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序章(4) 陽炎

 

 沿岸の海漂木かいひょうぼく(マングローブ)の林に赤い色が揺れていた。

 丁度、開花の時期である。

 いくつかの花は風にのって小川に落ち、それが小さなせせらぎと共にゆっくりと流れていった。

 マングローブの立ち上がったような根が、引き潮の浅い汽水に表れて、その間をぬって赤い花びらが水の上を滑ってゆく。

 強い日差しを遮ったマングローブの傘の間から、光の柱が数本たっていた。

 水面はそこだけ白く輝いて、ときおり水に浮く花を眩く照らしだしている。

 小さな川は、海へと流れていた。

 両の脇に茂っていたマングローブもまばらになると、かすかに潮騒が聞こえてきて、真っ青な海原が先に広がっている。

 河口から海面(うみづら)に、赤い花が流された灯篭のようにながれてて出てゆく。

 甘いようなにおいが、(いそ)の香りにまじってあたりに漂っていた。

 暑い日だった。


 『天の国に最も近い島』とこの島のことを形容したものがあった。

 かつてこの島に流れ着いた漂流者らである。

 事実として、美しいほどに美しい島であった。

 古くは空の一部であったなどと、幾つかの伝承ではうそぶかれる。

 今日などは、まさに空の、天国の中にあるような景観が広がっているのだった。

 空も海も、その境が無いほどに澄んで晴れ渡り、雲はひとつとしてなく、水面はおだやかに揺れていて、天色(あまいろ)の絵の具をそこへ撒いて塗り伸ばしたように、一面どこまでも青かった。

 まるで、青い画布の中へと迷い込んだような景色である。

 神話では、天空の模様を司るモア=セン神は、空に広がる青海(せいかい)を渡る船を持つという。

 海との境のない蒼穹は空にのぼる運河であるとされ、晴れ渡った空に雲が一つ浮いていると、『天空神のお船』などと冗談で言った。

 空への水路は、神々の国である浄土(ルア・ヘナート)への入り口でもあり、その果ての雲海には天の宮殿がそびえているのである。

 いま船で漕ぎだせば、家族や仲間にあえるかね、と〈守り人〉の数少ない生き残りと思われる戦士は、天を仰ぎ見てそのようなことを思ったのだった。


 アスラの身体に変化が訪れて、早六日がたった。

 諸々とあった興奮や、使命感や、それこそ体の違和感は未だに消えてはなかったが、随分と落ち着いてはきている。

 アスラは、降ってきた数奇な運命に逆らうことはなかった。

 騒ぎ立てることなく現実を飲み込んで、健康になった肢体で様々な用事をこなした。

 近頃は極めて体調が悪く、滞っていた用事があったので、あれもあったな、これもあったな、などと気づきながらそれらに時間を使ったのだ。

 弱っていたのだろうな、とアスラはまるで他人事のように晩年の己を客観して苦笑したものだった。

 

 それにしても、アスラの適応能力は高かった。

 新たな肢体にほとんど慣れたといっても過言でないほどの順応ぶりで、すでに飄々とした余裕すら感じられる。

 元より、アスラは己のことについてこだわりが薄い。

 気にするのは問題なく剣が振れるか否かというくらいのもので、あとに残る自分への執着らしきものは、家族や友人の遺言やら約束を果たすのだ、という間接的なものでしかないのだ。

 例えば、容姿などがいかにもそうである。

 他者からの品評に一喜一憂し、美醜に対して敏感になるのは一般の感性――度がすぎなければ――であり、これは人として基本的に備わっている機構ともいえる。

 しかしながら、アスラはこれが見事にそうではない。

 原則的に他人にどう言われようが良く、己で面貌について思うところもごく少なく、服装にしても似合おうが似合うまいが好きな服を仕立てて着るし、髪型だって琴線に触れたものがあれば変でも大いに試してみる。

 目見かたちでいえば、それ以外には髭に興味を示したくらいのもので、さっぱりと飾り気がない。

 武人気質(かたぎ)といえば聞こえはいいが、まあ白々しいほどに淡白な人種なのである。


 そんなさばさばとした調子のアスラではあるが、安堵している点も無論あった。

 前述のような『性別すら違う身体に思いのほか馴染めている』ことにではない。

 体の勝手(・・・・)が以前と大きな変わりがなかったことに、胸を撫でおろしていたのだ。

 それが変質することこそ、アスラという意識が残っている上で最も忌避すべき事象であり、何より恐ろしい事態だったのである。

 勝手(・・)というのを説明するのは難しいのだが、それは男だとか女だとか、身長が大きいとか小さいなどという具体性のあるものではなく、もっとずっと感覚的で、かつ抽象的なものだった。

 ある程度的確に言及するならばそれは『感性』というとらえ方が正しく、無骨な人生観を持つアスラには似つかわしくない極めて繊細なものだ。

 体が別人に変容すれば、当然精神や心の面にもなんらかの作用があってもおかしくはないのである。

 ゆえにこそ、アスラは今に深く感謝していた。

 飯はうまいし、雑事をこなすのは案外と面白く、昼寝はなんとも心地がいい。

 一方で、痛いものは痛く、死んでいった知人のことは今でも恋しいと感じ、思い悩むことだって大いにある。

 それは、アスラが思う、『正常に生きている』ということだ。

 本当にごくごく当たり前のことなのだが、日常の下らないことを面白がれる感性がそのままにあるということが、極めて重要なのである。


 アスラも今でこそ穏やかであるが、若いころは我武者羅に強さを求めたものだった。

 それは、この島においておかしなことではない。

 力の求道こそ〈守り人〉の民の(つと)めであり、バブ・ダ神こそその象徴である。

 戦士に生まれた以上は武の道を歩み尽くし、真なる明鏡止水に至るべきであるとされるからだ。

 しかし、そんなものはおよそ人ではでない、とある時アスラは思い知った。

 『武』とは即ち、冷血、非道に通じるもので、それはパブ・ダ神が死の神であられることからも明らかであり、その(すべ)を考究するというのは、この世の深淵に身を沈めるような狂気を孕んでいる。

 (ひずみ)は、ゆっくりとその探求者を、その周囲を(むしば)んでゆく。

 戦士としての進歩と人間性の喪失は、一定の比例関係にあるとアスラは考えている。

 剣も薄く研ぎすぎれば形を失っていくように、何事も塩梅なのだ。

 (おのれ)を見失わないことこそ、アスラがたどり着いた戦士としての境地である。

 〈守り人〉の信仰する概念からはやや離れた考え方なのだが、そちらの方がより好ましかった。

 また、精霊の樹(ジア・ルジャ)がアスラを元のまま――少なくとも精神や心の部分は――の『アスラ・カルナ』として導いたことからも、この考えは間違っていないような気がする。

 最後の〈守り人〉は、おれのような変わり種が残っても悪くなかろう、とアスラは思うのだった。


 さて、そのアスラであるが、この良い天候の中で、現在進行形で燻製を作っている最中であった。

 今は丁度暇ができた時間で、手持ち無沙汰なので青い空を見ていたのだ。

 ぼうっと思想にふけりつつも、アスラは時折窯から立つ煙や、影の伸び方を見ている。

 培った感覚で、燻煙を終える時分を見計らっているのだった。

 つい今朝のことであるのだが、朝餉を探しに森に入った所、偶然にムーボーを発見したので、狩りを行った。

 アスラはその余った肉を燻しているのである。


 ムーボーは、平たく言えばいのししのような獣である。

 全長は百エルデほどで、大人一人と少し位の大きさとすれば感覚がつかみやすいか。

 外見的特徴で特記されるのは、捩じり曲がった歯牙であろう。

 らせん状に発達した牙は、鉄のような頑強さと、見た目通りの非常に高い貫通力を誇り、危険である。

 性質はどちらかといえば大人しいが、ひとたび怒ると非常に凶暴になる。

 数はあまりおらず、珍しい部類に入るだろうか。

 当種は、食用にされることが非常に多い。

 その旨さときたら、脂身の甘さは飴のようで、肉質の柔らかさは熟れた果実に比肩し、嫌厭されるであろう臭みなどは、一片もない。

 さらに、残った猪骨(ちょこつ)からは、流石にくせこそ若干あるが、濃厚で涎がでるような出汁が取れる。

 珍重されるのも致し方無しであろう、骨まで美味しい狩猟対象である。

 アスラも、


(いや、実に運がよかった)


 と、こればかりは機嫌が良い。


 燻すのに用いたのは、トックウッドと呼ばれる木である。

 島の言葉で、『縞模様』という意味を持つ名を与えられた樹木で、樹皮の皮目(ひもく)が綺麗な縦の線を何本も描くという、見た目に面白い種だ。

 近縁の植物群は、(すべか)らく樹皮に幾何学的な文様を持つという形態形質(けいたいけいしつ)などから、線引きの木(アク・ルジャ)などと総称されたりもする。

 燻煙剤として用立てられるのは、単に香りが良いためと言っていいだろう。

 甘いような、少しばかり渋いような、細かく論述できないような丁度良い按排(あんばい)の、気持ちの良い煙をだす。

 トックウッドはむしろ果実を造酒に使用するというのが常套の用途で、完熟した実はじつに小ぶりでほのかに甘く、特有の風味を持つ。

 そして、その本体もその酒の味を映したように、妙に(かぐわ)しいのである。

 ちょうどムーボーの相手をしたおり、トックウッドの木が二次的に折れたので、勿体ないと、それをそのまま燻煙に用いたという背景など、余談だがあったりする。


 肉に塗り込んだ塩は、海藻から製塩したものである。

 一般に、藻塩などと称される。

 瓶や丈夫な木の樽に、海水をはって適した海藻を長くひたし、それを乾燥させるという工程を数度繰り返す。

 茶に濁った濃い塩水ができたらば、前述の工程に用いた海藻を乾燥させて焼き、そのもえがらと塩水を混ぜ込み、繊維の細かい布で丁寧にこす。

 それがかん水となり、それを煮こぼさぬように注意しながら水けを飛ばすと、きらきらとした塩の結晶が析出しだすわけである。

 海の香りと海藻のうまみをたっぷりと含んだ藻塩は、燻製肉との相性が実に良好だ。

 無論、それに香草なども加えればなお具合は良い。

 ちなみに、燻し窯については集落にあるものをそのまま用いた。

 頑健に作られているので、あまり手が入っていなくとも易々と朽ちはしないのだ。


 アスラは、適当に薪を充填しながら、今度は海を眺めていた。

 今日は良い風が吹いておる、と楽しげに呟くアスラの顔には、何故か包帯が巻きつけられている。

 頭部からは布の間を縫って髪飾りや編み込みがが、ひょこ、ひょこ、と後ろから横から飛びだしている。

 横方向への主張が強めの耳には、さながら鞘のような形状の鮮やかな布が被されて、覆い隠されていた。

 目元こそかろうじて露出しているが、面貌の殆どが伺えない。

 まるで重症の怪我人か、怪しい易者(えきしゃ)である。


 何故こんな恰好をしているかといえば、四日前、アスラが性別の変転を経験させられた翌日の朝に遡ることになる。



 ♢



 それは、実に素晴らしい寝起きだった。

 アスラは沈んだ意識を底から引き揚げて、ゆっくりと身体をおこし、しばしのあいだ黙然(もくねん)と現実を嚙み締めた。

 早朝の静けさが染み入るようである。

 昨夜は非常に心地よく入眠できそうな具合だったので嬉々として横になったのであるが、寝起きも極めてさわやかだった。

 痛みはどこを探しても無く、当然肺腑も健常そのもので、日の出前の冷えた空気が涼やかにうまい。

 少しの安心感から胸を摩ると、ポヨン、とした感触が手にあった。

 一瞬何だと思ったが、そうだ女になったのであった、とアスラはあまり納得できず、納得した。


 あれは夢ではなかったのかと改めて実感し、アスラは苦笑いしたものだった。

 病が治まったというのも推測でしかなかったので、朝起きて咳があったらどうするか、と昨日は思っていたが、この様子だと病魔は完全に撲滅されたと考えられる。

 この変化は本当に有難い。

 もともと身体の頑健さには人一倍の自負があったアスラであるが、大病を患って文字通り身に染みて(やまい)の怖さを学んだ気がした。

 健康であるというのは、それだけで財産といっていい。


 次いで、地に足が着く感覚と共に違和感が染み出してきて、アスラは(たゆ)む胸に眉を顰めた。

 強めに押し込めば、張りのある感触とともに、指が健康的に押し返される。

 何度やっても変わらない。

 アスラは胸から手を離すと、緩慢な動作でこめかみのあたりに指を押し当てて、目を細めながら、頭痛を抑え込むように圧迫を加えている。

 まあ、この胸が邪魔なのである。

 女性に敬意を払っているアスラであるが、今一時は憤りに近い感情すらあるようだった。

 うつ伏せがアスラの得意とする睡眠態勢である。

 が、胸が潰れる感覚が嫌だったので、昨日は仰向けで寝た。

 寝返りをうつたびに揺れる胸に、ウンザリしながら眠りに落ちた記憶がある。

 入眠の際は心地よさに紛れて消えていたのだが、思い返すとむずがゆいような感触が脳に染みついていた。


 そして、股。

 一抹の期待を胸に覗き込むと、何もない。

 アスラから知らずの内に溜息が洩れたものだった。

 実に馬鹿馬鹿しい。

 アスラも己の外貌などには頓着しない方であるという自負があったが、これらは流石に二、三日ではどうにもならない「おさまりの悪さ」のようなものがある。

 とはいえ、


 (まあ、剣でも振っていればそのうちに忘れるか)


 などと、アスラはこの時点から克服の先触れを見せてはいたが。


 意識を覚醒させるためにアスラは伸びを一つし、体に活力が漲って来るような体感に身を浸した。

 汚れが水に溶けるように、眠気が飛んで行く。

 実際に若返りの効果はてきめんといって良く、四肢に澱みやひずみが一切ない。

 意欲が湧水のように滔々(とうとう)と溢れてきて、庭で宙返りでも二、三回ほどきめきたい心持ちである。

 懊悩から一転、アスラは気分が良くなったのだった。


 と、ここまでは良かった訳である。


 アスラは程なく、身体にヒリヒリとした痛みがあることに気付いた。

 何ぞ、と思い視界に入った腕などを確認してみると、熱を持って赤くなっており、水膨れが数え切れないほどにできていた。

 触ってみると、当然ながら痛い。

 動くと服が擦れる訳であるから、余計に痛いだろう。

 気に留めていなかった時は苦痛などほとんど感じなかったが、遅れて相当の疼痛(とうつう)が及んでくる。

 皮疹の範囲は相当に広いと見えて、確認できる所では上半身の概ねと、下半身の一部がおかされていた。

 我ながら症状は酷く痛々しく、苦手なものが見れば目を覆いたくなるような有様である。


 皮膚への疾患と言えば死斑病のことが脳裏をよぎり、アスラはにわかに肝が冷えたが、さすがに病態が異なっている。

 アスラは当所、何か虫にでもと推理した。

 ただ、熟慮をすればその線は薄い。

 素人しろうとながらまじまじと視診ししんを試みてみれば、皮膚炎と診断できることは間違いないが、虫刺症ちゅうししょうとするには患部が広範に渡りすぎているし、水膨れなどがあるともなれば、毒性は強く、咬刺こうしを受けた際の痛みやかゆみなども感覚として残っている方が自然である。

 これが、何一つ心当たりがないのだった。

 先日は密林に入って長時間を費やした訳であるから、毒虫の類に出くわしていた可能性は否定できないものの、このような激甚な虫刺症を及ぼす懸念のある危険性の高い種であれば、原則的には周知され、また注意も払っている。

 加えて、膝の上あたりの太ももは、全く赤くなっていないのも所見としては気になる所だ。


 加えて、虫による被害を否定する要因として、体質(・・)というのもある。

 昔からアスラは虫などに刺された覚えが殆どない。

 特段、蚊や(のみ)といった吸血性の生物には何一つとして無いと言っていいだろう。

 どうしてなのかという作用の機序もアスラの中では理論整然とあるのであるが、問題はこの身体がどうかという点のみだった。

 ただ、アスラはどうにもそれが今まで通りにあるような気がしていたのだ。

 結果としてこの考察は当たっていた。

 大きな所で、体質(・・)は変わっていなかったのだから。


 アスラはある程度思考を巡らせた後、そうか、と閃いた。

 果たして、心当たりがあったのである。


 (これは日焼けではなかろうか…)


 昨日は鍛錬の時上半身裸であったので、その時のものではないだろうか、とアスラは考察した。

 膝下も捲っていたので、太陽の光を浴びている。

 その際に曝露されていた個所が、すべからく赤く変じているので、過程と結果を照らしてみても、納得はゆく。


 しかし、それにしてもこれはかなり酷い日焼けである。

 アスラの経験上、日焼けはせいぜい肌の色が僅かに濃くなる位のものだから、そういった知見からも重度であることは明白なのだが、水疱ができるというのは尋常ではない。

 熱傷も程度が深くなれば同じような外見を示すが、このあたりから知覚が麻痺するほどの損傷であり、人によれば泣き(わめ)くほどの灼熱感や痛みを伴う。

 実際、アスラはやや気になる程度で涼しい顔をしているものの、患部の痛痒(つうよう)と発熱は凄絶(せいぜつ)で、並の人間であればあまりの苦しみに思考すらままならないであろう状態だった。

 流石は辛酸を味わってきた戦士と褒めるべきか、身体の警報である痛みを希薄にしか感じ得ないのは異常だと、蔑視すべきかは、迷うところである。


 気になるのは、どうして急にこのような日焼けを負ったかという点だ。

 少なくとも、晩年のアスラは長い時間日光を浴びていても、何ら悪影響は受けなかった。

 きっと、本因(ほんいん)がある筈。

 以前の肢体と何が変わった。

 性別、身長、体格、声質、年齢。

 どれも怪しいが、女性だから日光に弱い、短身だから、若いからなどと、流石に的を得ない。


(いや、まてよ…)


 アスラが記憶の海を泳いでいると、なんとはなしに引っ掛かるものがあった。


 (肌。

 そう、肌だ。

 思えば、白い肌は日光に弱いと聞いたことがあった)


 島に来た船乗りらは〈守り人〉と同じ褐色の肌をしていたが、それは日焼けによるものだとアスラは聞いていた。

 元の肌はずっと明るい色で、それが日に照らされて暗めの色合いにまで変色するらしいのだ。

 白い肌は通常日に弱く、長時間日光を浴びていると赤くなるなどの顕著な日焼けの症状がみられるという。

 これは見た目よりも重篤なもので、放置すれば死に至る例もあるらしいのだ。

 当初、アスラは大袈裟に言っているものだと思っていたのだが、今の状態を俯瞰するに、火傷の症状と近似した所見を示しているのは間違いなく、あながち嘘ではないなと、と思い直した。

 軽度の火傷も、広い範囲にわたると命にかかわるケースもあるからだ。


 日焼けで体表の色が変わるのは、一種の防衛反応の可能性があるかもしれないな、とアスラは頭をひねった。

 そうなれば、物体は黒い方が日差しに強いのか、などという面白そうな議題も出てくるのだが、取り急ぎそのように仮定するとなかなかにうまくない。

 アスラは今現在、よく分からないことに、白い玉の肌である。

 つまり、肌が漂白されて日光に対する抵抗を失ってしまった状態にあると形容できよう。

 当然、太陽はそんなことなど知る由もない。

 陽光は今まで通り、島へと大いに降り注ぐわけである。

 そんな中、上半身裸で鍛錬などをすればどうなるか。


(なるほど、それで日焼けか…)


 浅慮(せんりょ)だったな、とアスラは肩をすくめた。


 対策を揉む必要がある。

 ただ、一つ事実を提示するとすれば、常人にとってみれば紛れもなく重症の日焼けなのだが、アスラとしては、この程度の痛みであれば我慢できないことはない。

 病の激痛と対蹠(たいせき)すれば、撫でられるようなものである。

 圧倒的向こう見ずの暴力的な解決案として、何もしないという方法論が頭の隅にどうしてかまずある。

 とはいえ、基本的には愚策中の愚策で、日光を浴びる度に水泡ができ、痛みが走るのは流石に御免こうむりたい所であった。

 攻めの案として、積極的に肌を焼いてみるという手なども、あるにはある。

 繰り返し日焼けを負うことで肌が強くなり、症状が低減するのであれば、長期的な展望としては悪くはないのだが、獲得できる抵抗の有効性も判然としておらず、その間に不可逆的な損傷を受けないとも限らない訳であるから、選択肢としては賢明ではない。


 要は、守りの策をうつべきだった。

 平たくいえば、早急に日焼け対策を講じる必要があった。

 この島は日差しが強いし、アスラも屋内で用事を消化するよりも、外で活動をすることの方が多い。

 身体の方は衣服を纏えばどうにかなるが、首より上、具体的には顔はそうもいかないだろう。

 頭部の日焼け防止が話の争点となりそうだった。


 まず、対策として挙げられるのは帽子である。

 つばのある帽子を被ることによって、完全ではないが日焼けを防ぐことができる。

 手軽であるし、無難な線でもある。

 当然、悪くはない。


 問題点は、日光を完全に遮る訳では無いという点だ。

 つばが深いものを仕立てればそれなりに改善されるとはいえ、そうなるとトレードオフで視界が大きく遮られてしまう。

 また、文化的に若干好まないというのもある。

 この島では髪を尊ぶ習わしがあるのは以前に申し述べた通りで、自然、編み込み方に意匠を凝らしたり、髪飾りに類する装具を身に着けることも多い。

 それらは重要な自己主張であり、アスラもやや控えめではあるが、重んじてはいる。

 自然、それを覆い隠す帽子は少しばかり苦が手な意識があった。


 面という手もある。

 これであれば、顔に直接被せる訳であるから、日差しは完全に遮られる。

 不便な点として、これもまた視界が遮られることが無視できない要因になるだろうか。

 眼より得られる情報が全てではないことは、アスラも戦士として承知しているが、生死を分けるようなやり取りの際、いらぬものが目を塞いで、致命の一撃を食らう、ということも十分に有り得る。

 修行で意図的に目隠しをするような場合は別として、普段から視界を悪くするのは下策といえるだろう。

 無論、目の周りの造形を工夫すれば程度が悪くない範囲に収まる可能性もあり、有力な候補ではあるだろうか。


 とはいえ、何をするにしても家の外へ出て活動をしなければならない。

 当座の日除けの手段が欲しい。


(なにか良いものは…)


 と、アスラは殺風景な部屋に視線を巡らせた。


 鍋。

 論外である。


 茣蓙(ござ)

 同上。


 剣。

 同じくどうしようもない。


 笛。

 用途が違う。


 応急用の包帯。


(包帯か…)


 存外いいのではないだろうか、とアスラは思った。

 顔にこれを巻きつけるのである。

 無骨ではあるが、取り合えず視界を妨げることはない。

 直接肌に巻くわけであるから、全方位からの陽をしっかりと()けることができる。

 激しく動いても、滅多に取れることはないだろう。

 包帯は用途が広いこともあり、古いものでもよければ幸い替えなどは幾らでもあった。


(まあ、一時しのぎの案ではあるが…)


 現状それなりに上策だろうな、とアスラは少し熱を持っているらしい手を撫でた。

 実際、急ごしらえにしては悪くない方法である。

 髪型がきまらないのはあまり良くないが、何にせよ頭部を覆わなければいけない事実は変わらない。

 見た目は不気味かもしれないが、日常生活に支障をきたすような因子を潰すことのほうが重要である。

 もう、外は明るくなっている。

 洗濯などをしなければいけない時間だった。

 早速と日除けをするか、と勢い良く立ちあがると熱傷に障ったのか、


「あいた」


 と、アスラは声を漏らしたのだった。



 ♢



 果たして、こういった経緯でアスラはミイラのような格好をしているのだ。

 この包帯を巻く案は簡易的な策ではあったが、一定以上の成果を収めていた。

 有力な代替案も思いつかなかったので、アスラは今日に至っても包帯に頼っているのである。

 日焼けの方も、大分良くなった。

 先の通り、一般の価値観ではかなり重い症状なのであったが、アスラの肌は既に真っ白である。

 日焼けの痕跡すら残っていない。

 〈守り人〉の民は、戦闘を生業(なりわい)とするだけあり、治癒力にも秀でる傾向があるために、これほど早い回復が見られたのだ。


 ここ数日のうちに、アスラは大きさのあっていない服や装備も仕立て直していた。

 原則的に今打ち出している日除けの手段は衣服と装具に依存する傾向があるため、油断なく調節したのである。

 どのみち、尺寸の合っていない服では行動が阻害される可能性が高かったので、これは急務だった。

 着ていたものを短く切り詰めたのである。

 新しく仕立てても良かったが、この服には亡き妻や子供らとの思い出が少なからず詰まっていた。

 もう四年以上着ているからか、随分とくたびれてきていたが、どうにも捨てる気にはならなかったのだ。

 ある伝統的な手法で紡がれる特異な繊維で織られているためか、物持ちは実に良く、よれてもそう簡単には破れたりしないのである。

 同じ服は三着あるので、それらも同様に丈を縮めた。


 ブーツだけは新たに作ることにした。

 さすがに靴はどうにもならなかったのだ。

 以前とは足の大きさが違いすぎるのと、愛用していた靴がそろそろ寿命だったというのが大きい。

 今は取り急ぎ妻の遺品などを拝借させてもらって使ってはいるが、やはりサイズは合っていない。

 皮の素材は手入れを怠ると経年による劣化も著しいので、状態もあまり褒められたものではないだろう。

 いい機会であったので、靴の素材集め、食料調達、そして体慣らしを兼ねてアスラは先日ある化け物鳥と一戦を交えてきていた。

 その鳥は、日喰鳥(クラム・ザマシャ)などの異名を持つ。

 怪鳥、〈白鳥(ミニャ・ピキーシ)〉。

 熟練の戦士であっても、その名を聞けば流石に身を引き締めるだろう。

 島北部の常夜の藪(リマダン・ホジュシラン)に巣食う、この島の食物連鎖における最上位消費者にあたる獣の一匹である。

 その死の藪は、常夏のこの島にあって恐ろしく寒冷で、いついかなる時でも薄暗い。

 その怪鳥が、昼を、そして陽光を貪りつくしてしまうからだ。

 酷い時には、日食まがいのうすぐらを島全体にもたらすことさえある。

 何かの伝説に出てくるような怪物のように思えるが、それは現実に存在し、脅威を振り撒く同居人なのだ。

 万物を凍てつかせる白い吐息を吐き、巨大な翼による羽ばたきは島を陰で覆い、返り血の氷で赤く装飾された漆黒の爪は、何もかもを引き裂く。

 この闘争の島らしいといえば、その通りのあまりに恐ろしい猛獣。

 久々に手合わせをすれば中々に手強かったが、いい避暑になったとアスラは思っている。

 素材も集まったところで、現在進行形でブーツを作成してはいる。

 鳥類の素材を靴に使うのか、という話になりそうではあるが、作成しようとしているのは通常の靴(・・・・)ではない。

 アスラには考えがあった。

 島の伝統的な、ある靴の拵え方を試してみようというのだ。

 その靴は極めて扱い辛い上に、作成にはかなり技術が必要なのだが、縮んだ身長とリーチなどを補える可能性があるようなものであることは確かなのだ。

 歴史的には、体格に劣るものの為に生み出された、副武装(・・・)というところもある。

 靴であり副武装というのが矛盾するようで、そうではない。

 実に変わった靴なのだ。


「ふむ、そろそろか」


 と、アスラは少々くぐもった声を出した。


 そうこうしている内に、燻製が完成しそうなのである。

 時間にして一刻と半ほど燻したであろうか。

 もう十分(じゅうぶん)だ。

 窯の温度が下がるまで、少し待つ必要があった。

 今開けてもいいのだが、当然中は熱い。

 直接の火をつけているわけではないからと油断すると、慮外の熱に驚き、火傷をする可能性もある。

 外も実に気温が高いので、わざわざ体力をつかってまで急ぐ必要も無かった。


 (しば)ししてアスラは釜を開けた。

 大きめの木板をずらすと、熱気と白煙が溢れ出でてくる。

 いまだに煙いようだが、匂い自体は爽やかなもので不快感はない。

 ある程度煙が外へ逃げると、中の様子が見えてきた。

 すすけた窯の中央付近に、一抱えはありそうな大きな肉がぶら下がっている。

 燻したムーボーの肉である。


 アスラは腰を屈めて燻し窯の中に入ると、けほ、とむせた。

 案外と煙が残っていたのだ。

 窯の天井までは目測で百五十エルデと少しである。

 それに対してアスラの身長といえば、島の女子(おなご)としては小さい部類の八十エルデほど。

 これが元の身長はといえば九十八エルデはあったというのだから、何もかもが大きく見えるし、高くみえる。

 この窯はこんなに大きかったものか、とアスラは腕を組んで見上げてしまったものだ。

 肉が吊られている棒は天井の高さとそうは変わらない。

 元の身長であれば手を伸ばせば悠々と届くところだが、今やそれは叶わない。

 このままであれば手を伸ばしてもアスラは肉を取ることができない。

 しかし…。


「よっ」


 と、アスラは石のブロックに乗った。


 これで問題ないのである。

 肉を吊るす時、可能な限りの背伸びをしても棒に届かなかったので、このような物を用意したのだ。

 広い屋外ならいいものの、狭い屋内では飛び跳ねることは難しいので、身体能力が高くとも矮躯(わいく)は厄介であった。

 しかしながら、何事も工夫である。

 環境に身を任せて順応することが肝要であり、些細なことで神経をそばだてても仕様がない。

 矮躯も慣れれば案外といいこともあるのではなかろうか、とアスラは前を向いている。 

 洋裁の際に布生地が少なく済むなど、実際にメリットもあるのだ。


 アスラは、縄を解いて肉を外す作業に取り掛かっていた。

 その諸手には、真っ赤な色をした手袋――長めの手甲と言った方がいいか――が()められている。

 これも日焼け対策だ。

 ある蔵に相当に質のよい手甲が死蔵されていることに気づいたアスラは、これは良いとピックアップしてきたのだ。

 手の日焼け予防は何かないか、と諸々を探していた時にふと目に入ったので、調節して使わせて貰っている。


 しばらくして大きな肉を取り外すと、アスラは燻製を外へと持ち出した。

 窯から出ると、外のぬるい空気も、どうにも涼しく澄んでいるように思われる。

 重そうな肉を軽々と担ぐと、アスラは家へと向かった。

 家の前でもう一度干すのだ。

 このままだと、あまりも煙くて食用に適さないである。

 幸いなことに天候は良いので、問題は無さそうだった。


 燦々(さんさん)と輝く太陽を頭上に置きながら、アスラは集落の中を軽快に歩いて行く。

 包帯が日光を遮断しているので日焼けの心配はない。

 問題があるとすれば、手袋が蒸れるようなことくらいであろうか。

 風通しが悪いのだ。


 家に着くと、前にある竿に肉を吊るした。

 無論足場を使って、である。

 しっかりと縄で固定し、外れないようにする。

 いくらか竿が(しな)っているが、折れることはあるまい。


 アスラは、ふう、と息を吐いた。

 これで当面の保存食となる。

 年中太陽が威張り散らすこの島では、基本的に食糧の保存が効かない。

 すぐに悪くなってしまうのである。

 特に肉などが顕著だ。

 食糧を残すことが良くないという島の風潮もあってか、保存の効く燻製などは非常に重宝されるのだ。

 いつでも気軽に肉が食えるのは大きい。



 ♢



 大海とは良くいったものだ、とアスラは思う。

 かつて現世、つまり穢土(トゥアン・カナアベ)には大地以外はなく、荒涼とした景観がひろがっていたとされる。

 空の神モア=センはそれを哀れに思い、空の一部を切り取って朝露の(しずく)のごとく下界へとたらした。

 するとその一滴(ひとしずく)は音もなく地べたへしみ込んで、大地はたちまちに青く染まり、気づけば空の色をした水の溜まりができあがったという。

 モア=セン神はときおり自慢の船で空に乗り出して、雲の飛沫を飛ばしながら、下界へと続く青い水平の門をくぐられる。

 船は神の乗り物とされ、特に晴天の日に海へと船を出すのはモア=セン神への失礼にあたると言い伝えられる。

 古き習わしにおいては、天気の良い日に漁などに出ることは、禁じられた行為でもあったのだ。

 白亜の船はいまいずこ、晴れなら空に、雨なら(ぐう)に、日本晴れなら海に浮く、という遊び歌も年寄りの〈守り人〉なら耳覚えのあるものが多い。

 今日は、やはり天界と下界が遠くで繋がっていそうなほどに晴れ渡っていた。

 時刻は、昼を過ぎようとしている。


 アスラは、ある集落跡に来ていた。

 海を臨む小さな集落だった。

 石造りの家々は、やはり傷み、風化し、時の流れに置いて行かれたようだった。

 外れに、無数の木標が並んでいる。

 大地を、緑のくさむらが豊かな河の水のごとく覆い、ながれながら生い茂る草の影に、それらは沈んでいた。

 手入れをするものがいないのだ。

 帰りに、除草をしなければならぬ、と唯一の島民となったアスラは、海を眺める横目でそれを見た。

 視線を回して返すと、陸の茶色の遠景に、逃げ水がゆらめいていた。

 空の色らしきものを地べたに映して、波が被さったばかりの砂浜のように、ぎらぎらとっている。

 アスラは、どうしてか、それをじっと見てしまった。

 ありもしない光景。

 陽炎かげろうとは、現象なのか、あるいは心から引き出された心象なのか。

 空の神の昔話から、〈空の雫〉などとも呼ばれる神秘。

 水を求めれば天恵の湧水のように感じうるが、あるいはそれ以外を求めれば、願望の形へと変じるのだろうか。

 物や、場所や、それこそ人物。

 遠く、遠く、決して触れられずとも、追いつけずとも、そこに姿を映してはくれないものだろうか。

 夢幻(むげん)の窓越しでいい。

 会いたい人がいる。

 心の底から、再び目の当たりにしたい情景がある。

 じっと陽炎を注視して、くだらない逃避をしていると、存外に時間を使っていることに気が付いた。

 アスラは、遠景から視線を切って、目的の場所へと歩き出した。

 せみが、其処そこらじゅうで鳴いている。

 地面からの太陽の照り返しは、まばゆいほどで、熱さを肌で感じるくらいに強い。

 風は穏やかで、酷くぬるかった。

 爽やかな天気であったが、物悲しい気分にさせられるのは、どうしてだろうか。


 アスラは、ある建物の中に入って行った。

 何の変哲もない、廃屋の一つだった。

 中は湿って涼しく、光量の対比の関係か、あまりに暗く見えた。

 家具は古び、厚い埃がその上を覆い、空気はひどくすえて、かび臭い。

 壁はくたびれて崩れかかり、屋根から雨漏りがあるのだろう、点々と地べたに水たまりがあった。

 ただ、全てに見覚えがある。

 壁も、家具も、(くりや)も、窓も。

 一時期の昔に、暮らしたことのある家屋なのだ。

 実に、約五十年以上過去の話であった。

 考えて、アスラは思わず苦笑してしまった。

 何もかもが、歴史の中に埋もれようとしている。

 この島の存在自体を認識している連中は外界に一定数あるかもしれないが、そこに暮らしたものたちの営みのことなど、まず知るものは居ないだろう。

 誰が想像できるだろうか。

 このさびれ果てた村落に、確かに人が暮らし、思い思いの日々を過ごしていたことを。

 何もかもが、衰滅すいめつしてしまった。

 この島自体が、大きな墓となってしまった。

 守り人という、民俗そのものの墓標である。


 アスラは、目を閉じて黙祷もくとうした。

 ここに、同居をしていたものがある。

 同年ほどの、少女であった。

 彼女は、いつも笑っていた。

 楽しくて仕方がないように、常に笑顔をたたえて、何もかもを邪心なく面白がるような人だった。

 武術はあまり好かず、差別は肌に合わず、よく寝て、よく食べて、健全に身体を動かすのが好ましいという、善良で朴訥な人柄だった。

 戦士の島に、およそ似つかわしくない人種である。 

 そうして、彼女と、一体、幾つの果たされない約束をしたのだろう。

 明日があると、次があると、漫然とちぎったのだろう。

 ただ、最後の約束だけは、鮮明に憶えている。

 それを成すために、それだけを叶えるために、アスラは日々を過ごしてきた。

 贖罪などという、生易なまやさしいものではない。

 それは、遺言であり、祈願であり、導きであり、慈愛であり、恋慕であり、また、呪詛であった。 


 アスラは、この家に来るたび、霊碑に参拝するたびに己を戒めた。

 なるほど、島では一等の戦士となった。

 剣士として、それなりに武名が通り、方々から尊敬を集めた。

 いくさでも、幸か不幸か、数多くの殊勲らしきものを立てることが叶った。

 心の隅で、かすかに自尊心が姿を持ち始め、自己をはやし立てようとする。

 よくやっているのではないか。

 存外に大したものだ。

 そのようなことを耳打ちし、自惚うぬぼれれてもいい、尊大に振る舞ってもいい、お前にはそれだけの能力がある、と蠱惑こわくするように言葉を紡いでくる。

 しかし、この場所に来ると、その小さな慢心の影は、冷たい水ですすがれるように消えて失せた。

 その一抹の思い上がりの心でさえも、どこかで知っていた。

 小さな木片が手のひらに深く刺さったときのような、鈍く、鋭く、みるような痛みを、必ず覚える。

 アスラ・カルナは、(しっ)した。

 決定的な失態(しったい)を演じた。

 つまりもしない、木偶(でく)の坊なのだ。


 要事に能力を発揮できぬのであれば、問題を解決できぬようであれば、それは疑いようのない愚図ぐずである。

 そのために、きっと剣があった。

 技も磨いていた。

 辛苦に身を投じた。

 しかし、成らなかった。

 才能なのか、鍛錬なのか、運なのか、あるいはその全てが、まったく不足していた。

 あの場で、あの白昼の悪夢で。

 何が最善だったのか、今になってさえ分からない。

 歳を重ねれば多少は(さか)しくなると思ったが、そんなことは微塵もない。

 いつだって、アスラ・カルナは愚かだった。

 事実、当然とそれは手からこぼれて落ちた。

 我ながら、欲は少なく、こだわりも薄く、大切なものも多くは無かった。

 ゆえに、ただの一つも取り落としてはならなかったのだ。

 それらは、アスラ・カルナの、一握りの宝物ほうもつだったのに。


 森羅万象、この世に生きとし生ける命の盛衰は、死の神であり、戦の神であられる、パブ=ダ神の手の中にあるものだ。

 右手に持つものは、一振りのへしまがったような鎌剣マルジャ・イフォ

 無二の神剣であり、魔剣である。

 穢土トゥエン・カナァベ、つまり現世にある命の灯を、浄土ルア・ヘナートへと、ひと薙ぎのもとに送り出す力を持つ。

 左手には、黄金のはすを握り、穢土でけがれた魂を、その光のはなの洗礼によって、取り払い、浄化する。

 戦の神であられるが、鎧は身に着けず、光り輝く衣のみを身にまとう。

 しかし、その高貴なる聖布は、ありとあらゆる害意をはねつける絶対の鎧であるという。

 脚絆は、これもまた静謐な燐光をはなつ神器であり、この世界のどこへでも一足に飛ぶことができる。

 その血肉は光の結晶のように尊く耀かがやくもので、一片の不純すらなく、死の神の側面も持ちながら、無尽の再生と、永遠なる栄華の象徴ともされる。

 無敵の神であり、戦士の父であり、この島の民が、精霊の樹と共に崇拝する大いなる存在でもある。


 神は、往々(おうおう)にして理不尽なものである。

 強きものを勇者として生かそうとし、劣ったものを慈悲なく排斥しようとする。

 そうして、この世を篩別しべつしてきたのだ。

 強者のみが残れば、その中の上澄みは、さらなる偉人となる。

 優れたるもの、秀でたるもの、先んじたるもの、それらを穢土トゥエン・カナァベで競い合わせ、選りすぐる。

 蟲毒こどくの皿に、おぞましい猛毒の虫を放つように。

 比べ合いはしだいにいさかいへと変遷し、やがて殺し合いになる。

 まことに愚かなことながら、それが人間のさがというもの。

 余裕のあるうちは弱者にも手を差し伸べるが、いよいよとなれば、弱肉強食の縮図がそこにあらわれ、容赦なく簒奪さんだつし、犯し、己がかてにせんとする。

 それは、ほかならぬ神の御意思ごいしであり、この世を崇高な領域へと運ぶ、その見えざる過程のひとかけらの布石でしかない。

 ただ、恐ろしく、抗いがたく、救いようがない。

 人の力では、どだい盾つくことのできないものだ。


 パブ=ダ神に、かつての慈しみや、深い憐憫れんびんの情は無い。

 もとは人であったパブ=ダ神は、神に召し抱えられるうえで、心を千切っててねばならなかった。

 浄土ルア・ヘナートに、人の心は持ってはいけない。

 そこには、安寧以外のものがあってはならない。

 卑しい感情や、哀しい思いや、怒りなどの不浄を間違っても入れてはならないのだ。

 ゆえにパブ=ダ神は、心を穢土トゥエン・カナァベに置いて、天へと昇った。

 そして、神霊として純白なる意思のもとに鎌剣を振るい出した。

 哀楽あいらくなどなく、むろん喜怒きどもなく、愛はなく、欲は無く、はない。

 心の代わりには、久遠くおんの平穏と落ち着きが、そこに収まっている。

 下界の励振れいしんこそが、無二の神務しんむであり、パブ=ダ神のことわりなのだ。

 死は手段でしかなく、滅びは経過でしかなく、終焉は開闢(かいびゃく)への聯絡(れんらく)でしかない。

 恐ろしき神である。

 無慈悲なる観測者である。


 それでも、アスラ・カルナは手向かわねばならなかった。

 命を捨ててでも大いなる意思に背き、無情の神のてのひらより、それを勝ち取らねばならなかった。

 この運命は、この定めだけは、腑に落ちようがない。

 およそ、あの人が辿って良い末路ではない。

 筆舌に尽くしがたい理不尽などいくらでも味わったが、このことだけは、彼女のなれのはてだけは、決してゆるさない。

 まことに、まことに優しい人だった。

 何かに、誰かに、献身ができる人だった。

 この悪辣な世を生きるには、温かすぎるひとだった。

 彼女が居なければ、『アスラ・カルナ』はこの世に存在しない。

 他でもない、あの人が『アスラ・カルナ』を見初みそめて育んで、荒涼とした道行みちゆきに、明るい道しるべを立てたのだ。


 アスラは、祈りを終え、薄暗い地べたに敷かれた絨毯を見た。 

 赤い絨毯だった。

 日焼けし、踏み荒らされ、至る所がほつれ、美しかった細工の模様も、くすんで色褪せ、橙とも黄色ともつかぬ薄汚れた色合いになっている。

 虫の死骸や、枯れた葉がいくつか転がっていた。

 アスラはおもむろに、口を噤んだまま、膝を折って、それを手で払った。

 積もった埃が、かすかに舞い上がった。

 鼻の奥が、いがいがとする。

 手を見れば、手甲が灰色がかり、埃の膜のようなものがべったりと付着していた。

 アスラはそれを凝視し、数回(まばた)きをした。

 瞳の色は相変わらず綺麗な翠色みどりいろだったが、酷くさみしげだった。


 部屋の暗闇の中から、人影が立ちあがった。

 微かに光を映す闇色の水のたまりより、あるいは陽炎(かげろう)のごとく、儚く、静かに、突然と現れたようにも見えた。

 それは、(あわ)く、質量をもっていない。

 アスラの記憶の中から、その虚像は浮かび上がったのだ。

 少女である。

 髪の色は明るく、利発そうな面立ちで、四肢はのびやかに長く、背も高い。

 食事の準備でもしているのか、かまどの中や、その上の鍋を交互に見ている。

 アスラは、静かに歩み寄って、古ぼけた鍋の中身を見た。

 からだった。

 竈の中にも、火は無く、薪の一本だって入っていない。

 記憶の少女は、何やら歌をうたいながら、美しい微笑みをたたえて、作業をしている。

 少女が、不意に振り返った。

 アスラの方を、その先にいたであろう誰かを見ていた。

 何かを呟いて、笑った。


 不思議な笑顔だった。

 記憶の中の、はるか昔の経験の残照でしかないのに、太陽のような温かさと、そよかぜのような優しさを含んでいるのがどうしてか分かってしまう。

 擦り切れるほどに思い返した記憶の中に、彼女は生きている。

 遠くなり、薄くなり、段々と不明瞭に、朧げになっていく、古い、古い思い出。

 あと、何度見返すことができるのだろうか。

 記憶の海の中を、崩れずに、とろけずに、どれほど漂ってくれるのだろうか。

 アスラは、包帯まみれの風袋で、じっとその少女を見ていた。

 思い出の幻影は、しずかに消えて行った。

 空気に溶けるように、闇に還るように、浮世に結んだ像を散らしてゆく。

 最後に、少女はもう一度だけ、アスラの方を見て明るくはにかんだ。

 アスラは全く意識をすることなく、気が付けば手を伸ばしていた。

 やがて、そこはただの薄暗い廃屋に戻った。

 アスラは、我に返ったように周囲を見回した。

 誰もいない。

 光窓から、一筋の光が注いでいた。

 宙に舞ったほこりが、白い点となってその中を泳いでいる。

 蝉の鳴き声が、嫌に大きく聞こえた。


 アスラは、少しして家を出た。

 暗い屋内から、青空のもとに出たことで、光が眩しかった。

 家の脇に、壺が置かれている。

 元は果物を漬ける壺だが、今は雨水が溜まっているらしく、空の色を水鏡に写し取って、青い水面みなもを一面にはっている。

 そのすぐ下に、欠けたびんが落ちていた。

 壁面にはひびが走り、上部は大きく欠損して、あまり使い物にならなそうだった。

 アスラは、その瓶を手に取った。

 横たわって落ちていたからなのか、地面に接していたらしい側面以外は綺麗なようだった。

 

 こびりついた土を簡単に手で落とすと、アスラはやおらに、雨水の溜まった壺へその椀を入れ込んだ。

 丹念に洗い、汚れを落とし、注意しながらその椀に水を掬った。

 幸い、ひびは深くないらしく、欠けた部分以外から水が漏れることは無さそうだった。

 アスラは、その瓶を一旦丁寧に置くと、近くの藪の中に入って行った。

 暫ししてアスラが姿をあらわすと、その手には、摘んできたらしい、色とりどりの花が携えられていた。

 アスラは再び廃屋に入った。

 細長い瓶を机の上に置くと、摘んできた花の長さなどを綺麗に整え、その中へと挿した。

 中央に大きくて鮮やかな赤い花がくるように再度バランスを整えると、アスラは立ちあがった。

 

 「また来る」


 と、それだけ言って、アスラは外の光の中へと消えた。

 埃をかぶった古い机の上に、割れた陶器の瓶がぽつんと乗っていた。

 そこにけられた花は、ときおり風にそよいで、誰とも知らぬ家主の帰りと、来客の訪問を待つのだった。


 

  

 

 

用語集


穢土トゥアン・カナァベ

現世。この世。人が住まう世界。名も無き島の信仰では苦しみや痛みが溢れる場所とされ、人に生まれることは、その辛苦の中で真なる戦士になるための試練であると言われる。


浄土(ルア・へナート)

黄泉の国。あの世。神々が住まう世界。死せる魂が行きつく場所とされ、久遠の安寧と平穏が満ちている。天の宮殿には神霊らがいまし、広大な庭の中央には静謐なる水をたたえた泉があるとされる。

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― 新着の感想 ―
前回日焼けを心配してたし新版では包帯モンスター化回避か!?とも思ったが予定調和だった
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