暴れ馬に手綱を
修行篇スタート!
タカシが潜った扉の先には、椅子に腰掛ける女が居た。
揺り椅子らしきその椅子は、ゆらゆらと前後に揺れ、読書にふける。
青い髪を後ろで纏め、同じく青い瞳を落とす女は、落ち着いた雰囲気を感じさせる美女といえた。存在を主張しない白いワンピースを着た儚げな女。タカシは僅かに「おお」と声を漏らし、僅かに女に歩み寄る。
「あんたがリベルか?」
「……君にはそう見えるかい?」
扉の外で自分達を迎え入れたその声、タカシは相手が精霊リベルであることを確信する。
「声が一緒だしな。やっぱりあんたがリベルか」
タカシの確信に近い問いかけ、それを鼻で笑うように本を閉じると、リベルは揺り椅子により深く腰を埋めた。
「…………本当かな?君、頭に蛆でも沸いてるんじゃないの?」
「はぁ?」
リベルらしき女はクスクスと笑いながら、揺り椅子をゆらゆら揺らす。
「さて。それは兎も角、早速はじめようかな?君の『解放の試練』」
「いやいや!あんな暴言吐かれてスルーしろと!?」
「ああ、辛抱強さも大切さ」
リベルらしき女は「よっこいしょ」と椅子から腰を上げる。そして首をコキコキと鳴らし、指の骨を鳴らすと、両腕を構えてファイティングポーズを取った。ワンピースを着たおとなしそうな女が格闘技の選手のような構えを取る光景はなかなかにシュールである。
「来なよ」
「はい?」
いまいち状況が掴めないタカシに女は呆れ顔で溜め息を吐く。
「だから私と戦ってもらおう、って言ってるの。ああ、ちなみに君の力の使い道が分からないと……私は倒せないよ?」
「いや……俺、女を殴るとかは無理だわ」
「じゃあ…………これでどうだい?」
わさわさと集まる白と黒の何か。それをゾワゾワと女がその身に纏わせる光景に、タカシは僅かに身震いする。
「やっぱり君は頭に蛆が沸いてるよ。そんな不思議なモノを見るみたいな顔してさ」
ゾワゾワと黒と白の粒が女の体から引いていく。すると、そこに姿を顕したのは……
「自分の顔も忘れたのか?」
瓜二つ。
顔も、服装も、体つきも、全てが一緒。
「…………マジか」
そこに居たのはもう一人のタカシだった。
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「……まさか精霊の試練にお前が紛れ込んでいるとは……これは罠かむきゅ?マゴット」
「……いきなりバレちゃってるじゃないですかい、姉御ーっ!あ、罠って意味じゃないんですけどね?」
むくちゃんの目の前にいるワンピース姿の女は頭を抱えてじたばたと喚く。それを警戒の目で睨みながら、ふわふわと浮かぶ小動物は身構えた。
「罠じゃない?じゃあ、なんでお前はここにいるむきゅ?魔王が精霊の試練につきあっているとでもいうのかむきゅ?」
「おたくがどちら様か知りませんけども、あっしを知ってられるとは遣りづらい……まぁ、話せば長くなるんですけどね?そこは察して下さいよ~!おたくもただ単に鍛えに来ただけなんしょ?あっしを知ってるなら、『解放の試練』の意味、あっしがいる役割、分かりそうなもんですがねぇ?」
やたらと軽く話す魔王マゴット。その言葉の意味、主にマゴットが持つ特別な『能力』を思考し、むくちゃんは理解する。
「……確かに俺やタカシみたいなタイプには、ピッタリの『試練』かもなむきゅ。『解放』……才能の開花、ねぇ……納得むきゅ」
「…………なら話は早い!そうですね~…………おたくは見る限り……力は持ってる、けど使い方はわからない……典型的な銃をもった猿タイプ、ですねぇ」
「……まぁ、間違ってはないが言い方を考えろむきゅ」
マゴットは女の姿をぞわぞわと崩し始める。それは女などではなく、無数の薄気味悪い色の集合体。
それは形を作り替え、巨大な黒い山のような姿へと変貌する!
「…………色は黒いが……リヴァイアサンの物真似ってところかむきゅ?」
「その通り!…………って事は、おたくなら何をすればいいかわかりますよね?」
「今まで通りのゴリ押しの物理一辺倒じゃあ……駄目ということむきゅね」
黒い山はズリズリと動きながら、ぎょろりとむくちゃんの小さな体を見下ろした。
「正解!…………じゃ、本気で潰しにかかるんで……命懸けのピンチから、光明見つけてやっちゃってくだせえ!」
巨大な体がふわりと浮かび上がる。その巨躯からは想像できないほどの跳躍力。山が空から降ってくる圧迫感。
逃げるのも全力でないと無意味。反撃し、押し返そうにも相当な力を要する超重量の体。物理攻撃は一切受け付けない反則級の防御力。
迷っている暇もない……
むくちゃんは迷わずに自らの力の一部を開放する。それにより黒く変色する白い体。その溢れ出る力を全て、一旦回避に回す!
ズズゥゥゥゥゥンッ!!
強化状態の加速でようやく避け切れる攻撃範囲。流石は最大級の魔王、リヴァイアサンの姿を摸しているだけある。むくちゃんは感心しつつ、その厄介さに歯噛みする。
「…………どうしました?その力、うまく扱わないとのし餅になっちまいますよ?」
「のし餅言うなむきゅ!」
言いつつむくちゃんは、自らの内に眠る力を手当たりしだいに掻き回す!
その力の有効な使い方を探るように……
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自分同士が殴り合ったらどうなるか?
答えは互角。
タカシは目の前の自分と、全く互角の戦いを繰り広げる。
「ちっくしょ!キリがねぇ!」
改めて自分の頑丈さに歯噛みするタカシ。数十回に渡るクロスカウンター同士討ち。それでもその強力な打撃に耐える自分ともう一人の自分。まるで決着がつく気がしない歯がゆさを感じると同時に、抱く一つの疑問。
なぜ、こいつは俺と同等の力なんだ?
タカシは上位の世界からやってきた召喚獣。故にその体の強度、力、スピード、あらゆるステータスにおいて、この下位世界の相手のステータスを上回っている筈だった。しかし、なぜか目の前のもう一人の自分は、下位世界の何かであるはずの自分は、全く自分と同等の力をもって渡り合っている。
(ドッペルゲンガーのような変身能力じゃない?力までコピーする?馬鹿な……!)
必死で思考を働かせるタカシに、もう一人のタカシは呆れ顔で首を振る。
「いやいや。無い頭働かせても無駄だって。……ってか、無駄なのに向かってきすぎだろ!ちょっとは考えろや!」
自分に無い頭とか言われた。しかも怒られた。……軽く傷つくタカシ。
「……やっぱり、頭に蛆でも沸いてんじゃねぇの?」
「だからそれ止めろ!」
タカシの苛立ちの声に対し、しかしもう一人のタカシは至って真面目な表情で言う。
「…………いやいや、まだ気付いてなかったりする?」
ぞわりとタカシの背筋に走る悪寒。もう一人のタカシは頭にとんと指を当てて、にやりと不気味に微笑む。
「おたく、沸いてるよ。頭の中に蛆が」
「マゴット……?」
一瞬の隙、もう一人のタカシの言葉に惑わされたタカシの隙を突くように、突き刺さる一撃。強烈な右ストレート。
それを受けたタカシは勢い良く吹っ飛ばされた。
「残念ながら既におたくの頭の中身は『支配した』。それがあっし、『蝕みの魔王』マゴットにのみ許された能力……!その名も『発狂』!」
壁に叩きつけられ、僅かに顔を歪めつつも立ち上がるタカシに、もう一人のタカシ、マゴットは腕を広げて語る。
「あっしは相手の頭の中に干渉して……相手に狂気と妄想を齎す!今、おたくは幻覚を見てるんだよ?」
「幻覚……?」
「そう!つまりおたくは妄想の自分と戦ってるってわけだ!おたくのイメージの自分と戦ってるのだから、同等の力を持っていて当然だろう?」
自分のイメージする自分。故にそれは自分の知る自分そのもの。つまり超えることもできなければ、劣ることもない、そのままの自分。
ならばどうやって攻略すればいいというのか?
「…………もう、分かっただろう?おたくに課せられた『試練』」
「え?何?」
本気で分からないタカシ。マゴットはタカシの頭の中を見透かすように、すごく残念そうな顔をして、頭を抱えた。
「……おたく、やっぱり頭に蛆沸いてるわ」
「やめろって!俺がバカみたいじゃないか!」
「バカだろうに!」
マゴットは丁寧に解説する。
「だから!今のあっしはおたくがイメージする鏡像なの!だから、自分のイメージする自分を超えてみろ、ってこと!」
「つまり新必殺技を編み出せ、と?」
「違う!だから、自分のイメージの範囲内にある力の使い方しかおたくはしてないでしょ!?だから、イメージの外側、新しいイメージをもって力を行使してみろっていってんの!」
「つまり新必殺技を編み出せ、と?」
「オウムかお前は!」
マゴットが本気でイライラしだす。そして諦めたようにファイティングポーズをとって見せる。
「じゃあもうそれでいいよ!追い込まれた状況から、逆転の発想を導いてみろ!こっちは勿論、殺す気で行くぞ!」
「…………そういえばお前、魔王って言わなかったか?」
「今更かよ!」
マゴットは顔真っ赤で怒鳴る。それに対してにやりと笑うタカシは、よく分からないが元のファイティングポーズではなく、なんかよく分からない自分流の格好いい(つもり)のポーズを取る!
「ならお前はぶっ飛ばす!」
「ダサッ!死んでも真似したくねぇ!…………ああああああ!もう面倒臭ぇ!とっとと始めるぞこの腐れ脳味噌野郎!」
「酷え!そこまで言うことないだろう!?」
「ちょっともう黙れ!お前、マジでぶち殺したくなってきた!」
自分自身と戦い、タカシは何を見出すか?
『解放の試練』にて、力を持ちすぎる者が、自らの力の使い道を見定める。
異常なまでの力を持つタカシとむくちゃんの修行。ちなみに暴れ馬=タカシ&むくちゃん。二人は己の力の利用法を見出せるのか?
次回はレイとミリーの『解放の試練』。二人は一体何をする?
次回、「小さいことからコツコツと」。
修行篇は二人ずつ話が進む予定。
マゴットは何気に結構ヤバイ能力の持ち主。でもそれに姉御と呼ばれるリベルはもっとヤバイ人?