宿命という名の書き割り 2
次に目を開けた時、僕を包んでいたのは毎日の慣れた都会の排気ガスではなく、乾燥した土と……生臭い血の匂いだった。
そして突然、声が聞こえてきた。
「……目覚められたか。我らが供物よ」
しゃがみこんだ声に顔を向けると、そこには古ぼけた衣装を纏った老神官がいた。 周囲には、同じように薄汚れた服を着た数十人の村人たちが、地面に額を擦り付けている。
「供物……?」
「喜ぶが良い。お主の命を以て、この里の数千の民が救われる。ゴウリュウ様の怒りを鎮めるための、宿命の生贄となるのじゃ」
村人たちが合唱のように祈りを捧げ始める。
「救いたまえ、贖いたまえ……」 「宿命を受け入れよ、我らが救いのために……」
その光景を見た瞬間、僕は猛烈な目眩を覚えた。 ああ、なんだ。ここは、新宿と同じじゃないか。
一見すれば被害者のように見える村人たちは、その実、一人の犠牲に頼るという「残酷で安直なルール」を一ミリも疑おうとしていない。思考を止め、誰かのせいにし、自分たちは正しいと信じ込む。 その「澱んだ空気」は、僕が逃げ出したかったあの街そのものだった。
しかし、ここはまるで違う。僕はさらわれたのだろうか。
その時、空がにわかに暗転し、大地が震えた。 断崖の陰から姿を現したのは、山ほどもある巨大な質量。 陽光を跳ね返す、眩いばかりの黄金の鱗。
僕は自分がみたものが信じられなかった。
「一体どういうことだ」
つい叫んでしまった。そう、そこにはなんと、ファンタジー世界でお馴染みの、伝説の古竜が巨大な姿を現していた。
これは映画の撮影か何かか、そう思った。 だが、僕はそいつが姿を現した瞬間、世界が急に「緻密」になった気がした。 震える村人たちというボヤけた背景の中で、その竜だけが、圧倒的な混じり気のないリアリティを持って、そこに君臨していた。
僕の中に何か入り込んでくるようだった。 何か今まで感じたことがない、そして何か待っていたような、そんな感覚。
けれど、その新鮮な感じとは別に、圧倒的な龍の姿に、自分は自然淘汰の恐怖を感じた。どう考えても適わない。ここに多くの人がいるみたいだが、束になってもかなわない。そんなことを直感した。
死の恐怖が、僕の思考を支配しようとする。本能が、今すぐ逃げ出せと叫んでいた。 だが、それ以上に、目の前の光景から目が離せなかった。
あの新宿の路上で、老人に触れられ、世界のすべてが裏返ってから。わけもわからぬままこの場所に放り出されてから、ずっと感じていた違和感。 透明な膜の向こう側にあるような、ボヤけた現実感のなさが、古竜という存在によって剥ぎ取られていく。
龍が重々しく、しかし知性のある声で言葉を喋ったのだ。 人間以外のものが話すというのは、これほどまでに、重厚に心に響くのだろうか。巨大な姿とその知性的な響きの声が共鳴して、僕の何かを刺激した。
「……矮小なる人間よ。我に魂を捧げよ。これこそが、この世界に定められた宿命なのだから」
地響きのような声が、僕の脳に直接響く。 恐怖。絶望。そして、抗うことのできない「理不尽」の具現化。
それが、この古竜の役割。村人たちが信じ、僕が受け入れそうになった「世界の理」だ。
第2回をお読みいただき、ありがとうございます。
圧倒的な存在感を放つ黄金の竜。 彼が口にした「宿命」という言葉に、カエデの中の「何かが切れる音」が次回響きます。
「世界の理」に対して、カエデが投げかける最初の言葉とは。 ぜひ次回も、その瞬間を立ち会っていただければ嬉しいです。




