第78話 男の目的
魔族はすでに滅んでいる。男が言ったその一言は、その場にいた男以外の全員を驚愕させた。
そもそも、この戦争はうちの村に獣人が現れた時から魔族が攻めてくるという認識でいた。
それなのに、今更になって魔族がもう滅んでいるなんて信じられない。
しかし、男が言うことに少しも納得ができないという感情にならない自分もいる。
なにせ俺たちは魔族という存在を一度も見たことがないのだ。
「見え透いた嘘を言うんじゃない。私たちの仲間には獣人たちもいるんだぞ」
「ふふふ、獣人が何を言ったか知らないが、俺の言っていることは真実だ。奴らは自分たちのことを魔族と名乗っていただろう? だが奴らはただの獣人、魔族じゃない」
ニタニタと笑いながらそう言う男に、俺は獣人たちが辺境伯領に来た時のことを思い出す。
獣人たちを魔族の国から逃がす際、あまりにも簡単に全員を辺境伯領に連れてくることができた。
魔族連中が獣人のことを捨て駒にするような奴らだということはダンジョンの件で知っていたから、獣人がどうなろうがどうでもよかったのかとも考えたが、それにしても何の動きもなさすぎだった。
ただ戦争の気配が濃厚になってきたころだったこともあって、敵もモンスターを用意するのに忙しく獣人を気にする余裕がなかったのかという風に一応納得していたのだ。
しかし、そうか。そもそも魔族がいなかったとなればつじつまが合うな。
だけど、獣人たちが魔族ではないとしても、一つだけ引っかかることがある。
俺は失礼を承知で、隊列の最後尾からタニーノさんと男の前に出ていく。
「タニーノさん、すみませんが俺にこの男と話させてください」
「カイララ君か。本当なら下がっていてほしいところだが、君が話すべきだと思うのなら仕方がないな。ただし、私の横でさらに兵士もつけさせてもらう」
「それで構いません」
俺とタニーノさんが話しているのを、男は興味深そうにしながら見ている。俺について何も質問してこないところを見るに、こいつは俺のことを知っていそうだな。
タニーノさんの横で第一部隊の精鋭3人に守られながら、男と正面から向き合う。
「一つだけ、今あなたが話していたことに対して疑問があります。ですが、その前にはっきりさせておきたい。魔族じゃないならあなたは何者ですか?」
「ほう、救世主様はこんな感じなのか。予想ではもっとガキくさい奴だと思っていたんだがなぁ」
「名乗る気はないということですね」
「おっと、待ちなよ。せっかちな奴は損するぜ。俺はヴァルカン帝国皇帝のヴァルカンだ。れっきとした人間だよ」
ヴァルカン帝国の皇帝? こいつが?
皇帝という立場の人間にしては、口調も行動も外れすぎている。見た目もボロボロの服を着ているし、とても皇帝とは思えない。
それに皇帝なら単身でこんなところに来ているのはおかしいだろ。
「まあいいや。疑問についてですけど、俺は5年前に自分の村で魔族の男が闇魔法でダンジョンを消したという話を聞いています。あなたの話が本当なら、この男はなんなんですか」
「そんなこと聞かなくても、すでに自分で結論は出ているんだろう? 救世主君」
「……あの魔族の男は、本物の魔族の魂を抜き取って作った魔導人形か?」
「あたりだ! やっぱり君は救世主だな! 魔道人形のことについてもずいぶん詳しいじゃないか。本体を殺して魂だけを使った完璧な魔道人形、あれの技術は流してないのに自力で気が付いているなんてさすがに気味が悪いよ」
「そりゃあどうも。俺もあなたのことをすごく気味悪いと思ってますよ」
自分を皇帝と名乗る正体不明の男。ヴァルカン帝国に関係していることも、おそらく魔族が滅んでいることも本当だろうが、ここに一人でいる意味が分からない。
城の中は完全ではないにしてもあらかた見て回って、誰もいないのは確認済みだ。人間どころか魔道人形の一体もいない。
それなのに俺たちが来るのを分かっていたようなのに、謁見の間の椅子に一人で座って待ち受けている。逃げもせず、ただひょうひょうとした態度で余裕を見せているのはどういうことなんだ。
この余裕のせいで、こちらから動きづらい。ここまで何もなかったことと併せて、何かあると勘ぐらない方が無理だ。
俺が少し黙っている間に、タニーノさんが男に問いかける。
「魔族がいないなら、お前が私たちの国に戦争を仕掛けた張本人ということなのか?」
「そうだよ、お坊ちゃん。この国に戦争を仕掛けたのはこの俺、ヴァルカン帝国皇帝がやったことだ」
「なぜだ! なぜこんな争いを起こした! 我々の国とヴァルカン帝国はこの10年間、争うことなく互いに平和に暮らしていたはずだ!」
「平和ァ……? ああ、そうか。お前らはのんきな木偶の坊だから10年あっても気がつかないわけか。旧ヴァルカン帝国は10年前に滅んでるんだよ。自爆してなぁ」
「何だと!? そ、そんな馬鹿な」
以前のヴァルカン帝国は10年前に滅んだ。それで俺たちの国はそのことに全く気が付いていなかった。そんなことがあり得るか?
いくら仲が悪かったとはいえ、普通戦争をした国同士なら互いにスパイぐらい送るはずだ。
それなのに辺境伯家の長男であるタニーノさんが何も情報を知らないなんて……いや、待てよ。そうか、公爵家か。国を裏切った公爵家がヴァルカン帝国の内情を探る役目をしていたとしたら、情報がないのも頷ける。
「俺はもともと前ヴァルカン帝国で研究員をしていた。魔道人形のな。だが10年前のある日、皇帝は俺の研究の完成を待たずに危険な力に手を出した。その結果暴走して、自爆。その後は、権力を奪い合って国民同士で内戦だ。馬鹿らしいねえ。そんなのを何年も見たらお前らもそう思うだろうよ。だから俺は、醜い争いを終わらせるために国民全員を人形にしてやった。そうして、俺は新しいヴァルカン帝国の皇帝になったのさ」
「じゃあ外の人たちは」
「あれも魔道人形だ。よくできてるだろう?」
こいつ、完全にイカレてやがる。
「それで、自国が片付いたから次はアストラル王国ってわけか?」
「いや、それはちょっと違う。言っただろう、争いなんてくだらないって。俺は世界のためにこの城に来る必要があったのさ」
世界のためだって? 何を言っている。
「お前の目的はなんだ。何を企んでいる!」
俺がそう聞くと、男は急に動き出しだ。警戒を強くする俺たちをよそに、王座を回り込んで壁の方に歩いていく男。そこには幕があり、その奥に何があるのか、あるいは何もないのかも傍からは分からない。
そんな幕の前で男が指をパチンと鳴らすと、幕はまるでその重さがないかのように軽やかに引いていった。
そして現れたのは虹色に輝く巨大な魔石。
「まさか!? 虹の魔石は壊れたはず!」
「壊れていたとも。おかげでずいぶんと時間を食った」
「待て! お前、この虹の魔石で何をするつもりだ!」
虹の魔石はこの王都すべてのものを何年も動かしていたほどの魔力を有している。そんなものを良からぬことに使えば、大惨事になることは間違いない。
「さっきも言っただろ。世界のために、この星から醜い争いを消すために使うのさ」
「この星から争いを消す? そんなのどうやって」
「ふっ……なあ、知っているか救世主君。この虹の魔石は全属性の力を内包している。水も火も木も土も雷も、すべての頂点にこの虹の魔石がある。そして俺は、この虹の魔石を使えばこの星にあるあらゆる魔石に対して接続できるのではないかと考えた」
虹の魔石を星に存在するあらゆる魔石に接続する? そんなことをしていったい何を……まさか、いやそんなことができるのか?
だけど、この星から争いを消すという言葉から考えると、こいつがやろうとしていることは一つしかない。
「俺は、虹の魔石で地上に存在するモンスターどもの魔石を爆破し、この星を焼き尽くす。人間の時代を終わらせるのだ!」
最悪だ。
この虹の魔石、もう使われているじゃないか。




