切れ込みが入ったガラスのオブジェが乱立された公園には、既に二人の魔王の姿はなかった。
その場に留まって戦えるような相手ではないと、互いに判断し、激しく動きながらクロードとパイモンは戦っていたのだ(迷惑)。
「旦那! やばいよやばすぎるって! あのパイモンとかいう魔王、強すぎる!」
「……流石は噂の『奇人魔王』と言ったところか。あの『白光魔王』ウィスプを倒しただけのことはある」
「『奇人魔王』!? あいつが!? ……う~ん、でも『奇人魔王』って確か……」
クロードとチョコカラスは、自分達と同じ『大魔王を目指す者』を知っていた。
その中でも目立つルーキー『奇人魔王』が、あのパイモンであると推測した。
だって、どう見たって奇人だもの。
一方、一旦距離を離し、相手の様子を窺うパイモン側でも……
「パイモン様! 何ですのあの男は!」
「ちょっと今まで見てきた魔王とはレベルが違いすぎっすよ!」
「当然だ、今や噂の、黒い王、そうやすやすと、討てるはずなし」
「黒い王!? あのアバドンをバラバラにしたっていう!?」
「でもちょっと待つっす……? 噂の『黒い魔王』の武器って確か爪って聞いた気が……」
「馬鹿者め、爪で魔王が、刻めるか、誇大広告、踊るのは馬鹿」
パイモン一行も知っている。
その中でも噂のルーキー『黒い魔王』が、あのクロードであると推測した。
だって、真っ黒なんだもの。
「「こいつを此処で仕留めれば、大魔王の座が一気に近付くッ!」」
実力はあってもアホな為、互いに割と大魔王の席から遠い事には気付いていない。
それと、互いに最初のターゲットを見失っている事には気付いていない。
なんやかんやで追いかけっこしながら、二人のアホは図らずも次第にマモン商業本社ビルへと迫っていた。
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「助けてぇぇぇぇぇぇぇ! 殺されるぅぅぅぅぅぅ!」
ルナールはマモン商業本社ビルに駆け込んだ!
小動物に追い掛けられながら!
幸い朝も早いため、人はいない!
「自ら袋小路に逃げ込むとは……愚かなむきゅ」
「エーデルさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
ちなみにエーデルさんはまだ出社していない。
依頼人の名前を叫びながら走り回る、そもそも何を仕事にしているのか分からない狐耳の男は、次第に追い詰められていく。
しかしこの時、二人は気付いていなかった。
自分達が巨大な棺桶の中に足どころか全身を突っ込んでいる事に……
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ゼブブは振り向く。
そして、一言。
「…………あなた、嘘ばっかり」
「……嘘?」
マモンが怪訝な表情を見せる。
「何がです?」
「…………言ってることもやってることが、卑屈な理由と噛み合ってない。そして何より……」
ぎゅっとマモンの手を握る、ゼブブの力が強まった。
「私よりも長く、『あいつ』を見てきたあなたにしては、的外れが過ぎるから」
「……やっぱりこれは魔王に吐くような嘘じゃなかったかな」
「……『元』魔王」
魔王なら誰でも知っている。
ゼブブの言う『あいつ』が、魔王の座を放棄した程度で見逃してくれる筈などないと。
やってしまったと、マモンは頭をぺちんと叩いた。
「慣れない事はするものじゃないな。嘘は苦手でね。何せ欲望に正直に生きてきたものだから」
『強欲の魔王』と呼ばれるように、魔王マモンは欲に忠実な、自分勝手な魔王である。
彼自身が認めた通り、むくちゃんの話は間違ってはいなかったのだ。
ゼブブは想いの他あっさりと認めたマモンに驚きつつ、マモンの見せてきた顔を思い出した。
「…………でも、いい人のふりは上手かった」
「ああ、あれか。あれは嘘じゃないからね」
意外な言葉に、ゼブブはきょとんと呆けていた。
「…………意味が分からない」
「ははは。そうだろうね。私も意味が分かってないんだ」
意味が分からず、しまいにはむすっとし出すゼブブを見て、マモンは苦笑した。
「君は誰かを好きになった事はあるかい?」
「…………???」
「ごめんごめん。からかうつもりはないんだ。『よく見られたい』という欲もあるんだよ、って事かな」
マモンという魔王を理解するのは、ゼブブには少し難しかったようだ。
それを十分理解した上で、マモンは本音を語り出す。
「……君は嘘だと言ったが、パズズが怖いのは本当だ。だから、タカシ君に殴られて、魔王の座を降りたい。それも本心だ」
「…………でも」
「君よりも付き合いが長いから、私は知っている。私が呆気なく魔王狩りに倒されたと知れば、奴はここにはこないだろう。むしろ、私を倒した相手に興味を持つ筈だ。『あいつ』はそういう奴だ」
マモンの本心を見出し、ゼブブはようやく納得した。
彼の狙いはただ一つ。
『風の魔王』パズズ。魔王ならば知らない者のいない『あいつ』を、タカシに押し付ける事にあったのだ。
「タカシ君には申し訳ないと思っているよ。ただ、私も死ぬ訳にはいかないのでね。大魔王を狙って命を賭けるには、少々大切なものが増えすぎた」
裏にある小難しい事情は分からない。
それでもゼブブは、理解した。
そして、微笑む。
「…………あなたは、ひとつ間違ってる」
「……間違ってる?」
意外な言葉に今度はマモンが驚いた。
幼く見える『元』魔王が、自分に何を言うのか。
マモンが静かに耳を傾けようとしたその時……
つん、と冷たい空気がマモンを刺した。
誰かの視線を感じる。
マモンは気配に引かれるままに、横を向く。
追跡者は10人だった。
今では散り散りバラバラになった、追跡者の中で、唯一後をついてきていた気配に今更マモンは気付く。
今までの話を、最も聞かれてはならない相手。
最後の追跡者は、まさにその一人だった。
「……タカシ君」
マモンの背筋が凍り付いた。
ちょちょちょっと更新。
書こう書こうと思っていたら、気付いたら2年。時の流れは早いのねん。
ちょっと真面目な雰囲気出しつつ、
なんやかんやでマモン篇、次回完結!?




