夢の国は此処までですよ
急展開回。
「……あれ?ミリーとむくちゃんは何処?」
チョコレートをごくりと飲み込み、ふとゼブブがぐるっと周囲を見回した。
「いいよゼブブちゃん。あいつら勝手に遊んでるだけだろうから」
タカシが放っておいてもいいよ、と煎餅バリバリ。
「ん?どうしたノー?お仲間とハグレてたかナー?お菓子に夢中で今まで気付かなかったノー?ゼブブちゃんらしいヨー!」
「……うるさい。それじゃ私がお菓子にしか目がない馬鹿みたい」
「え……違うノー?会談の時からボクの事を食料のように見てたのニー?」
「うるさい。…………心配だから捜してくる」
パンプディングにからかわれて、ムスッと口を尖らせてゼブブが立ち上がる。
「なんならボクの配下に捜させるヨー?数なら居るしすぐ見つかるヨー?」
パンプディングの申し出にゼブブは首を横に振る。決してイジケての態度ではない。
「大丈夫。二人の魔力の『色』なら覚えた。一発で見つけられる」
「『色』……?」
「……私は一度見て覚えた魔力の位置を追えるから」
「ゼブブちゃんすげー!じゃあ俺もついて……」
「いい」
ゼブブは素っ気なく拒否する。そしてそのままふわりと駆け出した。
バタリと扉を閉じ、ゼブブが部屋から居なくなる。
「……あれ?ゼブブちゃん怒ってた?」
「さあ。そうですか?」
「それは怒りますよ~!」
飴をバリバリ食っているアリアが全く、と呆れ顔。タカシからしたら飴をバリバリ食うなよ舐めろよと呆れ顔なのだが、ぐっと堪えて我慢する。
「仲間が迷子なのに放っておいていいなんて……酷いと思います!きっとゼブブちゃんはタカシさんに失望したんですよ!」
「ガーン!」
タカシ、ショック!顔面蒼白である。
「そういうアリアだって探す気なかったろ?」
「え?だって……」
「……ちょっとトイレいってくる」
タカシがとぼとぼと席を立ち、扉に向かう。
「あ、トイレは扉を出てしばらく真っ直ぐ、階段降りて右手に真っ直ぐ進んだ先にあるヨー!」
「……分かった」
バタン!
タカシは悲しげな様子で行ってしまった。
アリアはその様子を見送ってから、続けて口を開く。
「捜すも何も……ミリーちゃんはタカシさんから離れられないんだから、勝手に自然に戻ってくるんじゃないですか?」
「それをゼブブが出て行く前に言えよ!」
レイ、突っ込む!
「だって飴噛んでたんですもん」
「……」
レイも流石に疲れた様子でふうと溜め息。
「……全く。元はと言えばあいつが原因なんだが。ミリーの奴、何をしているのやら……」
しかしレイは席を立たない。
唯一冷静で、『ゼブブに心を許したつもりなど毛頭ない』彼だけは、余計な経験を頭から省き、目の前の魔王の歓迎を素直に受け取っては居なかった。
レイはじっと見ていたのだ。目の前の『微動だにしない』怪しい魔王の様子を、じっくりと見張るように……
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お菓子の国のパンフレット。そこには工場見学の案内もある。
第一工場から第三工場まで、三つのお菓子工場がマップには記載されている。
しかしこの地下にある『第零工場』なんてものは、名前すら載っていないのだ。
『……なにこれ』
ミリーは途中で見た不気味な薬工場や、重々しい空気を漂わせる武器工場を見たときよりも、より色濃い恐怖を浮かべた表情で呟いた。
そこは牢屋。むくちゃんが無理矢理こじ開けた先には、無骨な牢屋があったのだ。
石の冷たい空間、重々しい鉄格子の向こうには、鎖で繋がれた人間、魔族、動物……
虚ろな目でぶつぶつと呟く男、震えながらうずくまる女子供、角など体の一部分を失った魔族……それが明らかな異常であることは確実だった。
「……パンプディング、食えない奴だとは思っていたが……まさか、此処までとはな……むきゅ」
『これは……パンプディングがしてるの?悪い魔王じゃないんじゃないの……?』
「……まだ分からない。……だが少なくとも……この国自体はクロのようだなむきゅ」
むくちゃんが牢屋を覗き込みながら呟く。ミリーは怒りを秘めたその声を聞きながら、相変わらず可愛くないなぁ、と思った。
「此処で何をしているの?」
突然背後から響いた声にミリーはびくりと肩を弾ませる。一方むくちゃんは焦りも見せずにゆっくりと振り向いた。
「……ゼブブ?どうして此処にむきゅ?」
「それはこっちの台詞」
そこに居たのは、険しい表情を浮かべたゼブブ。
「……迷子みたいだったから迎えに来た。……此処は?」
「宜しくない場所……むきゅ」
「……」
ゼブブは複雑な表情を浮かべ、牢屋の前に立つ。そして痛々しい牢屋の住人を前に、目を伏せ呟いた。
「…………どうして?」
悲痛な声。それが何を意味しているのかは、ミリーとむくちゃんには分からない。ただ、事態だけが無慈悲に動き出す。
「バアルゼブブ様……残念ですよ。まさか貴女がこの場所を見つけてしまうなんて」
ゆらりと現れる仮面の男三人。その手に持つ二本のナイフが、彼等が敵であることを語る。
「此処を知った以上、貴女を生かして帰す訳にはいかなくなった。悪いが……ペット共々消えてもらいます」
「…………答えなさい」
敵意を、殺気を剥き出しに立つ男達に返る憤怒の声。
ちらりと覗く元魔王の瞳には魔王の名に恥じない威圧が宿っていた。
「……『これ』をやっているのは……パンプディング?」
仮面の男達は僅かにその身を震わせた。主パンプディングと同等、もしくはそれ以上に一瞬だけ高まった魔力が本能に危機を意識させる。仮面の男達は改めて、目の前の華奢な少女が魔王であったことを思い出した。
見た目に騙されるな。
男達はナイフを構え、ゼブブに一歩迫る。
「答える必要はない。何故なら貴女は此処で消えるのだから」
「「「夢の国は此処までですよ」」」
「下らない台詞は其処まででいいの?」
ピシィッ!
「あ」
彼等は油断していた。此方は三人、全員でかかれば、こんな弱々しい少女ならなんとかなるかも知れない、と。
警戒するなら彼等は一歩『退く』べきだったのだ。
その二歩分の油断が、ゼブブの蜘蛛の巣にかかる致命傷となる。
そこは既に『攻撃範囲』。速さならば、ゼブブは此処にいる全員を圧倒していた。
「目でも乾燥してるの?……まばたきし過ぎ」
どこからともなく現れたのは、二本のハンドアックス。ゼブブは二本の得物を構えて呆れ顔の溜め息を吐いた。
カシャン、と落ちるナイフ。
中央の男の仮面がからんと割れ落ち、男は倒れる。
辺りを一瞬静寂が走る。
「……あ、貴女!き、斬ったのですか!?」
「馬鹿な!貴女程の魔王なら分かる筈!この体は人間のもの!勇者のお供ともあろうものが人間に手を上げるなど……!」
「説明ご苦労様。……だから『仮面だけ』を叩き割ったんだけど」
ゼブブの言葉通り、倒れる男には傷一つない。綺麗に仮面だけが真っ二つである。
「本体は『仮面』……人間の体を操る魔物『ヒヒマスク』。それが此処に居るだけで…………『あなた』に対する心証は最悪なのだけれど」
「何を言って……」
ピシシィッ!
「な……?」
「まるで見えな……!」
残る二匹も見事に真っ二つ。ゼブブは冷めた目でくるくるとハンドアックスを遊ぶように回す。
「……私は両手に斧を持ってる。……そして私は『三回』動ける」
ゼブブはパリン!と二つに割れた仮面を踏み潰し、見下すような冷たい視線を落とす。
「……ターン『六回』、攻撃出来るに決まってるでしょ?」
『ゼ、ゼブブちゃんすごーい!格好良いー!』
ミリーの賞賛。ゼブブは僅かにぽっと頬を赤くする。
『照れてる!可愛いー!』
「て、照れてないもん」
むっすー、と鼻息を鳴らして、ゼブブが誤魔化すように斜め上を睨み付ける。
「……聞いてるの?私はあなたに言っているの」
「魔王……パンプディング」
石の地下牢。その天井を明るく照らすように、『それ』は居た。オレンジのカボチャに目鼻口をくり抜き、その穴から炎の灯りで暗闇を照らすジャックオーランタン。
「……キミとは仲良く出来ると思ったし、なるべく穏便に済ませたかったんだけどナー……」
「仲良く……?……冗談じゃない。此処で何をやっているのか、何を隠しているのか……全部吐け、パンプディング」
『あ、あれが……魔王パンプディング?……弱そう』
タダのカボチャを前にして、ミリーの素直な感想。しかし弱そうな魔王はまるで怖じ気付かずに……
「ギャハハハハハハハハハハ!嫌なこったヨーッ!」
大爆笑と共に宙を滑るように逃走した!
「付いて来なヨーッ!ボクの夢の城で、一人ずつブチ殺してやるヨーッ!」
パンプディングの下劣な笑いが地下牢に木霊する!
「サア!素敵な夢の国は此処までだヨーッ!『良い悪夢を(ハッピーハロウィ~ン)』!ヨウコソ!我が悪夢の国へ~!ギャハハハハハハハ!」
ゼブブとミリー、むくちゃんは後を追う。
「……許せない」
怒りを露わに駆けるゼブブに、お化けカボチャは不気味に笑いかける。
魔王パンプディングが現れた!
パンプディング、本性を顕す!
実は今までの中で一番ゲスな魔王という設定。その悪事と目的が明らかに?
元魔王VS魔王の勝負開幕!
……一方、トイレに行っただけの主人公(仮)。
挽回……できるよね?性能の割に相手が特殊すぎて活躍しないタカシさん(笑)。
ちなみに魔王討伐数トップは何気にアリア……