光と闇
「ああ。絶対に上手くいくはずだ。この事業は、俺自身が立ち上げた不死鳥の飛翔という名の新たな金脈となる」
ファビアンの強い言葉に、バルカスは体中の装飾品をジャラジャラと揺らしながら深く頷いた。バルカスもまた、この前代未聞のビジネスモデルがもたらすであろう莫大な利益を計算し、興奮を抑えきれない様子だった。
「わかった、乗ろう。この不死鳥の飛翔の立ち上げに全力で協力をしよう」
バルカスは、その名を口の中で転がすように味わい、ニヤリと笑った。
「不死鳥の飛翔……。商品は死なずに復活する。そして、新たに羽ばたいて行くということだな。俺達の事業を象徴する良き命名だ」
バルカスはその事業名に込められた価値の復活と高貴さを即座に理解し、ファビアンを称えた。そして、ギラついた瞳で続ける。
「お前の事業が成功すれば、俺たちの地位はトビーなど比べ物にならないほど上昇するだろう」
ファビアンはバルカスと視線を合わせ、力強くお互いの拳を握った。この事業の真の目的は、金銭的な利益だけではない。ファビアンが心底望むのは、組織内での地位の向上、そして誰しもを自由に扱える絶対的な権力だ。
彼らが所属する巨大犯罪組織【黒き太陽】は、首領ヴァレリウスを頂点とし、その組織構造は、王国の官僚機構にも匹敵するほど厳格かつ複雑な階層に分かれている。
最も別格とされるのは、組織の核である枢機府に属する者たちだ。
ヴァレリウスを両脇から支える【双頭の鷲】と呼ばれる左右の腕、そして、組織の意思決定を担う【7つの支配座】がこれにあたる。彼らは文字通り、王国の闇を支配する神の領域にいる。
その下にあるのが、実務と指揮を担う執行階級だ。
ファビアンとバルカスが現在属するのは、この執行階級の最下層である【十の歯車】だった。彼らは組織を動かす歯車であり、各事業部門の最前線で利益を回収する役割を担う幹部候補である。
【十の歯車】の上には、トビーが所属していた【7つの柱】という、より専門的で重要な実務を担当する階層が存在する。そして、その上には支配座の直属の付き人である【支配座の影】がいる。
ファビアンにとって、トビーが到達した【7つの柱】という地位は、決して許せない屈辱の象徴だった。彼は経営士という高度な職業を持つにもかかわらず、トビーよりも下のポジションにいることは耐えがたい屈辱であった。
不死鳥の飛翔は、この【十の歯車】から【7つの柱】を一気に飛び越え、枢機府の領域に片足を突っ込むための、唯一無二の手段になりうると考えていた。
「俺はこの事業案を持って、東館へ行ってくるぜ」
ファビアンが告げると、バルカスはニヤリと笑い、ファビアンの背中を叩くように言った。
「ああ。俺達の野望、お前に託したぜ」
ファビアンは頷き、期待と緊張を胸に西館を出て、東館へと歩を進めた。本館の東側に控えるその建物は、かつて使用人たちが起居していた場所だ。白亜の本館の華やかさを引き立てるように、屋根は落ち着いた青鈍色のスレートで葺かれ、白漆喰の壁とのコントラストが静謐な美しさを醸し出している三層の洋館だ。
ファビアンは、東館の扉の前に立った。 重厚な木製の扉には、周囲の威圧感とは不釣り合いなほどの清らかさと鮮烈な美しさを放つ、蓮の花の彫刻が、精緻に刻み込まれている。それは美しいが、どこかこの組織の底知れなさを暗示しているようにも見えた。
ファビアンは大きく深呼吸をした。武者震いか、あるいは恐怖か。震える手でノブを握り、ゆっくりと扉を開いた。
『ギィィ……』
東館の1階は大きなホールになっていた。窓という窓は分厚い真っ黒なカーテンで閉め切られており、内部は昼間にもかかわらず闇に包まれていた。ファビアンが一歩足を踏み入れると、カツンという靴音に反応するかのように、パッ、パッ、パッ、と3つの明かりが灯った。
1つは、2階へと続く階段を照らす明かり。残りの2つは、ホールの左右にある扉をそれぞれ照らす明かりだ。ホールには家具1つなく、ただ静寂だけが支配している。ファビアンは迷わず、左側の扉へと向かい、そのノブを回した。
そこは、かつて食堂として使われていた広大な部屋だった。この部屋もまた、窓は漆黒のカーテンで完全に閉ざされている。部屋の中央には、奥行き20メートルはあろうかという、長大な長方形のテーブルが鎮座していた。
そのテーブルは異様だった。
ファビアンが立っている入り口付近、すなわち下座に近い部分は、塗装が剥げ、木が腐りかけたように汚く朽ちている。しかし、部屋の奥、すなわち上座に行くにつれて材質が滑らかになり、最奥部はまるでダイヤモンドのように白く怪しい光沢を放っていた。
ファビアンが部屋の中に足を踏み入れると、その格差を決定づけるように照明が点灯した。
部屋の最奥、上座の席には、天界の威光を思わせるような神々しい光が降り注ぎ、その場の支配者の座を白く輝かせた。一方、入り口に立つファビアンの頭上には、煤けたガラスの薄汚いランプが灯り、頼りなく揺れる小さな光を落とした。光と闇、美と醜。その明確すぎる待遇の差が、この組織における絶対的な階級差を無言のうちに突きつけていた。




