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ハズレ職業【フリーター】を授かった少年アルト、王都で騙されて多額の借金を背負う。しかし、修復スキルでガラクタを綺麗にして売りさばいて最下層の泥底から成り上がる!  作者: 月曜日の憂鬱
ファビアン編

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絶望の淵

 かつて泥底と呼ばれたその場所は、今や希望の地(ホフヌングス・ラント)と名を変え、王家の管理下となっていた。しかし、規制線が張られ、王国騎士団(ライヒス・リッター)が鋭い目を光らせるゴミ山の前で、1人、魂が抜けたように立ち尽くす男がいた。


 ファビアンである。


 ゴミ山への立ち入りが禁じられたことは、単なる失職を意味しない。ゴミ山のどこかに眠るはずの原初の王笏(セプトルム・プリムム)を独占し、己の野心を果たすという道が、事実上断たれたことを意味していた。


 「……はは、終わりだ……。なにもかも、終わりだ……」


 焦点の合わない目で、無慈悲に引き直された境界線を眺める。彼の野望は、国家という巨大な壁の前に脆くも崩れ去っていた。そこへ、軽い足取りと共に明るい声が響く。


 「ファビアンさん! お疲れ様です!」


 やってきたのはアルトだった。今日はルーナに会う約束の日。この1週間、ゴミ山の仕事は止まっていたが、ファビアンとの約束通り、1日につき小金貨2枚という破格の報酬は支払われ続けていた。仕事もせずに大金を得ているアルトは、上機嫌そのものだった。


 「ファビアンさん、今日からゴミ山の仕事、再開できそうですか?」


 無邪気に問いかけるアルトの声に、ファビアンはようやく我に返った。ゆっくりと首を巡らせる彼の目は、死人のように濁っている。


 「……もう、終わりだ。ゴミ山は国の管轄になった」


 「え? 黄金の蜘蛛の管轄から国の管轄に変わっただけですよね? 待遇が良くなりそうで、むしろ良かったじゃないですか」


 アルトは事の重大さを全く理解していなかった。国の管理=ホワイトな職場、という程度の認識しかないアルトの呑気な答えに、ファビアンは怒る気力すら湧かない。


 「アルト……もう、勝手にゴミを持ち出すことは許されないんだ。それがどういう意味か、分かるか?」


 淡々と、だが突き放すようなファビアンの言葉。アルトの笑顔が、少しずつ凍りついていく。


 「え……? それって、僕の仕事が……なくなるってことですか?」


 アルトは、ゴミ山から拾い上げたガラクタを新品同様に修復することで、普通ではあり得ない報酬を得ていた。ゴミ山への立ち入り、そして持ち出しが禁止されることは、彼にとっての生命線を絶たれることに他ならない。


 「ファ……ファビアンさん、僕はどうしたら良いんですか……!?」


 ようやく自分が崖っぷちに立たされていることに気づき、アルトの顔から血の気が引いていく。2人は、冷たい鉄条網に囲まれたゴミ山を前に、共に絶望の淵へと沈んでいった。


 その時だった。


 「お2人共、ボスがお呼びです。一緒に来てくれませんか」


 背後から、静かに、だが逃げ場を塞ぐような声がした。影のようにそこに立っていたのは、ヴァレリウスの側近、シュペーアーだった。その声を聞いた瞬間、ファビアンの全身が激しく震え出した。黒き太陽(ソル・ニゲル)を裏切り、原初の王笏(セプトルム・プリムム)を独占しようとした己の裏工作。それがボスに筒抜けであったことを悟り、彼の顔面は蒼白を通り越し、土気色へと変わる。逃れられぬ死の予感に、ファビアンはその場に膝をつき、恐怖のあまり失禁していた。一方のアルトは、まだ状況が飲み込めていない。ただ、逆らってはいけない威圧感に気圧され、震える唇で小さく呟いた。


「……はい……」




 シュペーアーの冷徹な先導により、ファビアンとアルトの2人は、王都の高級住宅街にあるヴァレリウスが所有する別邸へと連行された。敷地内へ足を踏み入れると、手入れの行き届いた庭園の奥に、威容を誇る3つの館が姿を現す。かつてファビアンがアルトの修復した天使像を持ち込み、バルカスを驚愕させたのは、琥珀色の瓦が特徴的な西館は質実剛健な倉庫棟であった。しかし今日、シュペーアーが2人を導くのはそこではない。


 彼らが向かうのは、中央に鎮座する白亜の本館。最高級の白大理石で築かれた5層の楼閣は、陽光を反射して神々しいまでの輝きを放っている。その壁面に施された精緻なレリーフは、一貴族の別邸という枠を超え、小規模な王城のごとき圧倒的な圧迫感をもって2人を迎え入れた。


 本館の正面には、見事なバラの彫刻が施された巨大な2枚扉が待ち構えていた。シュペーアーが音もなくその扉を開くと、目の前には広大なホールが広がった。


 「うわぁ……すごい……!」


 アルトは思わず感嘆の声を漏らした。磨き抜かれた床、高い天井から注ぐ光、そして何より目を引くのは、ホール中央にそびえ立つ真っ赤な螺旋階段だ。この世のものとは思えない豪華絢爛な光景に、胸を高鳴らせていた。しかし、その隣を歩くファビアンに、もはや景色を愛でる余裕など微塵もなかった。足元は恐怖による失禁で汚れ、震える膝を無理やり動かして1歩1歩を進めている。その瞳からは完全に生気が失われ、焦点の合わない死んだ目で、ただ無慈悲に続く赤い階段を見上げていた。彼にとってこの美しい階段は、処刑台へと続く道に他ならなかった。


 1段、また1段と、赤い絨毯が敷かれた階段を上っていく。3層、4層と上がるにつれ、建物の静寂は深まり、空気はより冷たく、重くなっていく。ついに3人は、最上階である5階へと到達した。そこは、目に刺さるような深い赤の絨毯が一面に敷き詰められた、静謐なるフロアであった。廊下の突き当たり、中央に鎮座するのは、血のように鮮やかな真っ赤な大扉。


 シュペーアーの手が、その扉へとかけられる。重厚な蝶番が軋む音すら立てず、ゆっくりと扉が開かれた。


 「中へ」


 シュペーアーの短い促しと共に、2人はその深淵の中へと足を踏み入れた。


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