月夜に踊る ①
「つまりさ、コンビニのワカメなんだよ」
そう言うと、浅茅は目の前のポテトチップスをぱりぱりと頬張った。
「朝起きて味噌汁を作るだろ? 鍋に湯を沸かして鰹節を放り込んで、そこでおやと気付くわけだ。やべ、ワカメがないぞ、ってな」
平たくかるいスナック菓子の欠片が机にこぼれる。由良が眉をひそめて不快をあらわすが、浅茅は構わず喋り続けた。
「けど朝だから、まだスーパーは開いてない。仕方なく近くのコンビニへ行こうとポケットに財布をつっこむが、ふと気付いて立ち止まるんだ、いや待てよ、コンビニにワカメって売ってたっけ?」
そこで浅茅はポテトチップスをぱりんとかじった。
どうでもいいが菓子を食べるのに割り箸を使うのはなんなんだと由良は思う。手を汚すのが嫌なら、教室でスナック菓子なぞ食うんじゃない。
両頬で菓子をむしゃむしゃとほおばりながら、浅茅は割り箸をふりあげて空中にくるくると円を描いた。
「まあでも、俺ならダメ元でもとりあえず行ってみる。ワカメがない味噌汁なんてさくらんぼののっていないパフェみたいなもんだ。たとえ無駄足だろうと、確かめずにはいられない」
「さくらんぼがないパフェなんて、めずらしくもないけどな」
ため息まじりにつぶやいて、それに、と由良は続けた。
「近くのコンビニならたいした距離じゃないだろ。それで納得するなら、さっさと行けばいい」
「それは都会の人間の感覚だな。田舎のコンビニは数キロ離れてるところもザラにある。だいいち、例え数メートル先にコンビニがあったとしてだ。由良、お前、早朝から買い物に行くか?」
行かない、と由良は思う。
確信を持って言える。自分なら、絶対に行かない。
あるかどうかも分からないのに。そんなもののためにわざわざ出かけるくらいなら、なにかあり合わせのものを適当に汁に放り込むだろう。
だが、ここで正直に答えるのも癪だ。
眉を寄せて沈黙する由良を見て、浅茅はにやりと笑った。お前のことなどお見通しだと言いたげなその顔に、由良の眉間のしわが深くなる。
「つまりさ、そういうことだよ。お前にとって、たいていのことはコンビニのワカメなんだ。絶対にあると確信が持てない限りは、手間と時間をかけて求めたりしない。そんなことをするくらいなら、そこらの缶づめか野菜の切れはしとかで適当にすませちまう」
「それの何が悪い。どんな食材もそれなりに美味く食えるのが味噌汁の良さだろ」
「そりゃもちろん、日本人のソウルフードだからな。けど、俺が言いたいのはそういうことじゃない。わかってんだろ? 例え近所のコンビニの売り場にワカメが並んでいたとしても、だ。それが絶対にあると確信がない限り、お前は買いに行ったりはしないんだ」
その例えはよくわからなかったが、浅茅が言いたいことはわかった。
つまるところ「お前は諦めが早すぎる」ということだろう。
よく言えば「堅実」、悪く言えば「消極的」。いや、「臆病」「怠惰」。もしくはその両方かもしれない。
そんなことは、由良自身が一番良くわかっている。十枚あるトランプのうち、九枚以上がスペードかクラブだと確信が持てない限り、由良が黒に賭けることはない。
結果が予測できないこと、無駄かもしれないことに時間を使うなど、由良にとっては馬鹿馬鹿しいとしか思えなかった。
無駄はからっぽ、意味はない。
意味がないことには、価値もないのだ。
「で、だ。ここからが本題なんだが」
からになった菓子袋に割り箸を放り込んで、浅茅はぐいと身を乗り出した。
「なに」
口の端にポテトチップスの欠片をつけたまま顔を近づける友人に、由良はわずかに身を引く。浅茅はふふんと笑った。
「堅実派な由良くん」
「なんだよ」
「用心深く石橋を叩きまくってからじゃないと渡ろうとしない由良くんよ」
「だから、なんだよ」
「そんな慎重派で現実主義な由良くんがさ、まさか神聖な文芸部の部室で賭け事してるなんて思わないじゃない?」
たっぷり二秒ほどの沈黙のあと、由良は盛大に舌打ちをした。
「なんだ、その話か」
ため息まじりに吐き捨てると、浅茅は両手を机に叩きつけた。
「なんだとはなんだ! そんな面白そうなことを黙ってやがって! なんで俺を誘わないんだよ!?」
「そっちかい」
呆れ顔でツッコミを入れてから、由良はやれやれと頬杖をつく。
「むしろ、なんでお前を誘うんだよ。鬼の風紀委員長サマを低俗な遊びなんかに誘うわけないだろ」
「なんだ、低俗って自覚はあるわけだ」
挑発するように片眉を上げて見せる浅茅に、由良は冷めた目で答えた。
「当然だろ。校内で賭け事なんて、たいした利益にならない上にバレたら即、生活指導室行きだ。よくて停学、最悪なら退学。メリットもないのにリスクはでかい。そんなことにお前を巻き込むわけないだろ」
由良の言葉に、浅茅が両腕をぱっと広げて立ち上がる。
「おお、なんということだ! お前がそんなに友情に厚いやつだったとは。感動で前が見えねえよ」
顔を両手でおおって白々しく泣き真似をして見せると、浅茅は指の隙間から由良をじとりとにらんだ。
「で? それじゃ、あの噂はなんだよ」
ぐ、と由良は答えにつまる。
「水曜放課後、文芸部ではあるゲームが開かれている。ルールは単純。メモを書いた紙を封筒に入れて、何が書いてあるか当てられなければ勝ち。ゲームは一日三回。一回目は百円、二回目は五百円、三回目は千円」
淡々と語る浅茅から、由良はそっと目をそらした。
「メモを用意するのは参加者で、書かれたものを当てるのは親だ。当てられた場合、参加者は親に賭け金を払う。親が当てられなければ、これまで賭けられた全額をそいつが独り占め。噂が噂を呼び、集まった金は総額なんと十万円!」
ぐいと身を乗り出した浅茅は、由良の鼻先に人さし指を押しつけた。
「なーんて話が聞こえてきたんだが、なあ、由良? 俺の記憶が確かなら、文芸部はお前一人のはずだよなあ?」
「……別に。幽霊部員なら俺の他に四人いるし」
「ふだん活動してんのはお前一人だろ」
「まあ、そーですけど」
「ほら、全部ゲロっちまえ。楽になるぞ。故郷でおふくろさん、待ってんだろ?」
わざとらしく小芝居をはじめた浅茅に、由良はため息をつく。
「そんなん言われても、たいして話すことはないよ」
「カツ丼、食うか?」
「だからさあ」
向けられた指を平手ではたいて、由良は髪をくしゃくしゃとかき回した。ごまかしていても仕方ない。だいいち、この件に関して、由良に後ろめたいことなど何もないのだ。たぶん。
「とりあえず、さっきの噂を訂正する。まず総額十万なんてのは大嘘だ。合わせてせいぜい一、二万ってとこだろ。それに、俺はそんなカジノごっこなんてしてないし、その元締ってわけでもない。俺は一円も受け取っちゃいないんだから」
「じゃあなにか? 噂はまったくのデタラメってことか?」
「全部じゃない。確かに、文芸部でゲームはしてたよ。封筒の中のメモを当てるってやつ。だけど、俺はそれで賭けたりしてない。賭けてたのはD組のやつらだ」
「ふむ、続けて?」
えらそうにふんぞり返る浅茅を、由良はぎろりとにらむ。しかし、すぐに諦めて首をふった。
「最初は、ただの手品だったんだよ」




