タイムリミット
リヒターから3日間の猶予という事実上の死刑宣告を受けたファビアンに、もはや躊躇う時間など残されていなかった。彼は自身の裁量で動かせる末端の構成員20名を引き連れてゴミ山へと到着した。その表情は鬼気迫るもので、いつもの気取った態度は微塵もない。ファビアンは、ゴミの山をかき分けているアルトを見つけると、大声で叫んだ。
「アルト! ガラクタ集めは一旦中止だ! 今すぐに杖探しを最優先しろ!!」
血相を変えて怒鳴り込んで来たファビアンを見て、アルトもただ事ではないと察した。アルトにとって、この杖を見つけることは絶対の使命だ。 彼は、ルーナを|ティッシュ・ヒメルスフェー《天女の食卓》から連れ出すために、ヴァレリウスから大金貨5枚という莫大な借金をしている。その無利子貸付の条件として課せられたのが、この杖を見つけ出すことだったのだ。しかし、杖探しに専念してガラクタ集めを止めてしまえば、今日を生きるためのお金と借金を返済するお金が入ってこなくなる。
アルトは不安げな瞳でファビアンを見上げた。
「でも、ファビアンさん。杖が見つからなかったら、お金が稼げなくなるよ。僕は大金が必要なんだ……」
アルトの脳裏には、ヴァレリウスから借りている大金貨5枚の借金が重くのしかかっている。杖探しに時間を費やして、成果が出なければ、その日の収入はゼロになってしまう。それを聞いたファビアンは、焦りと苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てた。
「金か! 金ならば俺が払う! 杖が見つからなくても、1日につき小金貨を2枚出す! それで文句はないだろう!」
「えっ……小金貨2枚!?」
アルトは目を丸くした。トビーと仕事をしていた時でさえ、1日に小金貨2枚も貰えることなどなかった。それが、成果に関わらず保証されるというのだ。
「う、うん! わかった! 頑張って探すよ!」
アルトは喜んで承諾し、即座に作業に取り掛かった。
捜索初日、ファビアンと20名の部下たちは、ゴミ山を必死に漁り続けた。棒切れのような木片、折れた鉄パイプ、腐ったステッキ。少しでも杖に見えるものは片っ端から回収し、アルトの元へ運んだ。
「アルト! これを全部修復しろ! もしかしたら、汚れや破損でただの棒に見えているだけかもしれない!」
ファビアンは万が一の可能性にすがり、回収したゴミ同然の棒をすべてアルトに修復させた。修復した物の中、杖は40本あったが、ローレンツの元へ届けると、返ってきたのは冷ややかな言葉だった。
「ただの杖だね。次」
全てハズレだった。
捜索二日目、ファビアンはバルカスに頼んで、バルカスの部下を20名借り受けて、倍の40名に増やした。そして、ゴミ山をさらに広範囲に掘り返し、昨日の倍の40本の杖を見つけ出したが、それらも全て、何の変哲もないただの杖だった。
「くそっ……! なぜだ、なぜ見つからない!?」
ファビアンは極度のストレスで、一睡もできなかった。目を閉じれば、兄リヒターの冷酷な目と、「家に閉じこもって二度と出てくるな」という言葉がリフレインする。このままでは、一生、実家という名の牢獄で飼い殺しにされる。それだけは絶対に避けなければならない。
捜索三日目、運命の最終日。ファビアンの目は血走り、髪は乱れ、もはや正気ではなかった。
「……目立つな? 知ったことか!」
ファビアンは、ローレンツから受けていた「あまり目立つ行動はするな」という忠告を完全に無視した。なりふり構っていられる状況ではないのだ。彼は懐から大量の銅貨を取り出し、ゴミ山で働いている全ての労働者に向かって叫んだ。
「おい貴様ら! 手を止めろ! 今から仕事はやめて杖を探せ! 見つけた者には日当の十倍の金を払ってやる! 」
ファビアンの金に釣られ、ゴミ山で働いていた作業員が一斉に仕事の手を止めて、ファビアンのまわりに群がった。そして、総勢100人ほどの人員を確保することができた。その甲斐あって、夕方までに200本ほどの杖が見つかり、アルトが次々と修復していった。
しかし、どれも目的の杖ではなかった。
時刻は17時を回った。 西の空は血が滲んだような茜色に染まり、うず高く積まれたゴミの山に、不気味なほど長い影を落とし始めている。 美しくも残酷な夕暮れ。沈みゆく太陽は、まるでファビアンに残された希望の光が消えゆくのを、冷酷にカウントダウンしているようだった。
タイムリミットは夜中の12時ではない。明日の朝、リヒターに報告をする朝の9時までだ。ファビアンは、迫りくる夜の気配に怯えるように、狂った声で叫んだ。
「まだだ……まだ終わっていない! 諦めるないぞ!」
ファビアンは狂ったように叫んだ。
「徹夜だ! 徹夜で探すぞ! 照明を持ってこい! 報酬は弾む、死ぬ気で探せ!!」
その時だった。
『ドスッ!』
重い足音が響き、周囲の労働者たちが怯えたように道を空けた。現れたのは、巨躯の男。このゴミ山をシマとする組織【黄金の蜘蛛】の幹部、ボルゴだった。
「おい、こら」
ボルゴは太い腕を伸ばし、ファビアンの胸倉を乱暴に掴み上げた。
「ぐっ!?」
「テメェ、【黄金の蜘蛛】のシマで何勝手な真似してんだ? あぁ?」
ボルゴの威圧的な声が響き渡る。
「俺たちの労働者を好き勝手に使って、派手に騒ぎやがって……。ただで済むと思ってんじゃねぇぞ、このボケが」
ファビアンの暴走は、最悪のタイミングで、【黄金の蜘蛛】の逆鱗に触れてしまったのだった。




