返答
家に帰るのが嬉しくなったのはこの二ヵ月ほどのことだ。
「ただいま!」
元気よく挨拶をしながら帰宅。
時刻はもう21時30分。
迎えてくれる君に私は言った。
「ごめんね。少し遅くなっちゃって。お腹すいたでしょ?」
君は私の問を無視する。
そんなのいつも通りだから気にもしない。
「ありゃ。食べていないじゃん。朝ごはんも、お昼ごはんも……」
すっかりやせ細った君を見てため息をつく。
「昔の君は太っていたのにねぇ。それが今じゃ……」
近づき君の頬をつつく。
もう本当。
痩せちゃって。
「前にも言ったけどさぁ。私、太っていた君も好きだったよ」
君の周りが随分と汚い。
流石にこの作業だけはちょっとだけ苦手。
だけど、これくらいは十分に許容範囲かな。
だって、君。
トイレに行きたくたっていけないしね。
「うんちどころかおしっこもほとんどしていないじゃん。まぁ、ご飯食べてないんだから当然か」
私の言葉を受けて君はようやく僅かな反応を見せた。
「いい加減、外してくれよ。これ」
じゃらりと手首に巻き付いた鎖の音が君の声を消し飛ばしてしまいそうな気がした。
今の君、昔と違ってまったく男らしくないや。
「外したらどうするつもり?」
私が問いかけると君は笑った。
その顔に私は時を失う。
「テレビのリモコンを自由にいじれるようになるな」
「……嘘つき」
本当に久々にみた笑顔。
自分の声が震えている事に私は気が付いた。
「死ぬ気でしょ。また」
君は答えなかった。
まぁ、答えないのが答えか。
二ヵ月前を思い出す。
*
『久しぶり。元気?』
半年振りにきた君からの連絡。
別に仲違いしていたわけじゃない。
ただ、社会人になったら友人とは中々連絡は取らないものだ。
異性だったら尚更。
『久しぶり! どしたの?』
『いや。元気かなって』
『どしたの。本当に』
LINEの文字だけのやり取り。
君はスタンプを使わない。
いつも通りなら。
『だ い す き』
見たこともないスタンプ。
子供向けの作品だろうか?
笑顔の熊のイラストの真下に書かれた四文字のひらがな。
『ま た ね』
今度はウサギ。
熊と兎が笑顔で手を振っている。
ただ事じゃない。
そう理解した頭はすぐに体を動かしていた。
『どしたん。本当に』
『別に』
『スタンプ買ったんだ』
『うん』
『んで、送る相手が私しかいないの』
数分置き続くやり取り。
返ってくるだけで安堵する内心。
一方で何にも気づいていないのを演出する苦慮。
人生で途方もなく長く、苦しい四十分だった。
辿り着いた君の家。
引っ越しの手伝いで一度だけお邪魔した場所。
合鍵の場所だって何となく知っていた。
「入るよ!」
言葉より早く入った室内で目にしたのは首を吊る前の君だった。
*
「それ、外すつもりないから」
自分の言葉で打ち切られる過去。
君は先ほど浮かべた笑顔はどこへやらまた口を結ぶ。
「外してほしければ前向きになって」
私は未だに君が何で自殺しようとしたのか知らない。
君が語らないから知りようもないし、語らないのを無理に聞くつもりない。
「そうじゃなきゃ、一生この生活だよ」
突き付ける言葉。
君は反応しない。
返事は戻ってこない。
私は夕食を作る。
君と私の二人分。
隣に座ってご飯を食べる。
昔、小学校の遠足で一緒に食べたみたいに。
君の方へスプーンを運べば君は諦めて口を開く。
二ヵ月前は意地でも口を開かなかったけど、今は違う。
これは君の諦め。
あるいは妥協。
「死にたきゃとっとと死ねば良かったんだよ」
私の言葉に私は泣いた。
対して、君は笑う。
「そうだな」
二度目の笑顔。
この二ヵ月間で二回目の。
「あんたが捨てたんだから。私は拾ったんだから。もうあんたのものじゃないから」
感情が上手く言葉に出来ない。
君は料理を飲みこんだ。
そして、促すように口を開けた。
「お腹すいてるんだ?」
「うん」
返ってきた言葉に私はようやく、少しだけ、ほっとした。




