盲点
ここ泥底は、黄金の蜘蛛と蝿の王の絶対的な縄張りだ。いくら王都の闇を支配する黒き太陽といえども、他組織のシマで仁義を切らずに自由勝手に振る舞うことは許されない。裏社会の掟は、時に王国の法よりも重く、厳しい。
ボルゴの鬼のような形相を見たファビアンは、バツが悪そうな顔をして、ゆっくりとボルゴに歩み寄った。
「……ボルゴ、勝手にお前たちのシマを荒らしたことは謝罪しよう。本当にすまない」
ファビアンはプライドを押し殺し、深々と頭を下げた。
「だが、私にも緊急の用事があるのだ。これで手を打ってくれ。これで見逃してくれないか」
ファビアンは懐から中金貨6枚を取り出し、金での解決を図った。泥底での平均月収は銀貨6枚だ。中金貨6枚とはその100倍となるのだ。しかし、ボルゴはそれを乱暴にひったくると、さらに凄みを利かせて睨みつけた。
「いいだろう。この中金貨6枚は、俺たちの庭を荒らした詫び代として受け取っておく」
ボルゴは懐に金をしまうと、親指で出口を指した。
「だが、今すぐにお前はここを立ち去れ」
「えっ……!?」
ボルゴは、ゴミ山を勝手に漁ったことや、労働者を金で釣って作業を止めたことへの賠償は受け入れた。しかし、これ以上ファビアンがここに滞在することは認めなかったのだ。
「待ってくれ、お願いだ! 朝まででいい! ゴミ山と作業員を使わせてくれ!」
ファビアンはなりふり構わずボルゴに懇願した。ここで引けば、リヒターへの報告期限に間に合わない。それは死を意味する。しかし、ボルゴはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「ダ~メだ。これ以上、杖の探索はさせねぇ」
ファビアンは息を呑んだ。杖を探していることに気づかれている。
「聞いたぜ、お前ら。血眼になって杖を探しているようだな。腐っても黒き太陽の役職もちが、こんな派手に金を使ってまで探しているということは、よほど貴重な杖がこのゴミ山にあるってことだ」
ボルゴはファビアンの顔を覗き込み、残酷な宣告を突きつける。
「それがわかっているのに、これ以上探索なんてさせるわけねぇだろ? だが、安心しろ、明日から黄金の蜘蛛が、お前に代わって杖の捜索をしてやるぜ」
横取りだ。ファビアンが必死に探していた宝を、情報だけ抜き取って自分たちのものにする気だ。ボルゴはニタニタと笑い、ファビアンを挑発する。
ファビアンの額から、タラタラと脂汗が流れ落ちた。完全に詰んだ。このままでは全てを失う。
「ボルゴさん……お願いします……っ!」
ファビアンはその場に膝をつき、額を地面に擦り付けた。
「杖を探させてください……どうか、どうかお願いします……!!」
土下座。男爵家の息子が、ゴロツキの前で這いつくばる屈辱の姿。ボルゴはその姿を見て、楽しげに大笑いした。
「ガハハハハハ! 傑作だ! そんなにも大事な杖なんだな! それなら余計に探させはしないぞ!」
ボルゴは愉悦に浸りながら、ある記憶を呼び起こしていた。
「その杖はかなり価値があるのか?いや……もしかして、あの伝説の杖がこのゴミ山にあるのか……?」
ボルゴは幼い頃、親から聞かされたお伽噺を思い出していた。初代国王が建国に使ったという、強大な力を持つ秘宝原初の王笏。誰もが作り話だと思い、信じる者などいなかった伝説。
「ガハハハハハ! もしも、あの杖があるなら、こいつは革命的だ! あの杖を手にした者が、この国の天下を取るぞ!」
ボルゴの言葉を聞いた瞬間、ファビアンの脳内でスパークが走った。
(子供の頃に読んだ……建国の杖……!)
ファビアンもまた、その伝説を知っていた。そして、リヒターが自分に探させている杖が、まさにその原初の王笏そのものであると、今ようやく理解したのだ。
(俺は……なんて恐ろしいものを探していたんだ。そして、それをこいつに悟られてしまった……!)
ファビアンは自らの大失態に絶望を感じた。しかし、その絶望の淵で、ファビアンの頭脳が、ある一点に気づいた。ボルゴは杖がここにあることには気づいた。だが、大事なことを理解していない。そう、アルトの修復スキルがないと、杖を見つけてもただのゴミでしかないのだ。
ファビアンは、土下座をして顔を伏せたまま、ニヤリと悪魔的な笑みを浮かべた。




