玉座を狙う者(サタンチルドレン)
早くもパイモン篇完結!
大魔王サタン様は生きている。否、サタン様は蘇る。
いや……千年前の『ヤツ』は、サタン様ですらなかった。
アレはいわば『芽』。『花』開かなければ、それは真のサタン様とは呼べはしない。
より優れた花を咲かせるには、より多くの種から選び抜くのが一番。
『種』は蒔いた。あとはただ一つ、咲き誇る『花』を待ち続けるのみ。
その時こそ、我が主……大魔王サタンは真に現世に降臨する。
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魔王パイモンは倒れた!
「…………終わった」
その場にいる全員が、絶望に染まる表情でへたり込む。
「パイモン様………貴方の勇姿、忘れませんわ……!」
「頑張ったっす……滅茶苦茶頑張ったっす……!」
バケツに入ったスライムみたいなケーキは耐えた。ウニにしか見えない飴にも耐えた。紫色のカチカチプリンにも耐えた。
しかし、パイモンは次の謎のオリジナル創作お菓子で虚しく地面に崩れ落ちた。
「ようやく……感動してくれましたね。私もここまで沢山食べてもらえると、幸せです!」
満足げに微笑むアリアの笑顔はまるで天使のようだった。やってることは悪魔だが。
「…………で、皆さん何処に行くつもりですか?」
ギクッ!
ゆっくりと逃げようとしていた者達がぞわりとその身を震わせる。
「私達のパーティーは…………これからですよ?」
壮絶な断末魔が青空の下で木霊した。
感動を、求めただけで、殺された、二度といらない、悪魔のお菓子
パイモン、辞世の一句。
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「…………ふぅ(安堵)」
アリアがその場から離れたことを確認したパイモンは、ゆっくりと起き上がる。
死屍累々の凄惨な光景を見渡し、空の器の山を確認すると冷や汗をぐいと拭った。
「……おっかね」
思わず本音が漏れる。
「お前死んだフリしてたのか。正解だったな」
突然降りかかる声にパイモンはびくりと体を震わせる。しかし、声の主が早くから戦線離脱していた男だと分かると、ふぅと胸を撫で下ろす。
「アリアちゃんなら全員が倒れたから残ったお菓子を処理してからどっかいったぞ」
「処理…………捨てたのか、勿体無い(呆)」
「いや、全部自分で食べてた」
「化け物かあの女!?」
「ああ、極度の味オンチなのかもしれない……だから余計にタチが悪い。寝たフリしててよかった」
泣きながら横たわる周囲の死体(?)を見渡して、タカシとパイモンは深く息を吐く。
「…………お前、死んだふりしてただけなんだよな?」
「…………ああ」
「なら、お前はまだ倒されてない……違うか?」
パイモンはとっくに何かを察しているように、じろりとタカシに視線を送る。
「…………人間文化の一つとして、『情報』というモノを重んじる風潮があるらしい。(マル)思うがままに暴れまわった魔族は、人間達が時を費やし溜め込んだ情報の前に、多くが無力と化したらしい。(マル)」
「へぇ、初耳だ」
「…………だから私も『情報』を重んじる。(マル)」
「知ってるってか。(マル)俺のこと」
小馬鹿にしたように笑うタカシ。対するパイモンはぐにゃりとその口を曲げると、その手を突き出しなにやら奇妙な言語を口にする。
「むにゃむにゃ何言ってんだ?」
「…………『硝子塔』」
瞬時に気配を察知し、飛び退くタカシ!そこに突き出るのはガラスの塔。細い帯のようなガラスが複雑に絡み合うように螺旋をつくる、美しくも脆く見える槍の如き塔。
「…………一撃目、少し堪えた、珍しく、我が鉄壁を、軋ませるとは」
「やる気ってことかよ……!」
タカシは横たわる仲間達から距離を取る。仲間を巻き込まぬよう、そんな意志に応えるように、パイモンもゆっくりと腰を上げ、道から離れた草原に立つ。
「…………なんで下らない話で戦闘を避けた?」
「初撃で分かった。(マル)あいつらでは荷が重い。(マル)……放って置けば、あいつらは勝てぬ相手にも飛びかかる。(マル)」
「へぇ、部下思いなんだな?」
「下の者、思いやれずに、何が王。(マル)私は人間文化を敬愛している。(マル)故に『思いやり』は忘れない。(マル)」
パイモンがマントを翻し、その銀色の角をメキメキと伸ばす。
「……お前はいい奴か?なら戦わなくてもいいんじゃないか?」
「……私は人間文化を敬愛している。(マル)故に『向上心』は忘れない。(マル)……大魔王を目指す者として、敗走は許されぬ!」
手をかざし、パイモンが口を開く。
「『詠唱短縮』」
しかし、何も起こらない。
「……なんのつもりだ?そっちから来ないならこっちから……」
タカシがじりりと動き出そうとしたその瞬間、パイモンは素早くパン!と手を打ち鳴らす!それはまるで合掌。突然の動きにタカシはぐっと身構えた。
「『菩薩合掌』」
そして、それが完全に裏目に出る。前からの攻撃を警戒したタカシは横からの突然の衝撃に声を漏らす。
「うお!?」
「成程な、異常なまでの、防御力、しかし少しは、堪えただろう?」
タカシを押しつぶすように左右から黄金に輝く巨大な掌!神々しい光を放つそれを腕を縮こまらせるようにして受け止めたタカシは、僅かながら強力な圧力に顔をしかめる。
「効くかバーカ!」
黄金の掌をグンと腕を広げて押し戻すタカシ。しかし、その一動作の間にパイモンの追撃が続く!
「『菩薩合掌』」
黄金の掌が再び戻ってくる。しかし、来ることが分かっていればどうということはない。タカシは腕を伸ばし、それを楽々と受け止めた。
「『極光線』」
しかし腕を広げた隙に、パイモンが合わせた掌の隙間から放つのは色鮮やかに光るオーロラの光線。腕を広げ、隙だらけのタカシにその光線は直撃する。
「ぐっ……面倒臭え!」
「どうだ?『詠唱短縮』は魔法の呪文詠唱を一定の単語に集約する高等魔法。(マル)これにより繰り出す私の魔法速度は芸術の域に達する。(マル)」
「姑息な技だな……男ならデンと構えてろってんだい!」
パイモンは鼻で笑う。
「姑息?結構。(マル)しかし、これは人間が我ら魔族の力を真似ようと編み出した技術。(マル)人間は魔族の能力を魔法により具現化したのだ。(マル)」
合掌をパイモンが解くと、タカシが受け止める黄金の掌も消失する。パイモンは解除した掌を次は地面へ向ける。
「『硝子塔』」
それと同時に地面から飛び出す無数のガラスの塔。鋭い槍のような地面からの連撃を躱し、時には直撃前に砕き、タカシはなんとか無力化する。
「しかしその身の丈に合わぬ姑息な『努力』が、今では我ら魔族をも脅かす力となっている。(マル)それをお前は姑息と罵り見下げ果てるか?」
地面からの連撃。それに気を取られると黄金の掌が左右から迫る。それを下手にガードすれば前方からも攻撃が。四方八方変幻自在の攻撃に、タカシは手間取る。
「面倒臭え!強行突破だ!」
「私は魔王。(マル)しかし、人間を評価する。(マル)奴等は姑息で小さな存在。(マル)しかし、それでも我らに牙を剥く。(マル)そして時に乗り越える。(マル)」
黄金の掌を押しのけ、ガラスの塔の追撃に追いつかれない速度でパイモンに迫る。目の前からの極光の攻撃を腕で弾きながら、三つの魔法を巧みに操るパイモンの懐に飛び込むタカシ!
そのままの勢いで振りかぶった拳は、確かに最初のようにパイモンの顔面を捉えた!
バキィッ!!
「…………!?」
しかし、その拳は最初と同じくパイモンの表情を変えさせる事ができない。それどころか、今度はパイモンを動かすことすらできなかった。
「恵まれた、力に任せ、駆け回る、そんなお前は、果たして『人』か?」
パイモンの顔面に拳を当てたまま、驚愕し硬直するタカシの周囲に無数の光の球。
「来ると分かれば効かない……それは天才魔王たる私も同じ事。(マル)……お返しだ。(マル)」
「『星之抱擁』」
パイモンの号令で、無数の光球がゆらりと動き出そうとした……其の時。
ミシィッ!!
パイモンの後頭部に叩きつけられる杖!
「やらせません……!」
「アリアちゃん!?」
険しい表情で、パイモンに不意打ちを仕掛けたのはアリア。その剛力で叩きつけられた重量級の杖を受けてもなお、パイモンは堪えた様子を見せずに首を回してちらりと後ろを振り向く。
「…………まぁ、いいだろう。(マル)今日は此処でお開きとしよう。(マル)」
パイモンは掌をぱっと広げ、すぐにぐっと握り込む。すると周囲に浮遊していた光の球はたちまち消え去り、周囲は再びしんと静まり返った。
パイモンは顔に添えられた手をすっと手でどかし、タカシを敵意のない目で睨む。
「我が力、少しくらいは、分かったろ、敵の振り見て、我が振り直せ……パイモン、愚者に贈る褒美の一句。(マル)」
パイモンはそのままタカシとアリアに背を向けて、伸びて横たわる二人の部下を両の腕で楽々と担ぎ上げる。そして、最後に顔も見ずに言葉を発する。
「……そこの娘の菓子の褒美だ。お前にアドバイスをくれてやる。あるがままの力を振るうだけならば、お前は魔族と何ら変わりはしない。それでは人間の知恵に、討ち滅ぼされるぞ?」
パイモンの足元から不気味なオブジェが顔を出す。まるで無数の魔物を寄せ集めたような不気味なそれは、竜の翼を羽ばたかせ始める。
「私は人間の知恵を借りた。つまりはお前を討ち滅ぼせる。しかし今日は見逃そう。そこの娘に免じてな。……力に溺れず、精進することだ。弱者を知らずして、強者を語ることなど出来ぬ。それがお前が何より先に目指す境地」
パイモンを乗せたオブジェが浮かび始める。去りゆくパイモンタカシは叫ぶ。
「おい!お前なんなんだ!?俺に助言みたいな真似をして……目的は何だ!?」
部下二人をオブジェに降ろし、パイモンはにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「お前に魔王に成られちゃ困る。(マル)せめて人間でいろ。(マル)…………私の大魔王への道が遠のくのでな。(マル)」
魔王パイモン。掴みどころのない奇妙な魔王は、タカシ達に討たれることなく去っていく。
「私は天才魔王パイモン。(マル)人間と同じ『弱き者』。(マル)そして人間と同じ『強き者』。(マル)…………そして、その力により大魔王を目指す者……『サタンチルドレン』」
見上げるタカシ達に最後は目もくれず、『サタンチルドレン』という謎の言葉を残し、パイモンを乗せたオブジェは彼と共に姿を消した。
「…………なんなんだよ、アイツは……!」
タカシは初めて、魔王に対して手も足も出ないもどかしい経験を残すこととなる。
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「パイモン様。どういうおつもりですの?」
「……起きていたか。(マル)」
空飛ぶ魔物のオブジェ、『キメラ』の上で、むくりと体を起こしたロゼッタは不満げにパイモンを見つめる。
「敵に塩を贈って……しかも、あいつは危険因子!油断していたら足元を救われますわ!」
「油断などしない。(マル)人間文化をこよなく愛するこの私、警戒を解く真似など一切しない。(マル)」
「なら何故!?」
パイモンは何を考えているのか全くわからない表情のまま、ふんと鼻で笑う。
「利用できるものは利用する……それも人間の知恵。(マル)あいつを動かせば、魔王潰しは大分楽になる。(マル)その為にはあいつには今のままで居てもらっては困る。(マル)」
「…………わかりましたわ。納得はいきませんけど、パイモン様には深い考えがお有りなのでしょう。……わざわざあんなところで噂の魔王殺しを待ったり、あんな茶番に付き合ったのにも、それなりの理由があると思わせていただきますわ」
「それでいい、理解の早さ、ステータス、出世街道、まっしぐらなり…………それでこそ我が右腕。(マル)」
パイモンの遠まわしな賞賛に、わずかに頬を赤らめるロゼッタは、しかし少し不満げに尋ねる。
「しかし、本当に役に立つのですか?パイモン様に手も足も出ないような奴が……」
その質問にパイモンはすぐには答えない。かわりにパイモンは額に手を当てた。
「……そ、それは……!?」
するとパキリと折れて落ちる一本の銀色の角。
「我が『魔鎧』を破る普通のパンチ…………恐るべきかな。(マル)奴が『人の知恵』を取り入れたとき…………果たしてどれくらいの魔王が震えることやら(期待)」
「し、しかしそれは……!パイモン様の身にまで危険が!」
ロゼッタは主を想っての言葉を紡いだが、それをすぐに後悔した。続く主の言葉を聞いて。
「貴様には、我が負けると、思えるか?我は天才、パイモンなるぞ。(マル)…………パイモン、心の一句」
最も敬愛すべき、畏怖すべき主。大魔王となるべき主。その主の奇妙な大きさを改めて再確認しつつ、ロゼッタは深々と頭を垂れる。
この方を、少しでも疑った私が愚かでしたわ……
魔王パイモン。『天才』と呼ばれる魔王は芸術的に動き出す。
「……ロゼッタ」
「はい、なんでしょう?」
「…………バケツくれ、なんだかとても、吐きそうだ」
「やっぱり無理してらっしゃったんですか!?あー!バケツバケツ!まだ吐かないでくださいよ!?」
「…………あれ食べた、後に運動、キツすぎる……!ウオッ……!」
「ああああもう!喋らないでくださいまし!もう、ゼット!いつまで寝てるんですの!?」
…………強敵なんだか、珍敵なんだか……タカシ達に新しい面倒な敵が追加される。
パイモン篇、あっさり完結!
意外と強敵な魔王パイモン。実はちょっと物語のキーを握る魔王様?やたらと人間にこだわる奇妙な魔王です。
クロード「ライバルみたいな真似しやがって……!」
パイモン「そういえば、お前は何も、してないな、ライバルらしい、行動なんて」
どちらかと言うとパイモンの方がクロードさんよりタカシのライバル的ポジションに?いや、クロードさんは全くライバルじゃないただボコボコにされただけの人ですがw
ここは繋ぎの回、ここをキッカケに物語が転換する?
大魔王やらなんやらと、伏線をやたらと建設しつつ……回収予定はずいぶん先に?w
次回、ちらちら名前の出ていた魔王マモン篇…………の前にワンクッション。ちょっとした寄り道修行篇!