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昨日の友は今日の敵、そして明日の仲間?

 アルトが閉じ込められたのは、石造りの薄暗い牢屋だった。床は湿り、カビの臭いが鼻につく。彼は隅にうずくまった。


「どうして……どうして僕だけこんなひどい目に遭うんだ……」


 アルトの希望は、王都の冷酷な衛兵によって、またしても絶望へと叩き落とされた。母の治療費、借金返済、全てが鎖に繋がれた手の届かない場所にある。牢屋の中にはアルトの他に四人の男がいたが、誰も口を開かない。その静寂の中、1つの声が響いた。


「おう、奇遇だな。お前も捕まったのか!」


 アルトはハッと顔を上げた。声をかけてきたのは、昨夜、アルトの全財産を奪い去った裏切り者トビーだった。トビーは妙に明るい顔をしていた。その姿を見た瞬間、アルトの中にあった怒り、悲しみ、そして裏切りへの絶望が全て爆発した。


「トビーッ!!!」


 アルトは獣のような叫び声を上げ、持てる力の限りを振り絞ってトビーに殴りかかった。しかし、泥底の現実を生き抜いてきたトビーはその怒りを冷静に見切る。アルトの渾身の拳は空を切り、トビーの短いカウンターがアルトの腹にめり込んだ。


「グッ……!」


 アルトは床に倒れ込み、容赦のないトビーの追撃を何度も体に受けた。同じ牢屋の男たちは止めに入るどころか、面白そうに囃し立てている。牢の外の衛兵も騒ぎを無視して、ただ立っているだけだ。


 トビーはボロボロになったアルトを見下ろして冷たい目で言い放った。


「あんなの泥底では日常だ!金のために他人を騙し、利用し、裏切る。それがなければ、泥底では生きていけねぇ。みんな泥底から抜け出すために必死なんだよ。お前は甘すぎる!」


 アルトは激しく殴られた痛みよりも、トビーの言葉が突きつけた泥底の厳しい現実に、心が抉られるような痛みを覚えた。自分は故郷での甘い認識のまま、この王都に来てしまったのだと。


 アルトは息切れしながら、トビーに尋ねた。


「お前……お前は、なんでここに居るんだ……!」


 トビーは鼻で笑い、頭を掻いた。


「俺もお前と一緒さ。騙されて借金を背負わされ、借金は増えるだけ。その借金を返すために、あの食堂の店主に頼まれて、お前を騙す手伝いをしていたのだ」


 トビーの目に、一瞬だけ、アルトと同じ諦めの色が浮かんだ。


「だが、あの店主が目を離した隙に、お前から奪った金をネコババしたら、こんなさまだ。俺も、借金まみれのただの被害者だよ、アルト」


 トビーの口から語られたのは、彼もまた、借金という名の鎖に繋がれた犠牲者だったという、泥底の深い闇だった。そして、トビーは泥底に住まう二大組織の支配構造を説明し始めた。

 

 「俺がお前から金を盗んだ食堂。あそこは新人を騙して高利貸しをする組織のフロントだ。奴らの組織名は……蠅の王ベルゼブブ。そして、俺たちハズレ職の人間が泥底で仕事を斡旋する職業案内所は『金色の蜘蛛アクネラ』に牛耳られている。この組織は宿屋や道具屋まで経営する労働支配の組織だ」


 トビーは深く息を吐き出し、諦めを込めて言い放った。


 「俺たちはこの2つの組織の手のひらで踊らされている。どの道を選んでも泥底の養分として生きるしか道はない。ここは【泥底】なんかじゃない、【泥沼】だ。一生、この粘りつく沼から抜け出すことはできないんだ」


 アルトは、あまりにも絶望的な現実に打ちひしがれながらも、声を絞り出した。


 「どうして、逃げないんだ!」


 トビーは嘲笑するように言い返した。


 「王都の衛兵は、蠅の王からも、金色の蜘蛛からも金をもらっている仲間だ。だから、お前の話なんか衛兵が聞くわけがねぇ。逃げようとしたら、衛兵はすぐに俺たちを捕まえて奴らに引き渡す」


 アルトは何も言えず、深く黙り込んでしまう。


 トビーは、他の囚人や衛兵に聞こえないよう、アルトにゆっくりと近づいた。そして、アルトに小さな声で問うた。


 「おい……お前、どこであんなきれいなペンダントを手に入れたんだ?」


 アルトはトビーが金を盗んだにもかかわらず、その正直な疑問に少し戸惑いながらも答えた。


 「あれは……ゴミ山で拾って僕が綺麗にしたんだ」


 アルトの声が少し大きくなった瞬間、トビーは慌ててアルトの口を掌で塞いだ。


 「シーッ!声が大きい!……それは、本当なのか?」


 トビーの目がギラつき、興味と欲の光が宿る。アルトは小さく頷いた。


 トビーはニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべた。


 「おい、アルト。お前……俺と組まないか?」


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