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ハズレ職業【フリーター】を授かった少年アルト、王都で騙されて多額の借金を背負う。しかし、修復スキルでガラクタを綺麗にして売りさばいて最下層の泥底から成り上がる!  作者: 月曜日の憂鬱
ファビアン編

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トビーの幻影

 ナーデルが退室した後、部屋には巨漢のボルゴとファビアンだけが残された。ボルゴはソファに深く沈み込んだまま、ファビアンを品定めするようにじっと見つめていた。その表情には、先ほどのナーデルのような駆け引きの熱はなく、氷のような静かな怒りが満ちていた。やがて、ボルゴは低い声で口を開いた。


 「ヴァレリウス様は、なぜ、お前のような小者をよこしたのだ」


 その言葉は静かであったが、一言一言に冷徹な圧力が込められていた。


 「俺たち黄金の蜘蛛は、ヴァレリウス様へ逆らうつもりなど毛頭ない。しかし、この泥底における最高幹部会に、お前のような格下の者をよこすことは、黄金の蜘蛛全体に対する冒涜だと受け取るぞ」


 ボルゴは、自身とファビアンの間に存在する埋めがたい地位の差を突きつけ、静かながらも絶対的な怒りを表明した。ファビアンは、その言葉に顔の奥がカッと熱くなるのを感じたが、即座に感情を制御した。ここで怒りを露わにすれば、ヴァレリウスの威厳に泥を塗ることになる。ファビアンは慎重に言葉を選びながら、ボルゴを睨み返した。


 「本来なら、ヴァレリウス様を支える7つの支配座(セプテム・ソリア)の1人、リヒター様が来られる予定だったのですが」


 ファビアンは、ヴァレリウスの名を持ち出すことで、この交渉の重要性を主張した。リヒターとは、話術士の上位互換であるレア職業【交渉人】を持つ、ヴァレリウスを頂点とする組織黒き太陽(ソル・ニゲル)の幹部クラスの男だ。


 「しかし、急な要件が入ったとのことで、私が急遽、要件を伝えに来たのです。私の言葉はリヒター様の言葉、それはすなわちヴァレリウス様の言葉だと、受け取って頂きたい」


 しかし、ボルゴは一切聞く耳を持たなかった。


 「それが敬意を欠いていると言っているのだ」


 ボルゴは重々しくソファーから立ち上がった。その巨体が動くたび、部屋の床が微かに揺れる。


 「俺たち黄金の蜘蛛を、単なるヴァレリウス様の金蔓(かねづる)と思っている証拠だ。俺たちは、リヒター様、もしくはそれに相応しい立場のあるお方が来なければ、これ以上、話をするつもりはない」


 ボルゴはそう言い捨てると、一切の不機嫌な態度を隠さず、扉に向かって歩き出した。ファビアンの怒りを押し殺した視線を無視し、ボルゴは来客室から出て行った。部屋には再び、ファビアン1人だけが残された。


 「糞ったれがぁッ!」

 『ダンッ!』


 ファビアンは、黒檀のテーブルを拳で思い切り叩きつけた。怒りのあまり顔は歪み、呼吸は荒い。


 「俺を……バカにするなッ!」


 誰もいなくなった部屋で、ファビアンの怒号が虚しく響いた。


 今回の会談は、ファビアンにとって千載一遇のチャンスだった。7つの支配座(セプテム・ソリア)の1人であるリヒターの代理として、泥底の幹部会を取り仕切る。ここでボルゴやナーデルを抑え込み、成果を上げれば、ヴァレリウス様への大きなアピールになるはずだった。だが、結果は散々だった。ボルゴには「小者」と吐き捨てられ、交渉の席に着くことすら拒否された。この無様な結果をヴァレリウス様に報告すれば、その責任は全て代理として無能だったファビアンに降りかかる。


 「くそっ……! なぜだ、なぜ俺の話を聞かない!」


 ファビアンはギリリと歯を噛み締めた。脳裏に過ぎるのは、あの憎きライバルであるトビーの顔だ。


 トビーが生きていた頃、彼もまた幾度もリヒターの代理として、この幹部会に出席していた。ボルゴでさえも、トビーに対しては意見をせず、従順にその決定に従っていたのだ。トビーは利益という、裏社会の言語を誰よりも流暢に話すことができた。対して、ファビアンの職業は経営士(エコノーム)


 ファビアンの能力は、収益性の高いビジネスモデルや組織の構造を設計・管理することだ。彼の経営士(エコノーム)としての手腕は確かであり、あの天女の食卓デア・ヒンメルターフェルの個室を使った高級接待システムを設計し、考案したのもファビアンだった。本来は紳士的な顧客をターゲットにした、高貴な高級料理店になるはずだったのだ。だが、それをトビーが改変した。


 「俺が作ったシステムを、アイツは……」


 トビーは個室に娼館の要素を取り入れ、ラブホテルのような内装に改変し、利益を爆発的に跳ね上がらせた。現在の娼館の資金循環モデルの基盤も、トビーのその改変によって完成されたものだ。


 ファビアンが作った(システム)を、トビーは穢し、そして遥かに大きな金を生み出した。ファビアンは仕組みを作る頭脳で優っているはずなのに、常にトビーの影に隠れ、出し抜かれていたのだ。


 「アイツがいなくなって、やっと俺の時代が来たと思ったのに……」


 ファビアンはテーブルに手をつき、ガクリと項垂れた。


 「これでは……以前と何も変わらないじゃないか」


 誰もいない豪華な来客室で、ファビアンは敗北感と劣等感に打ちひしがれ、落胆した表情で呟いた。


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