恋を叶えたいなら死になさい、本当に死ぬわけじゃないけど
古い馬車って危ないんだよね。
斜め前方を走っていたのを見ていたら、ゴリッていう不吉な音がしてさ。
スピードの出てる乗合馬車が倒れてくるわけよ。
ああ、死んだなと思ったね。
何度目だろう?
◇
――――――――――神の部屋で。
「おお、ワイラー・ホッジよ! 死んでしまうとは情けない!」
「神様が僕を殺してるんですよね?」
妙に無機質な部屋で。
目の前の中性的な美形である神様が首を振る。
「ノンノン。私は死すべき運命とタイミングをワイラー君に割り振ってるだけ。直接手を下してるわけじゃない」
「それを殺してないって言い張る神様のメンタルには毎度感心しますけれども」
「ワイラー君にはすごく感謝してるんだよ? これは紛れもなく本当」
「はいはい」
この神様は運命の調整を担当しているんだって。
運命ってあらかた決まっているんだけど、時には不慮の事故でキーになる人物が死んでしまうこともあるそうで。
それだと都合が悪いんで、事故で死ぬ役を僕に受け持たせてキーパーソンを救い、辻褄を合わせるって仕事をしてるの。
もちろん僕は生き返らせてもらえるんだけどね。
じゃあキーパーソンが死んだら生き返らせればいいのではって思うよね?
わざわざ僕を死に役にしなくても。
僕も神様に聞いたことあるけど、答えはこうだった。
『何言ってるの。死ぬって大変なことだよ? 運命の鍵を握るような重要人物に臨死体験させて、心情とか考え方に変化が起きたらどうするの。運命の流れが狂ったらえらいことになっちゃうじゃないか』
『どんなえらいことですか?』
『職務怠慢で私の給料が下げられてしまう!』
『……その死ぬという大変なことを僕に何度も体験させるのはどうしてですかね?』
『だってワイラー君は精神的にタフなモブだから』
つまり僕は運命の大きな流れに関与していないみそっかすなので殺しやすいってことみたい。
ひどい話だけど現実は非情だ。
死ぬのって結構痛いから嫌なんだけど。
神様が言う。
「約束の一〇死まであとワンアウトだね」
「何かのゲームみたいな言い方ですけど、僕にとってはリアルなんですからね? 神様わかってます?」
「もちろんだよ」
「死ぬ直前って、危機だからですかね。感覚が鋭敏になってスローモーに見えたりするんですよ。あんなことあったこんなことあったって、思い出が頭の中を巡ったりとかも」
「へえ、それって本当にある現象なんだ?」
「そうですよ。神様も一度経験してみるといいですよ」
「興味深くはあるね。やめとくけれども」
アハハと笑い合う。
実は僕は一〇回キーパーソンの代わりに死ぬことを神様と契約してるの。
何故ならば……。
「僕が一〇回死んだら、間違いなく願いを叶えていただけるんでしょうね?」
「ファリア・スターレット伯爵令嬢を嫁にしたいってことでしょ? わかってるって。ワイラー君は面食いなんだから」
「ファリア嬢はいい子なんだってば!」
スターレット伯爵家なんていう高位貴族の令嬢にも拘らず、全然偉そうにしてなくて感じがいいの。
温和で賢くて愛想がいい、理想の令嬢なんだわ。
僕が面食いなのは否定しない。
「ワイラー君とファリアちゃんとくっつけるところまでは任せてもらっていいよ。でもその後はワイラー君次第だぞ?」
「わかってますよ」
神様の権能で僕とファリア嬢をペアにするところまでは可能なんだろう。
ただ神様は心情を弄れるわけじゃないようだから、ファリア嬢の心が僕にないってことはあるかもしれない。
とある事件で一回助けたことがあるので、僕のことを気にしてくれているといいなとは思っている。
「ところで僕が死ぬのを一〇回って区切ったのはどうしてなんです?」
「……ワイラー君は意外と鋭いよなあ」
「えっ?」
「いや、大した理由じゃないんだけど、一応もったいぶって内緒にしておくよ」
理由はあるらしいな。
でもまあ知ったところでどうにもできないんだろ。
「じゃあ生き返らせるよ」
◇
――――――――――再び馬車事故の現場。
「おい、坊ちゃん。大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。ちょうど隙間があって……」
「ツイてるな!」
馬車が引き起こされて無傷の僕登場。
本当はまともに下敷きになって潰されたけど、僕には神様がついてるから。
野次馬が盛り上がる盛り上がる。
「いやあ、運が良かったです」
「まったくだ」
「御者も乗客も、幸いなことに大したケガじゃねえんだ」
「今日はいい日だ。神に感謝!」
契約だからね。
神様に感謝する筋合いでもないんだけど、一応義理で手を合わせる。
……ふと気がついた。
死ぬ事故に遭うことは僕が肩代わりしてるけど、死んだ事実自体は辻褄を合わせなくていいのかな?
神様のルールはよくわからんな?
◇
――――――――――ファリア・スターレット伯爵令嬢視点。
神様の部屋ってあまり家具が置かれていなくて。
広さの割に殺風景な感じがするんですよね。
何となく神様らしいなあ、とは思いますけれども。
「ファリアちゃん。今日の納品はいいかな?」
「はい、いかがでしょう?」
「……うん、バッチリ」
わたくしは神様に依頼されて、人形に念を込めるという作業をしています。
何でもわたくしのもの思う力というのは大変強いそうで。
念を込めた人形があると、死すべき運命でない人が危機に陥った時、身代わりにできると聞いております。
わたくしのしたことが世の役に立っていると思うと、やり甲斐がありますね。
「これで一〇個だ。ファリアちゃん、よく頑張ったね」
「ありがとうございます」
「では事前に聞いていた報酬、ワイラー・ホッジ男爵令息とカップルになりたいという件を履行するよ」
「は、はい」
貴族学校の同級生ワイラー・ホッジ男爵令息は、とても格好いい殿方なのです。
いつも飄々としていて自然体で。
それでいて周りに目を配っていると言いますか。
わたくしは一度ワイラー様に助けていただいたことがあります。
学校の時計台から窓が枠ごと外れて落ちてきた時に庇ってくださって。
ものすごい音がしましたけど、わたくしはもちろんワイラー様も無傷で。
何でもないよって、御礼すら受け取ってもらえず。
あの時からわたくしの心にはワイラー様が住みついてしまいました。
ああ、ワイラー様の婚約者になれたらどんなに嬉しいことでしょう!
でもワイラー様は嫡男とはいえ男爵家ですし。
家格の違いから、わたくしが嫁ぐのはお父様が許さないと思うのですよね。
そんな鬱々とした思いを抱えていた時に神様が現れたのです。
『おお、ファリアちゃんの思いはメチャクチャ強いね。私の言うことを聞いてくれたら、ワイラー・ホッジ男爵令息とくっつけてあげてもいいけど?』
一も二にもなく神様の仰せに従いました。
それが人形に念を込める作業です。
思いが強いと言われるわたくしでも大変は大変なのですが、ワイラー様と婚約できるのであれば何のそのです。
約束の一〇個の人形に念を込める作業をやり遂げました。
「あの、神様」
「何だい?」
「わたくしこれからも神様のお手伝いとして、人形をお預かりしてもよろしいのですが」
「大変ありがたい申し出だね。でも運命の流れに関与していない人間をどれだけ関わらせていいかというのは、限度があるんだ」
「はあ」
「ワイラー君とのバランスもあるしね」
「ワイラー様とのバランス?」
「ああ、失敬。こっちのこと」
何でしょうね?
少々気になりますけれども、神様事情を下界の者が推し量ろうとするのは僭越なことかもしれません。
「ファリアちゃん。これまでの貢献ありがとう」
「どういたしまして」
「数日中にいい話があると思うよ。期待していてね」
数日中ですって。
楽しみだなあと思ったら次の日でした。
お父様が言うのです。
「ホッジ男爵家の嫡男ワイラー君というのは、ファリアと同級生だったかな?」
胸がドキンとしました。
「はい、そうです」
「少々家格が下だが、ワイラー君と婚約というのは不満か?」
「いえ、ワイラー様はとっても素敵な殿方なのです!」
「承諾と受け取ってもいいな?」
「はい。でもどうしてなのです? お父様こそ男爵家の令息など歯牙にもかけないものと思っていましたが」
嬉しいですけれど、お父様にどんな心境の変化があったのでしょうね?
家格と人脈が全てという考え方だったではありませんか。
あとで心変わりされても困りますし、ここは聞いておかないと。
「ワイラー君はあれだろう? 不死身の令息」
「そうです」
新聞で話題になったことがあったのです。
絶体絶命の事故に幾度か遭遇しているにも拘らず、奇跡的に無傷で生還した男として。
「過去の事件で実況見分に当たった宮廷魔道士長ゾルフ殿によるとな。ワイラー君が生きているのは、ちょっと確率的に考えられないそうだ。しかも無傷となると、神の加護を考えざるを得ないと」
頷けます。
神様もワイラー様のことを御存じのようでしたし。
「わたくしも救っていただいたことがあるのですよ」
「そうだったのか?」
「ええ。貴族学校の時計台の窓が外れて落ちてきて。ワイラー様が庇ってくださったのです」
「しまった。ホッジ男爵家当主サミュエル殿と話をしたのに、礼を言い損ねた」
「お父様その時領に帰っていらっしゃったので、報告していませんでしたね。ごめんなさい」
笑って手を振るお父様。
「いやいや、婚約の打診となればまた会う機会があるからな」
「サミュエル様に会ったのは何故なのです?」
「うむ、共同事業を持ちかけられた。ホッジ男爵家はファッションに強いだろう? 我が領特産の上布や堆朱のアクセサリーに興味があり、ぜひ仕入れたいのだと」
「質はいいのに、今まで売り込めなかったものではありませんか」
「そうだな。サミュエル殿は見る目がある」
お父様上機嫌ですね。
「ホッジ男爵家は商売上繋がりを深めておきたい相手だ。そしてワイラー君当人も神の加護を受けているらしいとなるとな。掘り出し物と思わざるを得ない」
「嬉しいです。わたくしワイラー様を密かにお慕いしていて」
「何だと? ワイラーのやつめ。可愛い娘のハートを奪うとはけしからんやつだ!」
「もう、お父様は何を仰っているのですか!」
アハハウフフと笑い合います。
「では早速ホッジ男爵家に縁談を持っていく。楽しみにしていなさい」
「はい!」
お父様までワイラー様とわたくしの婚約に乗り気ではないですか。
神様はきちんと段取りしてくださったのですね。
あとはわたくしがワイラー様に気に入られるだけのようです。
わあ、ドキドキしますね。
◇
――――――――――その時、神の部屋にて。
「ふふっ、君達心配しなくても両思いだよ」
ワイラーとファリアが両片思いであることを神は知っていた。
この状況を利用して二人を手伝わせようと考えたのだ。
神にとってワイラーもファリアも有用な人材だったから。
神は策士。
しかしワイラーの死に損ねて無傷で助かるという役は派手だ。
有名になり始めていたので、これ以上手伝わせるとワイラーはモブでなくなってしまう。
ワイラー自身が運命の流れのキーパーソンになり得てしまうため、もう使えなかったのだ。
よく働いてくれたと、神は思っていた。
一方ファリアはまだ役立たせることはできた。
が、ワイラーが死のイベントを引き受け、ファリアの念を込めた人形を死の実態の身代わりにするという道筋が確立していた。
よって功績イコール共同作業の数を揃えたほうが、今後の二人の関係がうまくいくと神は考えた。
結構な貢献者だった二人の恋を応援してやろうと。
「ちょっとしたサービスってやつさ。二人に乾杯」
最後までお読みいただきありがとうございました。
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