第7話 【 実験 】オババの家にトイレを作ろう!
トイレを作りたい。
これは、俺がこの世界に来て歩き始めたころからずっと思っていたことだ。
中世ヨーロッパと言えば、窓から汚物を投げ捨てるという印象があるが、俺が住んでいるこの開拓村では汚物は桶に入れて森に捨てられている。
もう一度言うよ。汚物は森に捨てられている。
もちろん、これは都会の道端に汚物を捨てるよりは随分良いと言える。森の栄養源になると思えば悪くないかもしれない。
「……いや、絶対悪いわ」
手を洗う習慣はなくとも、汚物まみれで生活していないだけ、衛生的にはまだまし。とは言えだ。現代社会に生きていた俺にとっては汚らしいにもほどがある。
最初に母さんに付き添われて用を足したあの桶、そして鼻が腐り落ちるのではという悪臭。風呂に入らない生活で臭さに慣れたかと思っていた俺もあれはとんでもない衝撃だった。
ところで、なんで俺が急にこんな事を言い出したのかという話だが、俺の魔力が上がって生活魔法の『流水』が使えるようになったのが発端だ。
あ、ちなみに、生活魔法は特に名前は無いらしいので、『流水』というのは俺が勝手につけた名前だよ。
水が流せる。つまり、トイレを流す水はもう確保できるってこと。
じゃあトイレ作るしかないでしょ!
そしてトイレを作ったら次はシャワー。その次は風呂も欲しい!
「……でも、その前にまずはこの掃除を終わらせないとな」
俺は今、オババの家の掃除をしている。
寝坊して修行と店の手伝いをサボったからその罰だそうだ。
でもさ、この罰もう一週間も続いてんだよ。たった一回の寝坊の罰にしては重過ぎるだろ!
相変わらず風魔法でぶっ飛ばされた木やら何やらの片付けもしているし、薬草畑の雑草抜きもしてる。そのうえで今度はオババの家の掃除まで。修行はまた厳しくなったしさ。もう散々だよ。
だから俺は決めた。俺の家にトイレを作る前にここで実験してやろうってなぁ!
オババにトイレの説明をしたら、すぐ乗り気になって俺に手伝うから作ってみろと言ってきた。
設計図があるとはいえ、トイレがどうなるかは未知数。材料は代用が必要なものも多いし、最悪配水管がつまって逆流してくるかも。
でも、大丈夫。俺の家じゃないし。
「くふふ、この機会を逃す手はない」
「うん? 何か言ったかい?」
「いや何もー。それよりちゃんとトイレ作り手伝ってよね」
「わかってるよ、出来ることならやってやろう。しかしなぁ、アタシももう歳だし、若いもんが全部やってくれんかなぁ」
そうやってチラチラとこちらを見てくるオババ。
金髪碧眼スタイル抜群の美女にしか見えない年齢詐欺ババアが何言ってんだか。
腰も曲がってないし動きだってキビキビしてるじゃねーか。
まあいい、今日はひとまずトイレの候補地を決めてどうやって作るか決めよう。
設計図から探し出したのは木製のトイレ。外観と内部機構は一般的な洋式トイレと同じだが、素材がまるで違うし電気を魔力で置き換えるようになっている。
水は後ろのタンクに逐一補充する形式らしい。『流水』が使えるようになったからこれは都合がいいな。
木材の加工については兄ちゃんに手伝ってもらうとして、次は下水道と流した物の処理について考えないと。
下水道はある程度メンテナンス性を考慮して広めにしたいところ。人が歩ける足場と水が流れる通路をわけて、大人の男でも圧迫感を感じずに通れるぐらいには天井を高くしたいな。……と思ったけど、まあオババの家だしここまでしなくていいか。
「とは言え完全に穴を掘っただけじゃすぐ崩れるだろうしなぁ。せめて粘土があれば土管を作れるんだけど……」
実験として作るとしても、すぐに使えなくなるような物を作りたくはない。
俺が森に入るのはまだ許されていないし、誰かに探してもらうにしても粘土と言ってこの村の人間に通じるだろうか? 最悪、下水道も木製にするしかないかもしれない。その場合どれぐらいもつかな?
「オババさぁ、この辺で粘土がある場所とか知らない?」
「粘土? ああ、焼き物とかのあれか? あれならこの辺りでは取れんなぁ。森の奥の方では取れるらしいが」
ほう、離れた場所にはあるのか。
でも森の奥どころか浅い所にさえ行けない身だからな。近場ならこっそり行けたかもしれないんだけど…………ほかにいい方法はないものか。
設計図に載っている土管の絵を地面に書きながら、どうしようかと考える。すると、その絵を横からオババが覗いてきた。
「なんだそりゃ? そんなもんが作りたいのかい?」
「ああそうだよ。こいつが無いとトイレにならないからね」
「それなら木を削って作ればいいじゃないか」
「水を流すんだよ? しかも地面の下に埋めるし、木じゃすぐ腐るじゃん」
「ならアタシが固定化の魔法かけてやるよ。そうすりゃ10年は腐らないぞ。おまけに強度も上がるしな」
「マジかよ、そんな魔法があんの!? 魔法って万能すぎるだろ!」
強度を上げるうえに腐食も防げるのか。それなら設計図で作れる色々なものに応用が効きそうだぞ! 使いたい魔法がまた増えたな!
「ただ固定化をかけてもかけた物の性質は変わらないから注意しろよ」
「それって、土だと水があっという間に抜けちゃうみたいな感じ?」
「そうだ。固定化はあくまで形を保って少しだけ頑丈にするというだけの魔法だからな」
なるほど。だとすると木材でも水の吸収率が高いからパイプの材料としてはあんまり良くないな。撥水性の高い木材が都合よく見つかればいいけど、駄目だったらすぐ詰まるぞ。
うーむ、うちにトイレを作る時はその辺ちゃんと考えよう。
あと残りは下水処理場だけど、これは森の奥のできるだけ遠くに穴を掘ってそこに溜まるようにすりゃあいいか。元々森に捨ててるわけだし問題ないだろ。
さて、ある程度の概要は決まった。次は人員と材料の確保だな。
「よーし、トイレ第一号作り頑張るぞ!」
◆◇◆
数日後、魔女の家のトイレが完成した。
正直、トイレを作るのにひと月かかることも覚悟していたので、この結果には驚いている。
それもこれも、木を加工するための道具を鍛冶屋のゴランさんが作ってくれたおかげだ。
前回の剪定鋏が職人魂に火をつけたらしく、俺の欲しい道具について詳しく教えてもらえるなら協力すると言ってくれたのだ。
『ノコギリ』に木を削る『カンナ』、穴を開ける『手動ドリル』。
ゴランさんには感謝しかない。ありがとう、ゴランさん!
今回トイレ制作を手伝ってもらったのは兄ちゃんとその友達の3人。
3人とも狩りの道具を作ると約束したら、進んで手伝うと言ってくれた。
まだ9歳の少年3人と俺、オババの5人での作業。しかもオババは歳だなんだと言って魔法をかけるだけしかしない、そんな状況で、俺たちは頑張って木を削った。
道具はあっても慣れない作業だ。相当に時間がかかるだろう。そう考えていたのだが、兄ちゃんたち3人はまるでベテランかのように動いてあっという間にトイレが出来あがってしまった。
後は簡易的な小屋でトイレを囲って、オババが魔法で掘り返した1メートルぐらいの穴にパイプを通したら終わりだ。
「すげぇや兄ちゃんたち! あっという間に完成だよ!」
「体が勝手に動いたみたいだった。カイララのスキルのおかげかな?」
「だろうね。アタシも3人に支援魔法はかけてないから、カイララのスキルの影響以外原因はないだろうさ」
「そうなの? スキル説明には特になんも書いてなかったけど……」
「なら、常態効果が上がったんだろうね。区切りのレベルアップ以外でもスキルは成長しているってことだ」
なるほど、スキルレベルが上がったからか。って言ってるそばからまた上がった。
これで30レベル……あれ? いつの間にか31レベルになってる。いつのまにか試練終わってた?
えっと……30レベルでは指示を出して動かせる人数が5人になったのか。前が3人だったから2人増加だな。
レベル上がったし、5人まで指示出し出来るなら、もっと大掛かりな物も作れそうだ。
10人くらい指示できるようになったら、うちのリフォームにも挑戦してみようかな。




