天女の食卓
宿屋で正装に着替えたアルトは、ファビアンに連れられて、王都の高級な店が立ち並ぶ通りを歩いていた。2人が到着した場所は、黄金の宮殿のような煌びやかさを放つ最高級の料理店、【|ティッシュ・ヒメルスフェー《天女の食卓》 】だった。ここは王都の高級料理店の中でも、1、2を争う人気を誇る場所だ。
店の前には、丁寧に磨き上げられた馬車がずらりと並び、その重厚な扉の前には、黒のタキシードを完璧に着こなした背の高い男性の店員が立っていた。店員は、ファビアンの姿を確認すると、その表情に一瞬の曇りもなく、しかし決して過剰ではない洗練された微笑みを浮かべた。流れるような動作で背筋を伸ばしたまま一礼し、ファビアンの歩幅を崩させない絶妙な距離感を保ちながら、ファビアンに声をかける。
「いらっしゃいませ、ファビアン様。受付へご案内いたします」
「お願いするぞ」
ファビアンは、その最高級の場所に完全に慣れ親しんだ、堂々とした態度で返答した。一方、アルトは目の前の光景に完全に萎縮していた。トビーにもらった正装を着ているとはいえ、この店の格と田舎育ちの身分との差に、身体がオドオドと震える。
「あの、ファビアンさん……」
アルトは小声で尋ねた。
「僕、そんなにお金持っていないよ」
アルトは、トビーに騙された経験から、小金貨15枚の貯金を宿屋に隠してきていた。目の前の豪華絢爛な料理店は、アルトにとってぼったくりのイメージと直結し、ファビアンを警戒しているのは誰の目から見ても明らかだった。
ファビアンは、アルトの言葉に明るい笑顔で答える。
「もちろん、俺の奢りだ。トビーに騙されたことは知っているよ。俺は君を騙したりしないから安心しな」
しかし、アルトの警戒心は解けない。
「ごめん、ファビアンさん」
アルトは、警戒しているのがバレたことで開き直り、素直に言った。
「あなたを信じてないわけじゃないけど、もう、僕は騙されたくないんだ」
ファビアンは、アルトの正直さに全く気分を害した様子もなく、楽しそうに笑った。
「そうか、それは無理もないね」
ファビアンは胸元から上質な革の手帳を取り出し、一枚の紙を破り取ると、ペンで流麗な筆記体を書き始めた。そして、アルトに手渡す。
「【 |ティッシュ・ヒメルスフェー《天女の食卓》】での代金は、ファビアン・クレーマー・エーデルマンがすべてお支払いします」
アルトは、その誓約書を両手で受け取り、裏面も確認し、但し書きがないか念入りに調べた。アルトの真剣な確認作業に、ファビアンはただ微笑んでいる。アルトは但し書きがないことを確認すると、ようやく安心したように息を吐いた。
「アルト君、これで安心だよね?」
「はい。疑ってごめんなさい」
アルトは素直に謝った。
「さぁ、気を取り直して中へ入ろうよ」
二人は店員に案内されて、店の奥へと進んだ。
店内は、個室で構成されているため、中央がホテルのロビーのような豪華な受付ホールになっていた。天井は高く、黒と金色の装飾がふんだんに施され、中央には真紅のベルベットで覆われた豪華な受付台が鎮座している。その受付に座るのは、真っ赤なドレスを纏った、妖艶な女性だった。女性は2人が受付に着くと、ファビアンの顔を見て優雅に微笑んだ。
「ファビアン様、2名様での予約を受け賜っております。すぐに係の者が案内に来ますので、そちらのソファでお待ちください」
アルトとファビアンは、受付内の真っ赤なソファに座ってしばらく待つ。ファビアンは慣れた様子で足を組み、アルトは全身に緊張を漲らせていた。約3分後。ホールの奥から、白のドレスを纏った背の高い美しい女性が二人、優雅な足取りで姿を見せた。
「お待ちしました。こちらへどうぞ」
女性たちは、それぞれアルトとファビアンの手を優しく引いた。アルトは美しい女性に手を引かれ、思わず内心ドキドキする。女性たちは、アルトとファビアンをそれぞれの別々の個室へと案内し始める。
「え、ファビアンさん、どうなっているの?」
アルトは混乱してファビアンに尋ねた。
ファビアンは、微笑んだままアルトの手を引く女性の背中越しに言った。
「楽しんでこいよ、アルト君」
アルトが案内された個室は、高級ホテルのスイートルームを思わせる贅沢な造りになっていた。そこは、客1人に対し、美しい女性が1対1で接客するという、この店の特殊なシステムを物語っていた。




