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王都の中心へ

 アルトの驚いた顔にトビーは満足げに笑みを浮かべていた。


 トビーは今までの汚い言葉遣いを完全に捨て去り、丁寧で上流貴族のような話し方を崩さないまま、優雅な動作で椅子を引き、再び腰かけた。その座り方、手の組み方、背筋の伸びた姿勢、すべてが計算し尽くされており、アルトは自分が薄汚れた食堂ではなく、王都の最高級料理店にいるように錯覚した。


「さあ、私も食事にしよう」


 トビーは、テーブルに置いてあるねこまんまに手を付けた。彼はどんぶりをかき込むのではなく、スプーンを使って一口分ずつ丁寧にすくい、まるでスープを味わうかのように上品に口に運ぶ。その姿は猫まんまという泥底の食事を、まるで最高級の料理ふかひれスープであるかのように美しく見せていた。


 トビーは優雅に食事を終えると、口元をハンカチで軽く拭い、紳士的にアルトに声をかけた。


「アルト君、これを着たまえ」


 トビーは用意していた紙袋をテーブルに置いた。そして、トビーは店員を呼び止めると、懐から銅貨を1枚取り出し、相手の目を見て軽く微笑みながらそっと手渡した。


「すまないが、友人が着替えるための場所を、奥で少しお借りしたいのだが」


 その流れるような仕草と言葉遣いに、店員は一瞬怯みながらも、すぐに店の奥の部屋を指し示した。アルトは言われるがまま店の奥へ行き、トビーが用意した服に着替えた。それは、薄茶色で仕立ての良い服だったが、アルトの痩せた体ではどこか落ち着きがなく、服に着られているようなぎこちなさがあった。トビーが着ている濃紺の服と比べると、色合いは地味だが、泥底で見る服とは思えないほど清潔だ。


 着替えを終えて出てきたアルトを見たトビーは、一瞬静かに見つめた後、静かに頷いた。


 「ふむ……まあ、そのうち様になるだろう。次に必要なのは、臭いの処理だ」


 トビーはそう言って小さなガラス瓶を取り出し、アルトに手渡した。


「これは香水だ。君の体に染みついた、泥底の悪臭を消す道具だ」


 アルトは香水というものを使ったことがなく、どう扱えばいいのかわからずにアタフタと瓶を逆さにしたり傾けたりする。見兼ねたトビーはアルトの手から瓶を取り上げて、軽く腕を上げさせた後、首筋と袖口に、二吹きずつ軽く吹き付けた。


「これで、君も外見上は王都の人間だ」



 アルトは正装に身を包み、全身の匂いも消して、トビーに連れられて食堂を出た。トビーはもはや泥底の住人ではなく、上流階級の紳士に見えた。そして、アルトはその紳士に連れられた信頼できる随行員に見えた。二人は堂々と、迷いなく王都の中心部、高級宝飾店が立ち並ぶエリアへ向かう。

 

 移動中、トビーはアルトに向き直り、冷静な瞳で忠告した。


「アルト君、これから向かう場所は、すべて私の話術で切り開く。君は私の交渉術をよく見てくれれば良い。そして、決して一言も口をはさまないでくれたまえ。いいね?」


 アルトは急変したトビーに、ただ無言でその命令を受け入れるしかなかった。


 二人は王都の中心部、貴族や富裕層しか立ち入らないエリアへと辿り着いた。


 トビーが向かったのは、そのエリアでも一際目立つ、高級宝飾店【白金の聖櫃(プラチナ・アーク)】だった。その建物は、天を突くかのような威容を誇り、店全体が磨き上げられた白い大理石で造られていた。太陽光を浴びて清らかに、神々しく輝くその外観は、まるで純白の教会のようだった。


 正面の入口には、巨大で美しいガラスの扉が嵌め込まれている。そのガラスには、微細なダイヤモンドの粉末が散りばめられているのか、太陽光を受けてキラキラとまばゆく輝き、入店する者を選別しているようだった。


 扉から少し離れた場所には、全身銀色の鎧で武装した屈強な警備兵が二人、微動だにせず立っている。そして、扉のすぐそばには、黒のスーツを完璧に着こなした男性店員が、客人を待ち構えていた。


 アルトは以前、警備兵に恫喝された記憶と、目の前の威圧的な光景に全身がガチガチに緊張して震えていた。一方トビーは緊張とは無縁であるかのように、黒のスーツの店員にまっすぐ近づき、軽く会釈をした。そして、トビーはさりげなく懐から銀貨を取り出すと、店員の手に滑り込ませた。


「寒い中ご苦労様。我々は急いでいる。中へ案内してくれたまえ」


 トビーの流れるような仕草と自信に満ちた口調に、店員はすぐに上客への対応へと切り替わった。男性店員は軽く頭を下げると、キラキラと輝くガラス扉を静かに開けてくれた。


 トビーとアルトは中へ入った。


 店の内部は、外部の印象そのままに、荘厳な美しさに満ちていた。天井は信じられないほど高く、そこにはいくつもの巨大なクリスタルのシャンデリアが吊り下げられ、店全体をまばゆく照らしている。内部はかなりの広さがあり、壁面は繊細な彫刻が施された上質な素材で覆われていた。


 店の中心には、台座の上に据えられた豪華なショーケースが何重にも並び、その中には、アルトの故郷では想像もできないほど精巧で高価な宝飾品が多数展示されていた。二人が足を踏み入れると、黒の光沢あるシルクのドレスを完璧に着こなした、優美な女性店員が滑るように近づいてきた。


「本日はどのようなご用件でいらっしゃいましたか?」


 女性店員はアルトを一瞥もせず、トビーにだけ、礼儀正しくも探るような目線を向けた。トビーは用意していた言葉を落ち着いた声で口にした。


 「売りたい物がある。買取の責任者に会わせてくれたまえ」


 トビーはそう言うと、懐から銀貨を取り出して女性店員に手渡した。銀貨を受け取った女性店員は、トビーが早急な取引を望んでいる意図をすぐに理解した。


 「承知いたしました。こちらへどうぞ」


 女性は二人を店の奥にある小さな扉へと案内した。その扉を開けて中に入ると、そこは外部の喧騒とは隔絶された、極めてプライベートな買取部屋だった。部屋の壁は濃い緑色のビロードで覆われ、中央には重厚な木製のテーブルと、座り心地の良さそうな革張りの椅子が二脚置かれている。部屋全体は、天井の洗練された照明によって明るく照らされ、高級な応接室のような空気が漂っていた。そして、テーブルの奥には、黒い上質なローブをまとい、白髪交じりの髪を整えた、初老の威厳のある男性が座っていた。彼は鋭い視線でトビーとアルトの二人を値踏みするように見つめていた。

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