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ハズレ職業【フリーター】を授かった少年アルト、王都で騙されて多額の借金を背負う。しかし、修復スキルでガラクタを綺麗にして売りさばいて最下層の泥底から成り上がる!  作者: 月曜日の憂鬱
ファビアン編

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優しい嘘

「私の初めてを、アルトさんに差し上げたいのです」


 ルーナの切実な願いと、潤んだ瞳。その覚悟を受け入れることこそが、彼女の望みなのかもしれない。そして、ここで彼女の思いを裏切り、拒絶することは、深く彼女を傷つけることになるとアルトは痛いほどそれを理解していた。しかし、純真なアルトは、欲望に流されることはなかった。彼は馬乗りになったルーナの美しい瞳を真っ直ぐにじっと見つめ返した。


 「ルーナさんは、とても魅力的で素敵な女性です。僕は……あなたに好意を寄せていると思います」


 アルトは震える声で、けれど力強く言葉を紡ぐ。


 「だからこそ、僕はあなたを大切にしたいのです。だから、今ここでそのような行為をすることはできないのです」


 アルトは素直に、自分の胸の内にある熱い思いをぶつけた。その言葉を聞いた瞬間、ルーナの張り詰めていた糸が緩んだ。涙で溢れた瞳が細められ、彼女は嬉しそうに、けれどどこか困ったように微笑んだ。


 「アルトさん……ずるいです。そんな言い方をされたら、私は抱いてもらえないじゃないですか」


 ルーナは、アルトの純真な気持ちが心底嬉しかった。欲望が渦巻くこの場所で、宝石のような心に触れた気がしたからだ。しかし、彼女はすぐに表情を引き締め、厳しい現実をアルトに突きつける。


 「でもね、アルトさん。あなたが私のことを大事にしてくれても、現実は変わりません。私がこの部屋を出れば、次のお客さんに私は汚されます。そして明日も明後日も、毎日毎日、何人もの男性に汚されていくのです」


 ルーナの声が震える。


 「お金はいらないです。だから……お願い。今のけがれのないありのままの私を、あなたに受け入れてほしいの」


 ルーナは震える手で、自らの白いドレスの肩紐に手をかけ、それを脱ごうとした。


 「待って下さい!」


 アルトは反射的に彼女の手を掴み、その動作を止めた。


 「僕がルーナさんを守ります。ルーナさんをこの店から解放するには、どうすればよいのでしょうか」


 アルトは決心した。彼女の初めてを奪うのではなく、彼女をこの鳥籠から連れ出すことを。ルーナは驚きに目を見開いたが、すぐに悲しげに首を横に振った。


 「アルトさん、その気持ちだけで嬉しいです。でも、無理なのです。私はこの店で働く時に誓約書を書かされています。もし、5年以内に仕事を辞めるのであれば……大金貨5枚(5000万円)の違約金を支払わなければなりません」


 「……!」


 その金額を聞いた瞬間、アルトの頭は真っ白になった。しかし、アルトは後には引けなかった。引いてしまえば、この美しい女性が絶望の淵に沈むのを見過ごすことになる。


 「それは……分割で返済できないのでしょうか? 僕はいま、小金貨15枚(150万円)持っています。まずはそれを、手付金として支払います!」


 それは、母の病気を治すために貯めた全財産だった。だが、目の前の大事な人を救うために、アルトは迷わずその全てを差し出す決断をしたのだ。その言葉を聞いたルーナの表情が、一瞬、凍り付いた。ルーナはアルトがそこまでの覚悟を持っているとは想像していなかったのだ。自分のために、全財産を投げ打つという少年の純粋さが彼女の心を鋭く刺した。ルーナは溢れ出る感情を必死に押し殺し、涙をぬぐって、努めて明るく、演技の仮面を被った。


 「……ふふっ。アルトさんは、本当におバカさんね」


 ルーナは、にっこりと、しかしどこか貼り付けたような笑顔を見せた。


 「嘘ですよ」

 「え……?」

 

 アルトは違約金の金額の話が嘘だと聞き、力が抜けたように少しホッとした表情をした。


 「よかった……。じゃあ、ルーナさん、本当の値段を教えて下さい。僕、頑張って働きますから」


 アルトはまだ諦めていない。本気で彼女を救いたいという眼差しは変わらない。ルーナはその真っ直ぐな視線に耐え切れず、さらに残酷な嘘を重ねるしかなかった。


 「全部、嘘です」


 ルーナはアルトから視線を外し、わざと冷めたような口調で言った。


 「私、本当は初めてなんかじゃありません。今まで何人もの男の人に抱かれてきたんです。だから……アルトさんが思っているような、綺麗な体ではないのよ。ちょっと、初心(うぶ)なアルトさんをからかってみただけ」


 彼女は妖艶に笑ってみせた。だが、その笑みの端は微かに震えており、アルトに向けられた瞳の奥には、拒絶ではなく、感謝と喜びそして愛の灯が揺らめいていた。その瞳を見たアルトは、彼女の言葉を額面通りには受け取らなかった。彼女が自分を遠ざけるために、わざと自分を貶めているように感じたのだ。


 「……ルーナさんがこの仕事をしているからといって、汚れているとは思いません」


 アルトは静かに、けれど力強く告げた。


 「どんな仕事をしていても、過去がどうであっても……ルーナさんは素敵です」


 その言葉は、ルーナが必死に築いた防壁を、あまりにも優しくすり抜けた。


 「……」


 ルーナは息を呑み、アルトの澄んだ瞳を見つめた。これ以上ここにいれば、嘘がつけなくなる。自分の決意が崩れて、この少年に縋り付いて泣いてしまう。


 「ありがとう……。もう、時間ですので、私は席を外します」


 ルーナは逃げるように立ち上がり、振り返ることなく部屋の扉へと向かった。その背中は拒絶を示しているはずなのに、どこか助けを求めるように小さく震えて見えた。バタンと扉が閉まり、残されたアルトは、ルーナの切なそうな後ろ姿を脳裏に焼き付け、静かに拳を握りしめた。彼女の嘘も、悲しみも、全てを受け止めた上で、彼の覚悟はより強固なものへと変わっていた。

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