精霊リベル
今回は短め。
「姉御~、その娘とは知り合いなんですかい?」
ぞわぞわっ!とリベルの肩に沸き上がる白い影。なにやら小さな何かの集合体らしきそれは相当に気持ち悪いものに見えるが、リベルは別段気にする様子もない。
「少し語弊がある。知り『合い』じゃなく知っているんだよ一方的に。いや、向こうが知らないという訳でもなく、『忘れてる』ってだけで……」
「要は姉御の『能力』で記憶飛ばしちゃったってことでしょ?」
「そうそう。あ~~~怖い顔で睨まないでゼブブちゃん。敵じゃないから敵じゃないから。ほら、記憶飛ばしたなんて言われて警戒しない訳がないんだからさ、お前いい加減にしろマゴット」
「えええええ?結構あっしが来る前から警戒してたじゃないですか!人のせいにしないでくださいよ~!」
「人?蛆虫の間違いだろうが」
「あ、姉御……もっと罵ってくだせえ!」
ゼブブは目の前の怪しい一人と怪しい物質のやり取り見て、ある結論に至る。
(…………馬鹿っぽい)
「それはひどいよゼブブちゃ~ん!」
「…………心読まないで」
「ごめんごめん~!だからそんな冷たい目で見ないでよ~!ほらほら、お詫びの印にお菓子をあげよう!ここに座りなよほらほら!」
「…………」
セブブは素直にソファに腰を降ろした。
「うん。相変わらず素直ないい子だね♪」
「……お菓子」
「ああ、ちょっと待ってよ。まずは軽く話をして……ああ!膨れないで!すぐ終わるからね!」
膨れるゼブブを宥めるように、リベルは慌てて、話を始める。
「いやね?ゼブブちゃんには『解放の試練』、いらないんじゃない?って話をしたいんだよね」
「いらない……?」
不思議そうに首を傾げるゼブブを、リベルはニコニコしながら眺めている。
「いやいやね?ゼブブちゃん、伸びしろはあるけど……それ、もう自分では理解してるでしょ?だって、『兄弟の能力』はもう殆ど貰っちゃってるよね?」
「…………あなたはどうしてそれを知ってるの?」
「……さぁ、なんでだろうね?」
わざとらしく誤魔化すリベル。ゼブブは自分のことを知るリベルに覚える奇妙な感覚を探るように思考を巡らせた。
記憶を消した。つまりは昔は知り合いだった?
兄弟の話を知っていることから、相当親しい間柄だったのでは、と予測する。
そして、その妙な馴れ馴れしさ……少しだけ姉であるバアルペオルを思い出す。……いや、あれほどではないかと首を振るゼブブ。
しかし、その線で間違いはないとの結論に至る。
「…………もしかして…………あなたもバアルの?」
「やだ感激!思い出してくれた?そうそう私!」
「……?」
「あ、それは思い出してない顔だ~!いや、まあ消しちゃったからね家を出るときに。覚えてないのが当然。覚えてたら逆に怖いよ。……ま、取り敢えず私のことはお姉ちゃん、って呼んで欲しいかな?」
当たり。
精霊リベルの正体、それはゼブブと同じバアルの名を冠する魔王。
「魔王とかもう面倒臭くてね~……家出したんだよね、ゼブブちゃんが実家にいた頃かな?そのときだったっけかな?覚えてられても困るんでちょちょいと家族全員の記憶を消させてもらったんだよね~。そして今は自分の性に合ってる精霊業を営んでるって訳ね」
魔王から精霊に転職……ある意味凄い経歴である。
「そして、こっちは魔王マゴット。結構便利な能力持ってるから、軽く捻って下僕にしたんだよね」
「いやぁ~姉御は強いですからねぇ。あの時は結構自分の実力に自信が有りましたが、世界の広さを知りましたよ~!」
ここまで聞いて、ゼブブが動き出すことはリベルも想定済みだったようだ。
マゴットは、何故この相手に、リベルが直接対峙することを選んだのかを理解する。
「…………兄弟全員の記憶を気付かれず消し、他の魔王が認めるほどの力」
「ん?どうしたんだいゼブブちゃん?顔が怖いよ?」
全てお見通し、そんな余裕の表情のリベルが、立ち上がったゼブブに応えるように腰を上げる。
「…………お姉ちゃんの力、私にちょうだい」
「欲張りだなぁゼブブちゃん。…………でも、お姉ちゃんと呼んでくれて私は満足だよ。よし、じゃあこうしよう」
精霊リベルは立ち上がり、ふわりとその体を浮かせる。
「『解放の試練』、セブブちゃんは私と遊んでもらおうかな?そして、『盗んで』みるといい。私の力、『無効』をね」
元魔王、現精霊……ゼブブの姉、リベル。
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それはとても懐かしい光景だった。
懐かしい顔、懐かしい人、懐かしい景色。
ああ、私は夢でも見ているのだろうか?
いや、夢に違いない。
だって、あの顔は、あの人は、あの景色は……
「とうの昔に灰塵と化した……だよね?」
背筋を這うような、女の、精霊リベルの声。気付けば懐かしい景色の中には見慣れない青髪青眼の女が立っていた。
「やぁ、どうも。初めましてだね。私が精霊リベル。今後ともよろしく、アリア=ミストフォロス?」
「……どうして私の名前を知って……!それにこの景色は……?」
アリアは明らかな動揺を見せた。その表情を楽しんでいるかのように、青髪の女、リベルは怪しく口元を歪める。
「いやぁ……君の過去に、君の才能に、ちょっと興味があってね。『試練』には無関係に見えるかもしれないが、根本で重要な部分なんでね?君にもきちんと思い出して欲しいんだよ」
その懐かしい景色のなかには、見覚えのあるもう一つの顔。
「わ……たし……?」
今とは違う装備に身を包み、懐かしい顔と笑い合うアリア。
頭に痛みが走る。
「やめて……」
「やめないよ。だって、見せなきゃ分からないよね?」
震えるアリアに優しく擦り寄り、耳元で小さくリベルは囁く。
「君は白魔術師に向いていない。それに気づかない限り、君に成長も解放もないんだよ?」
愛おしい映像。そこに割り込むように過ぎる冷たい視線。ほんの少し前までの、目を逸らし続けてきた失望の塊が蘇る。
「知らないフリはもうやめなよ」
「とっくに知って居るんだろう?」
「自分は向いていないって」
「誰も救えはしないって」
「それを認めれば君は」
「次こそは『あいつ』を倒せるかもしれない」
「君の力は」
「『救う』ためでなく」
「『砕く』ためにあるんだよ」
記憶の隅に押しやっていたあの影が、ずるりずるりと這い出してくる。
自信に満ちていたかつての自分。心強い仲間達。
それを一瞬で砕いていった、あいつ。
守れなかった。
だから、救えるモノになろうとした。
過去の映像の中、思い出したくもないおぞましい影が、再び蘇る。
「さぁ、見つめなおしてごらん。自分の進むべき道を」
金色の角に、黒くボロボロになった布、銀色の肌に浮かび上がる赤く生気を感じない不気味な瞳……
黒く、黒い、真っ黒な『あいつ』は、血で黒くなった不気味な鋭い爪をジャリジャリと引きずり、夢の中に現れた。
「『あいつ』ともう一度、対峙することで……」
魔王シカトリス、奴を倒しに訪れた灰色の城。そこで血の海に溺れるように、シカトリスを肉片に変えた『あいつ』は居た。
ゼブブとアリアは特別な試練?
精霊リベルの正体は?その興味と目的とは?
そしてアリアの過去とは?
次回、「背く者」に続く!
……ちょっとシリアス?




