杖のありか
真っ赤な大扉が左右に開かれると、そこには外の喧騒が嘘のような、静謐で荘厳な空間が広がっていた。それは広大な謁見の間である。磨き上げられた黒大理石の床の先、一段高くなった段上には重厚な玉座が鎮座し、一人の男が深く腰掛けていた。顔を覆う不気味な黒い仮面、黒き太陽を統べる王、ヴァレリウスである。
部屋に踏み込むなり、ファビアンは糸が切れた人形のようにその場に跪き、額を床に擦り付けた。アルトは豪華な内装に目を奪われ、落ち着かずにキョロキョロと辺りを見渡していたが、ファビアンの尋常ならざる様子を見て、慌てて真似をするように膝をつき、深く頭を下げた。シュペーアーは音もなく歩みを進め、ヴァレリウスの傍らに、彫像のごとく控えた。
「顔を上げろ」
仮面の奥から、低く、重厚な声が響く。アルトは弾かれたように顔を上げたが、ファビアンは恐怖に全身を縛られ、微動だにすることすらできない。
「ファビアン、怯える必要はない。お前の裏切りなど、ワシにとっては塵ほども重要ではないのだからな」
その言葉は、慈悲ではなく純然たる拒絶だった。黒き太陽という巨大な組織にとって、ファビアンという男の忠誠も反逆も、取るに足らない些事に過ぎない。
「申し訳ありません……っ、どうか、どうかお許しください!」
ファビアンは嗚咽混じりに叫び、さらに強く地面に頭を打ち付けた。謝罪の言葉を繰り返すその姿は、ただ無残だった。
「お前など、いてもいなくてもどちらでもよい。ワシが興味があるのは、アルト、お前の方だ。ファビアン、お前は今後、アルトの協力者として精々励むがいい」
ファビアンは、自分が組織にとって罰を与える価値すらない無価値な存在であることに深いショックを受けた。しかし同時に、死の制裁を免れたという事実に、喉の奥で安堵の息を漏らした。ヴァレリウスの視線が、真っ直ぐにアルトへと向けられる。
「アルト、お前に聞きたいことがある」
アルトは今、目の前の人物に対して、言葉では言い尽くせないほどの恩義を感じていた。かつて天女の食卓で働いていたルーナが店を辞める際、法外な違約金として大金貨5枚が必要となった。その莫大な額を肩代わりし、さらにハズレ職業ゆえに行き場のなかった彼女に仕事まで用意してくれたのが、このヴァレリウスだったのだ。
いつか必ずお礼を言いたいと願いながら、決して会うことの叶わなかった恩人。アルトは溢れる想いをそのまま言葉に乗せた。
「ヴァレリウス様、ルーナさんを救っていただき、本当にありがとうございます! 借りたお金は、僕が必ず、一生かかってでもお返しします。本当に……本当にありがとうございました!」
アルトが深々と頭を下げると、ヴァレリウスは興味なさそうに、僅かに手を振った。
「気にするな。それよりも大事な話だ。お前はゴミ山で杖の捜索をしていたが、結局、目当てのものは見つけられなかったのだな?」
アルトは、自分が探していたのが単なる杖ではなく、伝説の原初の王笏であることなど、まだ知る由もなかった。
「はい。何本も杖を見つけて修復しましたが、どれも探していると言われた特徴とは違いました……」
「そうか」
ヴァレリウスは短く応じると、不意に傍らのファビアンを鋭い眼光で射抜いた。
「貴様、ワシに隠し事はしていないだろうな?」
その問いは、ヴァレリウスが持つ先導者のスキルの影響下にある2人にとって、絶対的な命令に等しかった。恐怖に支配されたファビアンも、心からの崇敬を抱くアルトも、この男の前で嘘をつくことなど不可能だった。
「も、もちろんです! 隠し事など、決して……!」
ファビアンが震えながら答えるのを確認し、ヴァレリウスは再びアルトに問いを戻した。
「わかった。ではアルト、質問を変えよう。……トビーが生きていた頃、杖を見つけていたか?」
アルトは記憶を辿り、思い当たった節を口にした。
「はい。あの頃は10本以上の杖を修復したと思います。……あ、そう言えば、トビーが1本だけ、『これはとてつもなく凄い杖だ』と言って、すごく喜んでいたことがありました」
仮面の奥の瞳が、僅かに細められた。




