第54話 喪失?
城の会議室には静寂が満ちていた。
長いテーブルを挟んで反対側の椅子にはガッケノが座っており、ただ暗い表情で黙ってどことも分からない場所を見つめている。
俺が村に帰ってきて真っ先に向かったのは自宅でもオババの家でもなく、ガッケノがいるであろう城。
焼け野原になってしまった森と、傷つき治療を受けている兵士たち。襲撃があったことは明らかだが、それにしては村への被害が少ない。
この状況で誰がどこに居るかもわからない中、唯一そこにいるであろうガッケノを訪ねて行ったのは、詳しい状況を聞きたかったからだ。
だが、訪ねて行ったらガッケノはずっとこの調子で、話しかけても一言もしゃべらない。こんなガッケノは初めてで、俺もどうしたものかと悩む。
「な、なあ、ガッケノ。外の魔導人形たちを見たぞ、真っ黒になってたけど間違いない。俺もちょっと前に男爵領で見て来たからわかる。凄いじゃないか! あの魔導人形たちを倒してしまうなんて! やったのはリクセンか? あいつの火力なら出来そうだもんな」
「……」
「あ~、そ、そうだ! オババはどうしてる? もしかしてオババが森なんて関係ないって火炎魔法ぶっ放したりしたんじゃないか?」
「ッ……! すまない」
「へ? な、なに謝ってんだよ。村は無事だし、襲撃も退けたんだから胸張ってりゃいいだろ」
「魔女様は……死んだ」
「……は?」
◆◇◆
エレベーターが昇る速度すらもどかしくて、階段を駆け上がる。
天守閣にたどり着いて、懐に手を突っ込み持っていた双眼鏡で辺りを見渡してみれば、そこには双眼鏡で見るまでもない程に巨大な穴が見えた。
どれぐらい大きいのか想像もつかない巨大な穴。ここからでは全体を見る事はできないが、そこの深さはかなりのものだということはわかる。
「マジかよ」
そう嘆かずにはいられない。
ダンジョンは地下深くにある。だからもし魔族が闇魔法で消し去ったとしても、地下深くなら助かっているかもしれないという可能性が消え去ってしまったからだ。
「そんな……そんなはずないだろ。あのオババに限ってそんな」
穴から今度は村の中へ視線を移す。どこかにオババがいるんじゃないかと探し続ける。しかし、その姿は影も形もない。
どこかに隠れている? なら下に降りて地道に探すしかない。
そう思って双眼鏡を置いて振り返ると、そこにはガッケノが立っていた。
「カイララ」
「ガッケノ! 大丈夫だ。あのオババだぞ。死ぬわけがないって! ちょっとしたに行って探してくるから、会議室で待っててくれよ」
「カイララ、話を聞いてくれ」
「きっと後片付けとかが面倒だから隠れてんだよ! あのババアそういうところあるからなぁ」
「カイララ!」
「なんだよ!?」
俺は余裕がなかった。オババがダンジョンごと闇魔法で消されたと聞いてそのまま会議室を飛び出してきたのだ。
ガッケノがまだ何か話したいことがあることはなんとなく分かっていたけど、それどころじゃなかったんだ。
「魔女様はお一人でダンジョンに向かったわけではない」
ああ、だから。
「魔女様と共にダンジョンに向かったメンバーがあと5人いる」
聞きたくないから。
「メンバーは、魔女ラズベリ、騎士長ダミアン、小隊長マスドラ、小隊副長フラム、軍医デストロ、そして……筆頭狩人ダンペルの6人だ」
その瞬間。俺の頭は真っ白になって体は崩れ落ちた。
いま聞いた人物全員、俺が深くかかわって来た人たちだ。しかも、最後は父さんまで……オエッ。
俺が近くにいれば、もしかしたら助けられたかもしれない。
俺たちが早く帰って来ていれば、オババたちがダンジョンに行かなくても魔導人形たちをどうにかできていたかもしれない。
頭の中にそんなもしもが駆け巡って、後悔で涙と吐き気が止まらない。
「っく……はあ、はあ、はあ」
「カイララ、すまない」
「……お前が謝る……ことじゃないだろ」
そうだ。謝るべきはガッケノじゃない。間に合わなかった、間に合ったはずなのに村を優先しなかった俺たちの方だ!
でも、恨むべきなのは全ての元凶『魔族』。
俺は魔族を――
「ガッケノ、闇魔法を使っていた魔族の特徴を教えてくれ」
「教えたらどうするつもりだ?」
「決まってる。敵を討つ」
「それは魔族を殺すということか?」
「……そうだ」
吐き気を押し込めて、怒りで包み込む。
誰かを殺したいとか、恨むとかそんなのこの世界に来てからは無縁だった。でも、思い出した。世界は理不尽に溢れている。それは前世から何も変わっていなかったんだ。
ダンジョンを消した魔族は誰にも気づかれないうちに村に近づいた。ということは、ダンジョンを消したようにいつでも村を消せるということ。
なら、今度は村を、この国を守るために俺の力の全てを使ってやる。もう、遊びは終わりだ。
「そうか……しかし、すまないな。奴は声だけで姿は見せず、名前も名乗らなかったから分からない。ただ一つ分かることは、奴が闇魔法の使い手であることだけだ。あの規模の魔法を使ったところから魔族の中でも上位の者だろうな」
「十分だ。それだけ分かっていれば探せる。闇魔法はあまり使い手がいないからな」
「探す? まさか魔族の国に行くつもりか?」
「そんなわけないだろ。行ってもあっさり殺されるだけだ。それじゃあ敵を討つ前に終わっちまう」
どうせ奴らはまた攻めてくる。それは人間側の領地にあるダンジョンをわざわざ潰しに来たところから明らかだ。
だったら、奴らが攻めて来るまでにこの国の防衛力を上げまくって、返り討ちにしてやる。そして、捕虜にしたやつらからその闇魔法使いのことを聞き出して、この手で殺す。
「ガッケノ、俺は決めたぞ。これから魔族との問題が解決するまでは、俺のスキルも時間も労働力も、全部この国の防衛力強化に使う。もう、誰も殺されたくない」
「私も同じ気持ちだ。共にこの国のために最大限できることをしよう。ただしカイララ、私はあの闇魔法を使う魔族以外を積極的に殺すつもりはない」
「国が攻められているとしてもか?」
「もちろん攻めてくる兵士を殺さないということではない。魔族を根絶やしにするような考えはないということだ」
「なんだ。それなら俺もそうだ」
魔族も全員が悪という訳ではない。人間と同じように良いやつもいれば、悪いやつもいる。当たり前のことだ。
ただし、根が良くても攻撃して来るなら構いやしない。覚悟を持って来たんだ。こちらも覚悟を持って相手をするのみ。
「俺、帰るわ。母さんと兄ちゃんも父さんやオババのこと知ってるんだろ? せめて俺は帰って安心させてやらないと」
「それが良い。カイララもここまで色々あって疲れているだろうしな。これまでのことはバネッサに聞いておく。今はしっかり休んでくれ」
「ああ。それじゃあ、また来る」
城を出て家路につく。
帰り道、途中でオババの家が見えて、また俺の心は一瞬ぐちゃぐちゃになった。
そう言えば、猫獣人のダンゴを王都に行く前に村に返したんだったな。今もアイツは一人、あの家で俺やオババの帰りを待っているのかもしれない。
「わるい。今日は無理だ。明日様子を見に行くから、勘弁してくれダンゴ」
誰に言う訳でもなく、只一人で呟く。
そして、俺は重い足を一歩ずつ前に進めて、ようやく家にたどり着いた。
中に入ると、母さんと兄ちゃんが俺を出迎えてくれた。
母さんは泣きはらした目をしていて、それでも気丈に振舞っていた。兄ちゃんも同じだ。
俺たちは三人で軽い夕食を摂り。今日だけはと三人で一緒のベッドで眠りについた。
そして翌日……
「なんだい。カイララ、お前やっぱりまだお子様だねぇ。ママが恋しくて一緒に寝てもらったのかい? おねしょしてないだろうね? 弟子が10歳にもなってしょんべん漏らしだったら、アタシはショックでお前の修行を10倍に増やしちまうかもしれないよ」
目を覚ましたら、目の前にオババがいた。
どういうこと?




