希望の地
「ククク……ハハハ! 黒き太陽と泥底の関係性は、昨日をもって消滅した。もう、アイツらを助ける義理はない」
フォルセは椅子を揺らし、愉快そうに笑った。泥底を支配する黄金の蜘蛛アクネラや、蝿の王ベルゼブブが黒き太陽へ巨額の上納金を収めていたのは、国の介入をヴァレリウスの権力で防ぐための保護料でもあった。
表向き、ヴァレリウスは王家を追放された身でありながら、公爵位を保持し、レア職業先導者の力で王都の闇を統べる闇の王として君臨している。だが、その真実を知る者は極めて少ない。本物のヴァレリウスは、かつて国王陛下自らの手で処分され、四肢と声帯を失った生きた肉塊に成り果てている。今のヴァレリウスは、その虚像に成り代わった何者かなのだ。
国王陛下は、兄が闇で力を蓄えていることに深い懸念を抱いていた。だからこそ、トビーの密告を絶好の好機と断じたのである。これは、国王陛下から、闇に潜む兄への警告でもあった。
「ファビアンは良い仕事をしました。泥底の幹部会が決裂した今、私たちが手を汚す必要はありません」
シュペーアーが淡々と告げる。
「トビーの復讐など、全てヴァレリウス様の想定内です。この混乱に乗じて、私は警備の手薄となった王城へ潜入して参ります」
トビーが命を懸けて放った復讐の第一手さえ、真の黒幕の手のひらの上だったのかもしれない。
翌朝、泥底の空気は一変した。
「……なんだ、あの連中は!?」
住人たちが息を呑む中、泥底の入り口を白銀の軍勢が埋め尽くした。
アイゼンブラント王家の象徴、銀獅子の紋章を掲げた銀獅子騎士団。そして、その影から現れたのは、黒い外套を纏い、冷徹な眼光を放つ王立真実院銀の牙の調査官たちだった。
「これより、国王陛下の勅命に基づき、強制調査を開始する。抵抗する者は反逆罪と見なす」
非情な宣言と共に、彼らはぼったくり食堂や職業案内所、さらには隠された違法賭博場へと踏み込んでいく。建前こそ調査だが、すでにトビーの手によって経理書類や契約書の束は銀の牙に渡っている。彼らは迷うことなく、組織の幹部たちへ次々と令状を突きつけ、縛り上げていった。だが、そこにベルゼブブとアクネラの姿はない。二人は崩壊の直前、すべてを捨てて泥底から逃走していた。
わずか数時間のうちに、泥底を支配していた2大組織は事実上の消滅を遂げた。数日後、住人たちの不当な借金はすべて帳消しとなり、没収された組織の資産は強制労働を強いられていた者たちへ分配された。
「国王陛下、万歳!」
泥底に、かつてない歓喜の声が響き渡る。 1週間が経過し、この場所は国王の直轄地として再建が始まった。 忌々しい泥底という名は廃止され、新たな地名が与えられた。
【希望の地】
どん底だった場所が、明日への希望を抱ける場所へと生まれ変わった証であった。 しかし、その光り輝く街の片隅で、1人絶望に沈む男がいた。 黒き太陽を裏切り、ボルゴと密約を交わしていたファビアンである。
彼はもともと、組織の指示でゴミ山の中から杖を捜索する任務に就いていた。しかし、その過程で彼は気づいてしまった。その杖の正体が、伝説の原初の王笏であることを。 その価値を知った彼は、組織に報告することなく独占しようと企み、ボルゴを抱き込んで、秘密裏に原初の王笏を手中に収める準備を進めていたのだ。
またしても、トビーにより計画が崩壊した。
王家の電撃的な介入により、泥底の全機能は一週間停止。組織は解体され、ボルゴも捕縛された。何より、泥底が国王の厳重な管理下に置かれた今、ゴミ山の管理が厳しくなったのだ。
「……なぜだ、こんなはずでは……! 」
自身の再起を懸けた、最高級の切り札。 自らの野心のために組織を裏切った報いは、皮肉にも、トビーの復讐劇に飲み込まれ、ゴミ山に眠る原初の王笏への道を遠のいたのであった。




