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第75話 別れ

 偵察機01が撃墜された。


 はっきりした証拠はないが、何も見つからないうえに無線への応答もないことから考えて、そうとしか考えられない。


 高度3000メートルから落ちたのだから、すぐに残骸が見つからないのは当然だろう。


 そして、最後にカメラに映っていた黒い影。あれによって偵察機01は撃墜されたに違いない。


「あの影は何だったんだ?」


「映像を解析してみましたが、影だけで正体は分かりませんでした。あの高度ですし、ワイバーンでしょうか?」


「ワイバーンが近づいてきたのならさすがに気づくだろう。レーダーに映ってから映像が途切れるまでの間隔はかなり短かったぞ。それにワイバーンがそこまで速く飛ぶイメージがない」


「では、敵がこちらの偵察に気が付いて何かしらの魔法で攻撃してきたのかもしれませんね」


「もしくは他の攻撃手段があるかだな。とにかく、先行している部隊には連絡しておこう」


「そうですね」


 国王様が第一部隊に連絡を入れている間、俺は撃墜された偵察機01のパイロットのことを考える。


 もしパイロットが脱出できていたとしても、現在の状況では捜索することは困難だ。もし生きているならせめてモンスターの群れの中に落ちなかったことを祈ることしかできない。


 ただ一つ、パラシュートが風にあおられたとしても地上部隊の進行ルートにはかぶらないことだけは良かったと言える。もし進行ルート上に降りていたら生きていたとしても爆撃で死ぬからな。


「カイララ君、地上部隊はもう間もなく貿易都市に到着するそうだ。爆撃でのモンスターの排除がうまくいったらしい。もちろんその後の工兵たちの頑張りもあってのことだけどね」


「予定より少し早いですが、かなり順調ですね。地上部隊が貿易都市にたどり着いたなら、俺もそろそろ動かないと」


「辺境伯たちもすでに準備を終えているはずだ。海は巨体のモンスターが多い、気を付けてね」


「はい」


 俺がこれから向かうのは港。もともとは港町だったところに軍艦製造ドックを併設して、この戦いに備えて戦艦を造っていた。


 現在戦艦ドッグにて準備を行っているのは辺境伯様と伯爵様、それと辺境伯家の次男のウミーノさんだ。ガッケノは国王様と辺境伯領に残り、拠点防衛の任に就いた。


 ウミーノさんは辺境伯領が浮遊島になってからずっと海軍の総指揮官に就いて戦艦製造の指揮を執っていた。戦争が起こる前は港町とその周辺の土地を任されていたそうだが、どうも領地経営よりも航海の方が性に合っているらしく、今回のことで海軍の総指揮官になったことを喜んでいたそうだ。


 今回の作戦は、陸の部隊が派手に目を引いてくれている間に海軍が海側から回り込んで、海からと陸からで王都を挟撃することになっている。


 海軍の主な役割は、陸軍の第四部隊、第五部隊を王都の西側のゴシップ海岸へと連れていくこと。それに加えて、公爵領の動きも見張るために、偵察戦闘機を搭載するための空母も一隻建造した。


 俺は海軍とともに王都に向かう。


 俺自身は戦う力はほとんどない。せいぜい魔力が高くてちょっと魔法がだけ使える程度だ。


 だったら裏方として辺境伯領に残っていればいいという話だが、俺はどうしても王都に行きたかった。


 兄ちゃんやマリーちゃんが戦場に行ってしまうからというのもある。けど、それよりもずっと気になっていたことがあって、それを自分の目で確かめたかったからという方が理由としては大きい。


 コントロールルームを出ると、すぐ目の前にオババが立っていた。


「オババ」


「……何も言うな。絨毯で駅まで送ってやるからついてきな」


 オババは5年前と全く変わらない姿で俺を見上げながらそう言った。

 

 背は抜かしたけど、それでもやっぱり俺はオババをまだ見上げている感じがしている。それだけ俺の師匠は偉大ってことかな。


「ありがとう」


 前を歩くオババに感謝を送ったけど、オババは振り返ることも返事をすることもなく、黙々と歩いていた。


 外に出ると、壁に立てかけていた絨毯を広げて乗り込む。ふわりと舞い上がった絨毯はゆっくりと駅に向かって飛び始めた。


「……あんた、少しは魔法の腕上がったのかい?」


「うん? そりゃあ、オババに5年間も追加で修行してもらったからね。あれで上がってなきゃ噓でしょ」


「アタシそんなことしたかね? 全然覚えがないんだけど」


「当たり前でしょ。オババは修行内容を書いた紙だけ置いて、あとは放置してたんだから」


「ああ、あれか。あれを真面目にやったのかい? そんな奴がいるなんて驚きだよ」


「ふざけんなよくそババア!? 修行を真面目にやらないと魔法で焼くって脅したのはあんただろうが!?」


「何でもかんでも言葉をうのみにしてんじゃないよ。アホたれが」


「はあ!?」


 いつものやり取り。いつもの軽口。だけど、どこか流れる空気はいつもと違っている。


 やがて絨毯は駅の目の前に降りた。コントロールルームからここまで、3分程度の短い空の旅だった。


「それじゃあ行ってくるよ。母さんと父さんにこれ渡しといて」


「何だいこりゃ。手紙?」


「そ、まあ日頃の感謝とか結構恥ずかしいことが書いてある手紙だよ」


「そうかい……直接渡しに行く時間は無いんだろうね」


「うん。残念ながら」


「あんたは昔から段取りが下手だったからねぇ。仕方がない、引き受けてやるよ」


 手荷物は無い。もう必要なものは港に送ってある。


 軍人用のパスで改札を通り抜けると、そこにはすでに列車が停まっていた。


 車両側面の電光案内板には出発時刻が表示されている。駅に備え付けられた時計を見ると、出発は2分後だ。


 俺はふと改札の方に振り返った。改札の先にはまだオババが立っていて、こちらを見ている。その顔はいつものオババのやる気のなさそうな顔とも違う、どこか寂しそうな表情をしていた。


 俺は改札に走り寄って、オババを呼ぶ。


「なにしけた顔してんだよババア」


「うるさい。そんな顔してないよ。ただ、あんただけじゃ不安だからあたしもついて行ってやろうかと考えてただけさ」


「いや、いいって。俺もう16だぞ。子供じゃないんだからさ、オババはガッケノのことを頼むよ」


「ふん、ガッケノは心配してないんだよ。ガッケノはね」


 そんなことを話していると、ホームにアナウンスが流れ始めた。


『まもなく、港町アクアマリン行きの電車が発車いたします。ご乗車の方は足元にご注意の上、お乗り込みください。乗車されない場合は黄色い線の内側までお下がりください』


「やば、それじゃあオババ、行ってくる」


「死ぬんじゃないよ馬鹿弟子」


「あんたもな、くそババア」


 電車は乗り込んだ後すぐに発車した。


 俺は乗り込んだホーム側の景色が見える窓際席に座る。外を眺めていると、ゆっくりと景色が流れていく中に、オババの姿が映った。


 オババはわざわざ切符を買ってホームまで出てきてくれていたのだ。


 俺は窓を開けて身を乗り出した。


 そして、オババの姿が見えなくなるまでさよならの手を振り続けた。

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