アルトの目利き
アルトはトビーから受け取った日雇いカードを握りしめ、ゴミ山の入口に立つ監視員の元へ向かった。 監視員は、昨日宿屋で対面した男と同じく額には蜘蛛の入れ墨が刻まれたガタイの良い男だった。
アルトが日雇いカードを差し出すと、男は無言で受け取った。日雇いカードには、アルトの名前と担当する作業場所が事前に記載されており、監視員はこれに出勤した時間を記載して一旦預かる。そして、退勤時に再び時間を記載してもらう仕組みだ。もし、作業中に職務怠慢やサボりが発覚した場合、カードにその事実が記載され、報酬の減額や、最悪の場合は罰金の支払いを命じられることになる。
監視員は日雇いカードに記載された名前を確認すると、アルトに不気味な笑みを浮かべた。
「お前がアルトか。このA地区がお前の担当場所だ。それ以外の場所へ行けば、俺は責任を持てん」
ゴミ山は広大であり、日雇い労働者にはそれぞれ決められた地区が割り当てられる。その地区ごとに監視員が配置されており、この男がアルトの不正を見逃せるのは、彼が管轄するA地区のみだということだ。男は日雇いカードを胸ポケットにしまい込んだ後、アルトに顔を近づけた。
「お前の働き次第で、俺の小遣いも増えることになっている。しっかりと働けよ」
最後は恫喝するように男は言い放った。
アルトは、トビーがこの男に賄賂として銀貨3枚を渡しただけでなく、アルトが見つけ出す再利用品の出来高に応じて、男にも報酬の一部が支払われる裏取引が結ばれていることを悟った。トビーは、アルトがサボるのを見逃すだけでなく、本業の方もさぼらないように監視員に見張るように仕向けたのであった。
アルトは恐怖と同時に、トビーの徹底的なまでの計略に背筋が寒くなった。アルトは小さく頷き、一旦、トビーの元へ戻った。
「手続きを終えたよ。今から僕はゴミ山をあさるが、トビーも手伝ってくれるのか」
アルトはそう尋ねた。
「俺には俺の仕事がある。夕方にまた来る。その時に成果を報告しろ」
トビーはそう告げると、アルトの返事を待たずに、さっさとゴミ山の入口とは反対方向へ去って行った。
「自分だけ楽をするつもりだな。やっぱりアイツは信用してはいけない」
自分にだけ大変な、汚い仕事を押し付けるトビーに対し、アルトは抑えきれない怒りを露わにしながら、担当場所であるA地区のゴミ山に向かった。
A地区のゴミ山では、三名ほどの労働者が、黙々とゴミを選別していた。彼らは、小さくてそのまま燃えるゴミは焼却場へ運び、大きなものはハンマーなどを使って解体し、素材ごとに分けている。誰もアルトの行動に気を留める様子はない。アルトは、彼らの分別作業には参加せず、宝物を見つけるために1人だけゴミ山を登り始めた。周りに誰もいないことを確認すると、ゴミの山をあさり出す。
昼間見るゴミ山は夜間とは全く違った。前は暗くてよく見えなかったが、ゴミの山にはネズミやゴキブリが大量に蠢いている。しかし、アルトは幼少期から田舎の貧しい生活で、こうした衛生環境には慣れていたため、さほど気に留めることなくゴミをあさり続けた。
アルトの才能は、トビーが認めた修復だけではなかった。長年の貧しい暮らしの中で培われた、物の選別に対する嗅覚は凄まじいものがあった。
「これはもったいない」「あれもまだ使える」
アルトは、ただのゴミの山から、錆びたスプーンやナイフ、柄が折れて刃こぼれした錆びた包丁、そして一見ただの金属くずに見える古く黒ずんだ銀の食器など、修復すれば再び商品として価値を持つ小物類を瞬時に見分け、分別していった。アルトは作業時間の合間に、見つけた品々を小袋にある程度まとめて入れて監視員の元へ届けた。
監視員はアルトが持ってきた大量の品を見て、心底呆れた顔をした。彼は受け取った小袋を休憩小屋の裏に隠すように置いた。男は大物を期待していた鼻先に、腐った魚を突きつけられたような気分になり、うんざりするように愚痴をこぼした。
「おいおい、クソみたいなガラクタしかないぞ。これでは追加の報酬など全く期待ができない」
男にとって、アルトが持ってきた品々は、手間をかけてまで拾う価値のないただのゴミでしかなかったのだ。男は、追加報酬は望めないと明らかにがっかりした表情を浮かべた。しかし、男はトビーから金を受け取っているため、文句は言いつつもそれらを拒否することはなかった。




