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ペテン師の変身

 トビーはアルトに「次行くぞ」と言う。アルトは返事をせずに黙ってトビーの背中について行った。トビーは、今度は昨日とは違う、泥底の真実を語りながら歩く。やがて、トビーは一軒の古い食堂にアルトを連れて入った。中は薄暗く、油と安物の酒の匂いが混ざっていた。


 「安心しろ、飯は俺がおごってやる」


 トビーはまるで立派な大人であるかのように偉そうに言った。アルトは心の中で「お前の金は俺から盗んだ金だろ」と思っていたが、口には出さなかった。アルトが無言で席に座ると、店員がトビーに近づいて何かを話していた。そして、トビーはメニューを目を通す。


 「いつものを2人前で」

 「わかった」


 注文を終えた店員は、無愛想な態度で店の奥へ去った。トビーは身を乗り出し、アルトに囁くように説明した。


 「アルト、この泥底の全ての店、宿屋も道具屋も、この食堂も、全て金色の蜘蛛アクネラの傘下だ」

 「どうして、そんな悪いヤツの傘下なのに、食事がこんなに安いのだ?」


 アルトは素朴な疑問を投げかけた。


 「アメと鞭だ。奴らは、俺たちに最低限の衣食住を与えることで、永遠に労働力として搾取し続けるのだ。だが、俺は違う」


 トビーはギラついた目をした。


 「俺は蠅の王ベルゼブブも金色の蜘蛛アクネラも、全部利用してこの泥底の王になる男だ。アルト、お前にはその手伝いをする才能がある」


 トビーはふと真面目な顔になり、懐から1つの物を取り出した。それは、アルトが衛兵に盗品だと決めつけられて、没収されたペンダントだった。


 アルトはペンダントを見てビックリして、思わず身じろぎした。


 「どうしてお前が持っているのだ!?」

 「衛兵から銀貨2枚で譲り受けたのだ」


 トビーは得意げに笑った。


 「お前を牢屋から出すついでにな。これはすごいぜ」


 トビーはペンダントを光にかざしてニタニタと笑うと、アルトに問いかけた。


 「アルト、お前はこれをどうやって売りさばくつもりだったのだ」


 アルトは屈辱を振り払うかのように、威勢よく答えた。


 「王都の宝飾店で売るつもりだ!」


 トビーはアルトの答えに思わず爆笑した。


 「ハハハハ、アルト、それ本気で言ってるのか!お前のような田舎まる出しの格好で、あの高級な宝飾店に入れると思ってるのか?」


 アルトは昨日王都に着いて早々、【高級薬草と治癒魔導具販売店『聖なる治癒』】のガラスに顔を近づけていたところを、警備兵士に恫喝されたこと。そして、悪臭と埃にまみれたその酷い身なりのせいで、王都民から衛兵に通報されたこと。あの時の瞬間が脳裏をよぎって悔しさで何も言い返せない。


 俯いたアルトにトビーは追い打ちをかけるように言い放った。


 「フリーターのお前が、こんなきれいで精巧な彫刻のペンダントをもってくれば、盗品だと決めつけられて当然だ。お前はまた昨日と同じことを繰り返すつもりか?」


 トビーに言いたい放題言われたアルトの怒りが爆発し、充血した目でトビーに言い返す。


 「お前だって同じだろ!その汚い服でどうやって売りさばくのだ!」


 トビーはアルトの挑発に乗らないで、テーブルに鉄貨を六枚置いて立ち上がった。


 「先に飯でも食っておけ」


 トビーはそれだけ言うと、アルトを置き去りにして店を出て行った。アルトは金を置いてトビーが出て行ったので追いかけはしない。しばらくして店員が、どんぶりのご飯に味噌汁をかけた【ねこまんま】を持ってきた。アルトはお腹を空かせていたので、ねこまんまを胃袋にかき込むように食べだした。



 それから十分後、アルトの席の前に、突然人の気配が立った。アルトが顔を上げると、そこにいたのは見知らぬ男性だった。


 その男性は泥底の住人とは思えないほど、仕立ての良い濃紺の服をまとい、しわ1つなく清潔だった。彼の髪は綺麗に櫛でとかされ、一切の乱れがない。顔つきは冷静で、自信に満ちた笑みを浮かべていた。まるで、王都の上層階に住む一流の商人か、官僚のようであった。


 「アルト君、待たせたね」


 優雅で落ち着いた、上流階級の人間を思わせる丁寧な口調で話しかけられ、アルトはハッとした。声を聞いて初めて目の前の男性が正装をしたトビーであることに気づいたのだ。


 アルトは、あまりの変貌ぶりに、ねこまんまを食べていた口が半開きになったまま固まった。


 「お、お前……ト、トビーなのか?」


 アルトの驚いた顔にトビーは満足げに笑みを浮かべていた。



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