兄弟
最高の才能の証と信じていた事業案は、憎むべきトビーの劣化コピーに過ぎず、自分はただの上級職止まりの凡人だと宣告されたのだ。ファビアンは、その絶望に耐えきれず、椅子に深くもたれかかった。上座から流れてきたローレンツの血で汚れたテーブルを前に、彼は死んだ魚のような目をして呆然自失となっていた。
その時、重厚な扉が唐突に開いた。
ファビアンの無様な姿を晒したままの部屋に、一陣の冷たい空気が流れ込む。扉が開いた瞬間、上座にいたローレンツは、血まみれの顔のまま笑いをピタリと止め、俊敏な動きで席を立った。そして、深々と頭を下げ、部屋に入ってきた人物へ最大の敬意を表した。
「お疲れ様です、リヒター様」
部屋に入って来たのは、7つの支配座の一人、リヒター・クレーマー・エーデルマンだった。
彼は28歳。身長180センチほどの均整の取れた背丈で、清潔感のあるダークグレーのスーツに身を包んでいる。パーマのかかった肩までの茶色の髪は優雅な雰囲気を醸し出し、鋭い青い瞳には知性と自信が満ち溢れていた。その姿はいかにも仕事ができる、成功したエリート経営者そのものの印象を与える。
リヒターは、一瞥しただけで部屋の状況を完全に把握した。血まみれのテーブルとローレンツの顔、そして下座で魂が抜けたように座り込んでいるファビアン。リヒターは涼やかな声で、丁寧にローレンツに話しかけた。
「ローレンツ君、私の愚弟が何か迷惑をかけているのかな」
「いえ、滅相もございません。どうぞ、こちらの席にお座りください」
ローレンツは、自分が座っていた上座の椅子をリヒターに譲った。リヒターが滑るようにその椅子に腰を下ろすと、ローレンツは今度は置物のように座っているファビアンの元へ移動した。ローレンツはファビアンの首根っこを掴んで椅子から乱暴に引きずり落とし、その頬を強く叩いた。
『パチン!』
ファビアンは激しい痛みと衝撃で、ハッと意識を取り戻した。
「ファビアン君、君はやっぱりヤバいよ。いくらリヒター様の弟だからといって、その態度はヤバすキングだよ」
ローレンツはファビアンの耳元でささやいた。
「七つの支配座の1人であるリヒター様が部屋に入ってきたのに、挨拶もせずに眠っているなんて、本当にヤバいよ」
兄が来た、その事実を知った瞬間、ファビアンの体はガクガクと震え出した。彼は恐る恐る視線を上げ、上座に座る兄リヒターを見た。リヒターは、冷たい青い瞳でファビアンを見下ろし、厳かに問いかけた。
「ファビアン、君は一体何をしたんだい。私に状況を説明してもらえるかな」
ファビアンは、極度の恐怖と緊張から、何も言葉を発することができずに黙り込んだ。その様子を見たローレンツが流れるような弁舌で、泥底の会議の成功から、ファビアンの事業案がトビーの模倣であったことまでを、淀みなくリヒターに説明した。リヒターは無表情で腕を組み、話を聞き終えると、深い溜息をついた。
「そうですか。そのようなことがあったのですね」
リヒターは、まるでゴミを見るような目つきで、床に膝をついているファビアンへ冷徹な言葉を投げつけた。
「ファビアン、私は何度も言ったはずだよ。君には才能はないのだと。君は私たちエーデルマン家おちこぼれだ。言ってしまえば、生まれてこなければ良かったのだよ」
その言葉は、ファビアンの心を再びズタズタに引き裂いた。
「私の弟という肩書を使って、十の歯車にまで上り詰めた卑怯な根性は認めてあげよう。でもね、それは残念ながら君の実力ではないのだよ」
リヒターは、最終宣告を下すかのように淡々と言い放った。
「もう、これ以上私たちエーデルマン家に汚名を着せるくらいならば、黒き太陽をぬけて、実家に戻ると良いよ。君は家の中に閉じこもって、これ以上迷惑をかけないでおくれよ」
「うぅぅ……」
絶望と屈辱のあまり、ファビアンは、血まみれたテーブルの下で、乾いた嗚咽を漏らすことしかできなかった。




