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下位世界の『超』召喚獣  作者: 五月蓬
強欲の魔王マモン篇
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魔王観察




「マモン様……変な真似は止してください」

「……お前こそいい加減にしたらどうだ?客人にあんな態度を……」

「マモン様を傷付ける者など客人ではありません!」

「いい加減にしろ!……それに今は『社長』だ。マモン様はやめろ」


 エーデルはその眼鏡の下に隠れる瞳を潤ませた。それを見たマモンはバツが悪そうに目を背ける。


「……すまない。だが、本当に問題ないんだ。彼には彼の事情があるのだから……」

「……私こそ申し訳ありません。ただ……警戒に越した事はないんです。あの話、社長はご存知ですよね?」


 エーデルがマモンの目を見上げて、震える声で尋ねる。

 マモンは無言で頷いた。


「魔王が次々と殺されている事か」


 近頃、魔王が殺される、もしくは倒されるケースが多発している。それはどうやら魔王殺しの勇者達、つまりタカシ達とは無関係の場所でも起こっているらしい。

 目撃情報も多々寄せられており、その犯人が魔王であるだとか、黒いマントを羽織った男であるだとか、様々な情報が飛び交っている。


 その情報がさらに、『大魔王』という魔王の頂点を目指す魔王の耳にも入り、他の魔王に勝負を仕掛ける者まで出てくる始末。

 魔王界は混乱に陥っていた。


「社長の身に危険が迫る可能性だって十二分にあるのです!もしものことがあったらどうするおつもりですか!社長は危機感というものが……」

「分かっている!できる限り、社員の、我が社を必要としてくれている人々の為にも、自身の身を守るべきことくらい……だが、それでも完璧などありはしない!」

「だったらなんであんな奴に殴らせようと……」

「困っているからだ」


 マモンの切り捨てるような返答に、エーデルはぐっと唇を噛んだ。彼女は知っていた。マモンという魔王が、どういう者であるのかを。だからその答えは容易に想像出来たはずだった。しかし、怯まされた。


「それにもしものことがあっても心配するな。既に、私の後継のことは考えてある。私の身に何かが起こっても、迅速に引継ぎは行われるだろう。だからお前は何も心配しなくていい」


 マモンはエーデルに背を向け、仕事に戻る。その後ろ姿を見て、エーデルは唇に血が滲むほどに強く歯を立て、辛く、悲しい表情を浮かべる。


「分かってません……マモン様は……何一つ……!」


 そして、エーデルはその手に連絡用の通信魔法を展開させる。


「…………私です。…………ええ、抜かりの無いよう……」


 その瞳には深く暗い冷たい感情だけが宿っていた。







   ----




 魔王マモンの朝は早い。


 彼は自身の邸宅をまだ日が昇らぬ内に出る。何やら奇妙なケースを抱えたマモンが、その時間に出てきた事に、邸宅の外側で隠れていたアリア、むくちゃんの二人は少し驚いていた。


「……随分と早い出発むきゅね。ミリーの奴はどうしたむきゅ?」

「私、後をつけときますね。ミリーちゃんを待ってたら見失っちゃいますので」

「ああ、頼むむきゅ。無理はするなむきゅ」


 アリアがマモンの後を追う。

 三人は魔王マモンの動向を探っていた。

 魔王マモンの自宅は直ぐに掴めた。そこで、彼が帰宅する前から家の周囲に張り込み、昨日の晩から様子を探っているのである。


 マモン帰宅から今の時間にかけて、まずは壁抜けと不可視という偵察に便利なスキルを持つミリーが邸内のマモンの様子を探っていた。

 マモンの出発から少し遅れて、ミリーが邸内から戻ってくる。


「どうだったむきゅ?」


 むくちゃんの早速の問いかけ。それにミリーは複雑な表情で答える。


『深夜帰りで家の中でもずっと仕事をしてたよ。仮眠は取ってたけど、一時間も寝てないかな。……特に変な動きはなかったと思う』

「そうか……むきゅ」


 報告を終えたミリーは妙にふらふらと空中を漂っていた。報告の口調もいつものおちゃらけた感じは一切なく、妙にまともである。目をしぱしぱさせて、今にも目を閉じてしまいそうな様子である。

 

『もう私疲れたー……寝てもいい?』

「いや、ここで寝られても困るんだがむきゅ」

『Zzz…………』

「おい!いきなり寝るなむきゅ!……ああ、どうせ誰にも見えないし置いといていいかむきゅ!」


 一晩の偵察を終えて、睡魔が限界まで達している早寝のミリーはそのまま地面に墜落した。毎日9時寝の彼女には、徹夜はきつかったようだ。


 そんなミリーを放置して、むくちゃんはマモンと、それを追っていったアリアの後を追う。









   ----




 マモンは担いでいた荷物を、とある場所に置いていった。その様子を見て、アリアが足を止める。


「……孤児院?」


 ウリムの街の一角、そこは孤児院。その前にマモンが置いていった荷物。それを見て、アリアはむぅと口をへの字に曲げた。


「……善人のテンプレですね」


 大体想像のつく展開に、アリアは悩む。

 荷物を見張るか、マモンを追うか。

 ミリーを待つむくちゃんはまだ追いかけてこない。一応、今回の偵察は、むくちゃん主導で行われている。故に、勝手に動くのもどうかと思いながら、アリアは孤児院の塀に寄りかかる。


「少し、待ちましょうか」


 マモンの行く先が分からなくなるかもとは思ったが、多分会社に向かうのだろうとタカを括り、アリアは置かれた荷物を見張り、むくちゃんを待つ。


 まぁ、爆弾とかな訳はないでしょうし、おそらくは……


 大体、求めている答えを理解しつつも、アリアはどうにも優れない体調を気にしながら、深く息を吐く。




「何かあったかむきゅ?」


 しかし、直ぐ様文字通り飛んできたむくちゃんを見て、アリアはふふんと得意げな顔をして、孤児院の前の荷物を指さした。


「ほら。あの荷物を孤児院の前に置いていきましたよ!」

「そうかむきゅ……で、マモンは?」

「あ、荷物ばっかり見てました」

「…………まぁ、仕方ないかむきゅ。それより荷物の中身が気になるところ……でも、それを開ける訳にはいかないしむきゅ」

「じゃあ、私がこの孤児院をしばらく見ておきますよ。多分、ここの人が開けるでしょうから、中身が何か確認しておきますね」

「……じゃあ、俺はマモンを探してみるむきゅ」

「探偵って、格好いいと思いましたけど……地味な仕事ですねぇ~」


 アリアの口走った冗談をさらりと受け流して、むくちゃんはふわりと空を飛んでいく。むくちゃんが声が聞こえない程度に離れたのを確認して、アリアは再び壁に寄りかかり、ふぅと溜め息をついた。


「…………どうしちゃったんでしょう、私」


 眠くはない。むしろ、眠れない。ここ数日の奇妙な感覚に疑問を抱きながら、アリアは孤児院の門を眺める。


「…………荷物は、玩具と、お金、あとは…………服?」


 指で額を作り、その中にマモンの置いた荷物を捉え、ぼそりと呟く。

 そして、アリアは眉をひそめる。


「……なんて。何言ってるんですかね、私」


 自分でも理解できない感覚に、アリアは再び溜め息を漏らす。









   ----




 マモンは公園に居た。


 スーツ姿で大きな袋を背負い、広い公園の中をゴミ拾いをしながら練り歩く。袋の中身が大分満たされてきた頃、マモンはふとベンチに腰掛ける少女に気付く。

 まだ日は昇っていない。そんな中、一人ベンチでこくりこくりとしている少女にマモンは歩み寄り声を掛けた。


「……君は確か、あの勇者の仲間の……林檎ジュースの子だね?」

「…………私の名前、バアルゼブブ。…………ゼブブで、いいよ」

「バアル…………」

「お察しの通りの…………『元』魔王」


 マモンは少し目を大きく開いたが、眠たげに見上げるゼブブに軽く微笑みかけると、カランと背負ったゴミ袋を降ろした。


「少し、隣いいかい?」

「…………うん。…………来ると思って待ってたし」









 ゼブブの隣に腰掛けたマモンは、ふぅと息を吐いた。そして、ぐっと背筋を伸ばすと、深くベンチに腰を落とし、肩の力をぐっと抜く。


「…………暗い内から何してたの?」

「公園のゴミ拾いだよ。それと、ついでに見回り、ってところかな?」


 見ての通りだった。


「どうしてそんなことしてるの?」

「したいからさ」


 マモンの簡単な返答に、ゼブブは別段表情の変化を見せなかった。その様子を見て、マモンは顔をのぞき込むようにして尋ねる。


「もしかして眠いかな?」

「眠くない…………子供じゃないから」


 眠たげな目で、ゼブブは首を振る。明らかな強がりである。うつらうつらとしながらも、ゼブブは口を開いた。


「…………あなたはいい魔王?…………それとも悪い魔王?」

「……それは人が決める事。私が言える事じゃないよ」


 ゼブブの分かりやすい直球な質問に、マモンは暗い空を見上げながら呟いた。その言葉に、ゼブブは特に反論もせず、フォローもせずに、同じように暗い空を見上げる。




「まぁ………………強いて言うなら、悪い魔王かな?」


 自嘲気味に笑うマモン。

 その手をぐっと空に伸ばし、何かを掴むかのようにぐっと握り込んだ。


「………………とてもそうは見えないけど」

「だったら此処で、悪いことをしようか?」




 ゼブブの言葉。それから大した間もなかった。

 その言葉と同時に、上を見上げるゼブブの首に、マモンの手が当てられる。ぐっとその手はゼブブの首に巻き付き、徐々に指はその細い首にめり込んでいく。

 何時の間にか、ベンチから立ち上がったマモンは、その目を怪しく輝かせながら、赤い髪から黄色い角を覗かせる。


「…………今は嗅ぎ回ってるお仲間も居ないようだし。遠慮なく動かせてもらうよ」




 ゼブブは視線をマモンに落とし、マモンの目と自身の目を合わせる。


 ぐっと首に力を込められる。ゼブブはそれに大した抵抗を見せなかった。ただ、じっとマモンの目を見つめ、無言の内に何かを語る。




 マモンはそれに冷たい視線で返事をし、その手に魔力を流し込んだ。




「…………悪いね」









   ----




 黒い影が動いていた。


 ひっそりと息を潜めて、その平和な街並みに溶け込んでいた。


 キリキリ、キリキリと音を立てて、黒い影は目を見開いた。


 ぎらりと銀色が光る。


 街には嫌な空気が漂い始めていた。









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