鑑定眼
ファビアンは、ヴァレリウスの別邸の敷地へと足を踏み入れた。
手入れの行き届いた広大な庭園の奥には、それぞれ異なる役割を持つ3つの館が、静寂の中で威容を誇っている。中央に鎮座するのは、白亜の本館だ。最高級の白大理石で築かれた5層の楼閣は、陽光を浴びて眩いほどの輝きを放ち、壁面に施された精緻なレリーフは、まるで小規模な王城のごとき気品と圧倒的な存在感を漂わせている。その東側に控えるのは、かつて使用人たちが起居した東館である。本館の華やかさを引き立てるように、屋根は落ち着いた青鈍色のスレートで葺かれ、白漆喰の壁とのコントラストが静謐な美しさを醸し出す3層の洋館だ。そして、反対の西側に位置するのが、ファビアンが向かう西館だ。倉庫としての堅牢さを重視したこの2層の建物は、琥珀色の焼き瓦と、風雪に耐えた重厚な石積みの外壁が特徴的だ。かつては武具や備蓄品を保管していた場所であり、華美な装飾こそないものの、質実剛健な佇まいが歴史の重みを感じさせる。
ファビアンは、アルトの修復品が入った革袋を抱え、荷物の搬入口に近い西館へと向かった。
西館の1階は、現在も古びた武具や高級家具が眠る倉庫として使われているが、奥には商談に使われる個室が2つだけ設けられている。ファビアンはその1つ、組織の買い付け・売却の交渉担当者が打ち合わせに使う部屋へと入った。部屋の作りは質素だが、埃1つない清潔さが保たれており、中央には最高級の革張りの椅子と、鏡面のように磨き上げられた黒檀の円卓が置かれている。円卓の向かいには、すでに交渉を担当する男が座っていた。
名はバルカス。 まるまると太った小柄な体躯で、30代くらいに見える。身なりは良いが、色彩の派手な上着を纏い、指先には巨大な宝石のついた指輪、両手首には黄金の腕輪をこれ見よがしに身につけている典型的な成金趣味の男だ。
彼は上級職である豪商であり、組織の買い付け責任者の1 人である。バルカスは、トビーが処理していた泥底の物品を自分が引き継がねばならないことに不満を持っており、ファビアンを見るなり、顔をしかめて面倒くさそうに尋ねた。
「おいファビアン。どうだ、ちょっとはマシな品はあったのか? トビーがしていたゴミ仕事を押し付けられるのは勘弁してほしいんだがな」
トビーの亡き後も、彼と比較されることに苛立ちを覚えるファビアンだったが、今回はそれどころではなかった。彼は真剣な面持ちでバルカスを見つめた。
「バルカス、驚くなよ」
ファビアンのいつになく真剣な顔を見て、バルカスは少し驚き、腕の装飾品をカチャリと鳴らした。
「どうした、お前がそんな顔をするなんて珍しいな」
「聞いて驚くなよ。トビーが飼いならしてアルトが修復した品は、単に修繕されているのではない。新品同様の輝きを取り戻しているんだ。おそらく、あれが新品だと嘘をついても、誰も気づきはしないだろう」
バルカスは鼻で笑った。
「なんだと……。そんなわけあるか! それはレア職業の【再生士】の範疇だぞ」
レア職業【再生士】とは、あらゆる壊れた品物(作られた品物に限る)を、新品同様に、完全に再生させることのできる極めて希少な職業だ。人間や植物など自然界にあるものは再生できないが、その能力はあらゆる製造業界では神にも等しいとされていた。
「現物を見ればわかるぞ」
ファビアンは、アルトが修復した品々が入った革袋をテーブル脇に置き、その中から1つだけ、欠片から完璧に修繕された天使像の彫刻を取り出し、円卓に置いた。バルカスは、半信半疑ながらも豪商としての自慢の鑑定眼でその天使像を鑑定した。
「そんなわけ……ないだろ!」
バルカスの顔から血の気が引いた。彼は円卓を叩きそうになるほど驚愕し、何度も鑑定をやり直した。ファビアンは、バルカスの普段見せない取り乱した顔を見て、満足げに言った。
「すごいだろ、アイツの修復は」
バルカスは血相を変えて答えた。
「すごいという言葉で形容できるレベルじゃない。この品は……俺の鑑定眼を欺いてやがる!」
「どういうことだ」
ファビアンは尋ねた。
「俺の鑑定眼は、その品の材質、造形美、作られた年代、そして修復歴などを解析して、その品の評価をしてくれる。だが、この彫刻は修復歴が一切なしとなっているのだ!」
ファビアンは驚愕した。彼自身、完璧な修復だとは感じていたが、まさか鑑定眼すら欺くレベルだとは夢にも思わなかった。
「嘘だろ。アルトはハズレ職業のフリーターだぞ。そんなことありえないだろう」
「俺の鑑定眼を欺くのは、たとえレア職業の再生士でも無理だ。奴は本当にフリーターなのか?」
バルカスは信じることができない。
「神殿に確認済みだ。アルトは外れ職業のフリーターで間違いない」
ファビアンはアルトのことを下調べしていた。
「そうか……。それは、すごい逸材を手に入れたようだな」
バルカスは、トビーの残したゴミ仕事への不満を忘れ、規格外の逸材の出現に、金に汚い男ならではの満足げな笑みを浮かべた。




