第63話 浮上する大地
東西南北を敵に囲まれた辺境伯領と伯爵領――さらに王都にも襲撃の知らせが届き、助けに行けるどころか、現状はこちらがやられる瀬戸際に立っている。
海からは海棲のモンスターの大群が迫り、南からは禿山を越えて魔族の国から入ってきた強いモンスターたちが進撃している。
男爵領との境に位置する山では、オババと俺が大量のモンスターを倒して足止めしてきたにもかかわらず、敵が想定より早く越境してきているらしい。
対してこちらが動かせる兵士の数は1万と少し、これはもう誰がどう見てもなすすべもなく蹂躙される状況だろう。
「お、終わりだ……」
誰かの声がそう呟く。
そんな暗い空気を横目に、俺とガッケノは部屋の隅で話を続けていた。
「しかし、問題はこんな馬鹿げた計画の話をどうやって父にするかだ」
「素直に言うしかないだろ。今はもうこの方法以外モンスターの軍勢に対する手段は無いんだから」
「それはそうだが、しかし荒唐無稽すぎると突き返されたら私たちはここで待機させられるかもしれないのだぞ」
「まあ、そうなったら無理やり出て行けばいい。とにかく俺は辺境伯様の所へ話をしに行く。お前はどうする?」
「行くさ。君は私の部下だ、上司である私が行かなくてどうする」
「その意気だ」
辺境伯様は今、管制塔に設けられた別室で軍の上層部と共に海からの敵に対抗するための手段について話し合っている最中だ。
そこに乗り込んで行ってこの荒唐無稽な計画について話すのは、流石のガッケノでも躊躇してしまったらしい。
しかし、ガッケノ自身も分かっているから、一刻も早く父である辺境伯様にこの計画の話をしなければと歩幅が広くなっていた。
俺たちの計画、それは製造スキップを使ってある巨大な物体を造るというものだった。
その物体とは―― 浮遊島だ。
そう、俺たちは辺境伯領と伯爵領を全てそっくりそのまま空に上げてしまおうと考えていたのである。
敵が地上を這うなら、俺たちは空高く舞い上がって手の届かない場所へ逃げる。そうすれば、こちらは戦闘機で容易に攻撃できる一方で、敵が反撃するのは難しくなる。正にこの状況の最善策なわけだ。
随分前、暇なときに設計図を見ていて偶然みつけた天空城の設計図。これは地面ごと城をロケットエンジンと魔法を使って浮かせるというものだった。
それを見つけたとき、俺は馬鹿らしく思いながらもロマンを感じていた。
天空の城、そこには竜が住んでいて天空人と共に地上を見守っている。そんなどこぞのRPGに出てきそうな光景。この世界ならあっても何らおかしくはないのではないか。
俺は天空城を作ってみようと思った。だけど、その時は当然のごとく材料不足で作れなかった。
いつか天空に城を作りたい。そしてそこにドラゴンを住まわせて国民的RPGごっこをやってみたい。そんな事を考えながら、天空城の設計図を始めとした似たような設計図を読み漁り……そして見つけたのだ。島を丸ごと浮かせる浮遊島の設計図を。
(まさかここにきて、これが唯一の生き残る道になるとは思いもしなかったな)
「中から話し声が聞こえてくる。どうやら父は海のモンスターに対して戦闘機を使うようだな」
どうやら辺境伯様たちは、海上の敵を戦闘機部隊とロケットランチャー装備の歩兵部隊で持ちこたえようという話をしていたようだ。
おそらくオババの魔法やドラゴンたちの戦場が片付いたら援軍としてきてもらおうという考えからだろう。しかし、戦闘機の武装も歩兵の装備も時間がない中で何とか作った分しかない。援軍が来るまで海の強力なモンスターたちを抑えておけるだろうか。
ガッケノが部屋の扉をノックして入室する。俺はそれに続くように入り、ガッケノの左後方で立ち止まった。
「失礼します。父上、緊急のお話があるのですが」
「ガッケノか。どうした、何か良い案でも浮かんだか」
「はい。と言ってもこれは私の案ではなくカイララの案なのですが……」
ガッケノが浮遊島の件を辺境伯様に話していく。その間、話を聞いている辺境伯様の顔はやはりというか少しずつ険しくなっていった。まあそうなるわな。
少し身構えつつも話を聞き終えた辺境伯様の返事を待つ。
辺境伯様はしばらく沈黙して、ようやく口を開いた。
「……その案を採用したとして、製造スキップを行うための基準地点が見つからなかった場合はどうなる。万が一伯爵領を救うのが難しい状況に陥ったら、その場合お前たちは伯爵領を見捨てられるか?」
「そ、それは……」
製造スキップで浮遊島を造る場合、必ず島の中心になる基準地点で能力を使わなくてはならない。以前に辺境伯領全体を浮かせるための基準地点については調べたのだが、伯爵領を含めた場合のことは考えていなかったので、これからその基準地点を探さなくてはならないのだ。
今のこの時間が迫っている状況で基準地点を探せるかどうかは賭けになる。正直、伯爵領を見捨てるというのは、かなり現実味を帯びていた。
俺が言い淀んでいると、横にいたガッケノが前に出て返事をする。
「はい。もちろん見捨てます」
「そうか……では、辺境伯領を見捨てなければならない状況に陥っても、即座に見捨てられるな」
「えっ……?」
辺境伯様に言われた言葉が理解できなかったかのように驚くガッケノ。たぶんガッケノの中には辺境伯領を見捨てるという選択肢は最初から無かったのだろう。
そんなガッケノの様子を見て、辺境伯様は怒るでもなくただ淡々と当たり前のことだという顔をしてガッケノの肩に手を置いた。
「我々は貴族だ。貴族とは国民に対して平等で高潔でなければならん。そこには自領であるとか、親兄弟がいるとか、そう言った個人的な感情は介在させてはならんのだ。ガッケノ、お前も村を統治する一人の貴族だ。であるならば、その場その場で何が最善かを常に選択し、時には見捨てる覚悟を持ちなさい」
「……はい。肝に銘じておきます」
「よろしい。では早速お前たちは製造スキップの基準地点を探しに行きなさい。魔女様にも同行をお願いしよう」
その後、俺たちは辺境伯様に送り出されながらオババと共に飛行場を後にした。
つい最近乗った魔法の絨毯に再び乗り込み、低空飛行で辺境伯領と伯爵領の間にある関所まで高速で飛んで行く。
そのスピードは車なんかのそれを遥かに凌駕していた。接地していないため摩擦による抵抗がないからというのもあるだろうが、やはりオババが作ったものだからこその性能なのだろう。
「オババ、どれぐらいで関所に着く?」
「このまま何事もなければもう少しスピードを上げて1時間後には着くよ。しかし、伯爵領と言っても形状が東西に長いから、全体を含めるのは難しいんじゃないか?」
「もちろん一部地域に限定するさ。伯爵領の各村の住人たちは領都に集められているらしいから、他は考えなくていい」
「そうかい。でも、だったらなんで関所なんだ? その基準地点ってのは浮かせる島の中心なんだろう? 面積から考えると基準地点は辺境伯領内にありそうなもんだけどね」
「基準点は単純に距離だけの問題じゃないんだよ。向こうは山が多いから、その辺も考慮すると質量的なバランスが良い場所が距離的中心点からずれるんだよ。まあ、それでも辺境伯領側にある方が確率高いけどね」
◆◇◆
それから1時間後、俺たちは関所の前にいた。
ただし、関所の先に道は無い。
ただ暗い夜空の闇が広がっているばかりだった。
土地の浮上によって剥がされた線路が、関所の向こうに消えている。
「雲が近いな」
俺たちは、伯爵領を切り捨てた。




