絶望のゴミ山
アルトが借用書に自分の名前を書き終えた瞬間、それまで親切を装っていた店員は、仮面を剥ぎ取ったかのように大声で、勝ち誇ったような笑いを上げた。
「ガハハハハハ!バカめ!サインしたな、この間抜けが!」
店員はアルトの手から借用書を乱暴に取り上げて、書面の裏側をアルトの目の前に突きつけ、小さな文字で書かれた但し書きを、耳障りな声で読み上げた。
「よく聞け、お前の借金、元金は小金貨5枚(50万円)だが、この借用には利子が付く!それも、1日ごとに元金の1パーセント、つまり銅貨5枚(5,000円)だ」
「……銅貨5枚?」
アルトは再び全身の血の気が引くのを感じた。
銅貨5枚(5,000円)は、職業案内所で紹介される最も条件の良い仕事に一日中就いて得られる最高額の日当だ。
つまり、アルトは朝から晩まで必死に働いたとしても、その日の収入の全額が、一日分の利子として消えてしまうことになる。しかも、わずかでも返済が滞れば、利子が利子を生み、借金は雪だるま式に増えていく。
アルトの目の前には、一生かけても返済できない借金の山が見えた。母の治療費を稼ぐどころか、この泥底の借金地獄から抜け出すことさえ不可能だと悟った。
「ガハハハハ!そうだ!お前は今日から、一生涯俺に利子を払い続ける金の成る木だ!せいぜい骨のある働きっぷりを見せてくれよ!」
店員は高笑いを上げ、アルトの服を掴み、そのまま店の外へ放り投げた。
「ガキ、次は金の匂いをさせて来い!」
ガタン、と重い扉が閉まり、アルトは冷たい石畳の上に一人、転がった。外は、もうすっかり真っ暗になっていた。泥底の路地には街灯などなく、遠く王都の中心部の光が、皮肉めいたように僅かに差し込んでいるだけだ。アルトは、金も、友も、そして希望も全て失い、絶望の重さに飲み込まれた。彼は、ふらふらと、あてもなく暗闇の中を歩き出した。
アルトは意識がどこかへ飛んだまま歩き続けた。すると、アルトの目の前には、遠い故郷の山よりも巨大なゴミの山が立ちはだかっていた。夜空には、アルトの絶望をあざ笑うかのように、赤い月が不気味な光を放っている。このゴミ山から立ち上る、鼻がもげるような悪臭も、アルトの麻痺した感覚にはもはや届かない。彼の目には、涙の貯蓄もなく、乾いた瞳からは何も流れることはなかった。
アルトは、まるで夢遊病者のように、あるいは生きる屍のように、無意識にそのゴミ山を登り始めた。このゴミ山は、王都の華やかな場所から排出される、全ての廃棄物の捨て場所である。【泥底】のさらに奥、地図にさえ載らない空白地の6割を占めており、その広さは東京ドーム10個分にも及ぶ。王都の富と光の裏側にある、巨大な闇の象徴だった。
アルトは、意味もなく、目的もなく、ただひたすらにゴミ山を歩き続けた。そして、不意に、彼の足元が崩れた。ゴミが積み重なってできたくぼ地へと、アルトの体が勢いよく滑り落ちる。
『ズドン!』
地面に叩きつけられた衝撃で、アルトの意識は一気に現実へと引き戻された。
「僕は……これからどうすればいいのだろうか」
アルトは誰にともなく、絶望に満ちた声を絞り出すように呟いた。しかし、その問いに返事をする者は誰もいない。アルトは、重い体を起こし、立ち上がろうとした時、右の手に、何かが触れていることに気づいた。泥とゴミの感触の中で、彼の指先が握っていたのは、黒ずんだ金属の鎖と小さな飾りがついたペンダントだった。
アルトはそれを月の光にかざした。全体がひどく汚れていて、飾り部分のガラスらしきものも泥に覆われて光を失っている。しかし、鎖も飾りも壊れておらず、形は残っている。アルトは思わず、心の中で呟いた。
(まだ使えるのに……もったいない)
その瞬間、閃光のようにひらめきがアルトの頭を貫いた。
(これを綺麗にして、泥を落として磨けば、きっと誰かが買ってくれるんじゃないか……!?)
それは、特別な鑑定眼でも、チートスキルでもない。貧しい暮らしをしていたアルトだからこそ思いついた、【汚いものを綺麗にする】という、極めて単純な発想だった。




