第8話 ゴブリンが来た!
家にトイレが欲しい! そう思って動き出したトイレ設置プロジェクトは、現在凍結している。
その理由は、オババの家に設置したトイレ第一号がさっそく詰まりを起こして逆流汚物スプラッシュをかましたからだ。
原因はパイプの傾斜角度と、使用した木材の吸水性。
傾斜角度が浅かったうえに木材が水を吸って、周りの土に漏れた結果、流れて欲しい物が堆積してしまったのである。
傾斜は調整できるとしても、パイプの材料については一朝一夕では解決できない。
新しい撥水性の高い木材を見つけるか、はたまた別の何かでパイプを作り直すか。木材のコーティング剤を作るという手もある。
ただ、どれも相当に時間がかかるのは明白だ。
だから、俺は家にトイレを作るのを一旦諦めた。
けど、せっかくトイレがそこにあるのに茂みでするのは我慢ならないし、改良案を考えるためにも使用感を調査しておきたい。
パイプの詰まりを解消して傾斜角度を調整した結果、どの程度の使用回数なら耐えられるのか。それに、同じ木材で作ってしまった便器と貯水タンクについても、よく観察して改良していく必要がある。
というわけで、俺はしばらくオババの家に居候させてもらう事になった。
朝昼はいいけど、夜にオババの家まで来るのは真っ暗で怖い。だったらもう住んでしまえば良いじゃないか、そう思ってオババに提案したらあっさり話が進んだ。
それに、トイレのこと以外でもオババの家に住むメリットはあるんだ。
オババの家で薬を作っていると『設計図』のスキルレベルがどんどん上がる。
薬は本来、専門知識と難しい調合を完璧にこなす技術が必要だ。だからか薬を作っているとスキルレベルの上がりが他の物を作るより少しだけ良いのだろう。
修行もだいぶ慣れてきたし、生活魔法を使えるようにもなった。ディスプレイ式設計図も近々使えるようになるだろう。
そうなると、早くレベルを上げてもっと凄い物を作れるようになりたくなるし、オババの家に居候するのは効率が非常に良いわけだ。
移動時間が無いぶん余裕ができて、朝起きるのが多少楽になったしね。
…………なんか俺、社畜みたいじゃないか?
ま、まあいいや。
環境が整ったおかげで、俺の『設計図』のスキルレベルは39まで上がっている。あとは試練をこなせばレベル40だ。
そうそう、スキルレベルと言えば、トイレ作りを手伝ってもらった兄ちゃんたち3人には、トラバサミとスリングショットをプレゼントした。
本命はトラバサミで、スリングショットはおまけ。
ただトラバサミは全体を作れるほどの鉄を用意できなかったから、歯だけ鉄製にして残りは木材で作ることにした。
木の部分は壊れやすいからアタッチメント式だ。木の部分が壊れたらその都度俺が作って交換しないといけないけど、とりあえずはこれで我慢してもらうしかない。
トラバサミとスリングショットのおかげか、父さんも兄ちゃんも『狩人』のレベルがかなり上がったらしい。
視力が上がったり気配察知が上手くなったりで獲物を捕らえやすくなって、晩ごはんのおかずが少し豪華になった。
俺、飯だけは家に帰って食べてるんだよな。母さんの作るご飯おいしいし。
ただ、毎回なぜかオババもついてくるけど。
そんなこんなで時は流れ、夏が過ぎ去って秋が深まってきた頃、紅葉の無い茶色と緑色の我らが森で、とある事件が起こった。
ゴブリンが罠にかかって死んでいたのだ。
ゴブリンは、緑色の肌をしていて、下顎から上に伸びるように生えた2本の大きな鋭い牙が特徴の、身長130センチぐらいの人型モンスターだ。
こいつらは普段から群れで生活しており、普通の動物よりは頭が回るからか罠にかかることは滅多にない。
だから村では年に1回見るかどうかといったぐらいだったのだが、最近何故かゴブリンがよく罠にかかって死んでいるらしい。
父さんによると、1ヶ月前にも1匹罠にかかって死んでいるのを見つけていたとのことだったので、本当に異常な事態が起きているのが窺える。
オババによると、これはおそらくゴブリンの上位種が発生して繁殖スピードが上がったからだろうという話だった。
ゴブリンの群れはエサさえ豊富であればいくらでも増える。特に上位種にあたるゴブリンリーダーが発生していた場合、群れの数は100を超える場合もあるとか。
だが、当然森の食料は無限じゃない。取りつくせばゴブリン達は定住地を離れ、他の土地に移動し始める。そして、移動しながら増え続け、それでも食料が足りないとなったらどうなるか。
人間を襲いだすのだ。
人間は世界中どこにでも居るし強い個体はそこまで多くない。それに食える部分もそれなりにある。
普段は人間を避けて森の奥で暮らしていても、飢餓状態になれば話は別。同族で共食いを始める前に他に食えそうな物があるなら、そちらに向かうのは当然だろう。
この辺りでゴブリンが罠にかかり始めたのも、エサが少なくなってきている証拠。ゴブリン達は今、エサを求めて森中を闊歩しているということになる。
つまり何が言いたいのかというと。もうすぐこの村がゴブリンに襲われるってことだ。
「オババ、村は大丈夫かな?」
「大丈夫じゃないな。軽く見積もってもゴブリンは100以上は居る。アタシが魔法で蹴散らせば多少はオーバーしても問題ないが、200、300になれば対処しきれない」
「で、でもさ、中級魔法とか上級魔法を使えばどんなのが来ても倒せるだろ?」
「アホ、そんなものを使えば森が消えるぞ。そうなれば狩人ばかりのこの村はどうなる」
「そ、そうか……」
「心配するな、既に領主様に連絡が向かってる、領軍が助けに来てくれるまで耐えればいいだけだ」
「た、耐えるって言ったって……」
村の周りには一応柵がついているけど、大人なら簡単によじ登れるし、何なら子供でも工夫すれば越えられる。あれでゴブリンの大群を耐え凌ぐのは無理では?
(もしかして……俺、ゴブリンに食われて死ぬんじゃ……?)
そうやって不安に駆られながら森を眺めていると、その時ちょうど狩りから帰った父さんたちが、何か大きなものを持って村に入って来るのが見えた。
オババと一緒に近づいてみると、無造作に地面に置かれたその物体の汚れた緑色が目に入る。あの袋の大きさからして中身はゴブリンか?
どうやら他の人たちも集まって来たみたいだ。村長も来ている。
「……ゴブリンナイトだ」
父さんは、到着した村長が対面に立った途端、苦い顔でそう言った。
「ご、ゴブリンナイトだと!? それは本当なのか?」
「本当だ。剣と鎧はジャックスが持ってる」
「な、なんという事だ……」
父さんと村長のやり取りに俺は首をかしげた。父さんの表情もそうだが、悲壮感のある村長の声色に、ゴブリンナイトが見つかったという事の意味を測りかねていた。すると横からオババが解説を入れてくれた。
「ゴブリンナイトはゴブリンの上位種の一体、ゴブリンリーダーより上位の個体だ。そんなやつまで罠にかかるほどに増えているとすれば、これはもう‟キング”が居るとみて間違いないだろうね」
「キング……それって強いの?」
「強い。上級騎士10人がかりでやっと倒せる化け物だよ。それに、キングが居るってことは群れの数は少なく見積もっても1000は固い。そりゃあ村長もああなるだろうさ」
は? いやいや、それってもうダメなやつじゃん。
7歳にしてゴブリンに食われて死ぬなんて嫌だ!
「なんとかして村の防衛力を上げないと……何かないか!?」
出来ること全部やって、全力でこの局面を乗り切ってやる。
どんな手を使っても、絶対に。