第47話 静寂と卵
男爵領領都、そこには最早人の姿は見当たらず、ただ整然と並ぶ魔導人形たちだけが立ち尽くしていた。
俺たちは小高い丘からの観察により、領都の道を埋め尽くさんばかりの魔導人形を見て、今後どう行動すべきかを話し合う。
「カンナギさん、どうします? 一旦戻りますか?」
「……いや、やはりここから見ただけでは情報が少なすぎる。一度私が見てこよう」
「そうですか。他の兵士の皆さんはどうするんです?」
「ここに置いて行く。私だけで行った方が動きやすいからな。君は双眼鏡で先ほど見た辺りを監視していてくれ。私はその範囲内で動く、敵が私に気付いて私が逃げきれないと判断した場合は、ここにいる兵たちを連れてジャガジャリンに帰ってくれ。私は私で何とかする」
「分かりました。一応これ渡しときます。俺が作った特性ポーションです。ちょっとシュワシュワするかと思いますけど、甘いので飲みやすいですよ。効果も骨を折ったぐらいなら治ります」
「それは助かるな。私はポーションのあの独特の味が苦手なのだ。有難く貰っておくよ。では、行ってくる」
そう言って外装のフードでその銀髪を隠すと、カンナギさんは領都へと向かって行った。
俺は忍者のように姿勢を低くして走っているカンナギさんを双眼鏡で追いながら、時折魔導人形たちに変化がないかどうかを監視する。
カンナギさんが街の壁を登り始めたのは、それから10分も経っていない頃のことだ。結構遠くに見えたのに到着が早い。意外とここから街の壁までは近いのか? それともカンナギさんの移動が速すぎるだけ?
壁に到着したカンナギさんはそのまま行けるところまで走って登ると、壁の高さの半分の位置で持って行っていた予備の剣を挿し込み、その剣を足場に大きくジャンプする。そこからはまるで飛んでいるかのような大ジャンプを披露して、壁の上にちょうどで着地した。
あのジャンプは風魔法を使って高さを調節しているな。離れててもそれぐらいのことは分かる。
カンナギさんは壁を登り切った。あとは敵がカンナギさんの存在に気がついていないと良いのだが……よし、魔導人形たちは全く動いていないな。どうやらカンナギさんの侵入には気付いていないようだ。
「あっけないなぁ。監視役とかいないのかよ」
その方が好都合と言えばそうなのだが、どうにも敵の動きが鈍すぎる気がして不気味に思えてくる。
こういう時は目を皿にして少しの変化も見逃さないようにしないといけないから、精神がすり減るんだよな。
カンナギさんはそのまましばらく壁の上で身をかがめながら街中の様子を観察しているようだった。俺がいるこの丘からじゃ最大望遠でも魔導人形がいることぐらいしか分からなかったから、あそこからならさぞ鮮明に色々と見えている事だろう。
「どうするんだ、カンナギさん」
正直、あそこまで行けば十分だと思う。ここから見て得られた情報よりは多少多くの情報を得られただろうし。街中にまで入っていくのは、あの静けさの中じゃリスクが大きい。
壁の上をぐるりと一周するなら、まだありかもしれないけどな。それにしたって壁の上にもどこかには魔導人形が配置されてると考えるのが普通だ。カンナギさんには下手な行動はとらずそのまま戻って来てほしいところなんだけど……
カンナギさんは突然立ち上がると、壁の向こう側に降りて行ってしまった。
「マジかよ」
何考えてんだあの人!
とにかく、敵の動向を見て俺たちだけでもジャガジャリンに持ち帰れるように、いつでも出発できる準備を整えておかないと。
俺は一緒に監視していた兵士の人に話しかける。
「見ましたか今の?」
「ああ、見た。準備は進めておく、君は監視を続けてくれ」
「了解です。準備お願いします」
カンナギさんの姿が見えない以上、俺が見れるのは敵の姿だけ。相変わらず魔導人形たちは街中で整列したまま動いていないが、いつ動き出してもおかしくない。
そのまま、ずっと奴らの僅かな動きも見逃さないように見ていると、壁の方から何かが道路に出て来た。
あれは……カンナギさんだ!
堂々と魔導人形たちの間を歩いているカンナギさん。でも、何で奴らは何の反応もしないんだ。
混乱している中、こちらが見ていることを知っているカンナギさんが振り返って手を振って来た。余裕ぶっこいてるのか、それとも俺たちを呼んでいるのか。わからないが「あんな敵のど真ん中で何やってんだよ」とツッコんでおく。
あれ? カンナギさんの手の動きが変わったな。今度は手招きか? あ、また変わった。もしかしてあれ、手信号とかだったり?
俺は軍で使われている手信号を知らないから、さっき準備に行ってくれた兵士の人を呼んで、一緒に見てもらう。
「……なるほど」
「分かったんですか?」
「大体はな。副団長は、ジャガジャリンに情報を送るための10人を残し、それ以外は全員領都に来るようにと言っている。どうも、魔導人形は近づいても何もしてこないらしい。ちょうどいいので調査をするそうだ」
「何もしてこない―― 不思議ですが、とにかく話は分かりました。俺はジャガジャリンに行く準備をしますね」
「いや、君には領都の方に来るように言っていた。おそらく停止している魔導人形を調べてもらいたいんだろう」
「えぇ……」
どう考えても俺は帰すべきでしょ。子供だし、絶対安全ってことはないんだしさぁ。俺、行きたくねえよ。あんなに魔導人形が並んでる所なんて。
とは言え、行かなきゃ話は進まない。カンナギさんは騎士団の副団長だし、きっと判断力もあるだろうし、信用できる人だ。
大丈夫。大丈夫だ。信じようカンナギさんを。
「ああー! やっぱりやだなぁ!」
「入り口の門の前まで来ておいて、今更そんな事を言っても仕方ないだろう。ほら、もう門が開くぞ」
「良いですよね。そちらさんは兵士で覚悟決まってるんですから。俺はまだ10歳ですよ。10歳でまたあの世行きは勘弁してほしい」
「また? 君の気持も分かるが、もし何かあっても君のことは我々が全力で守って逃がす。だから少しの間だけ我慢してくれ」
「我慢ね。がまんがまん。我慢ばかりが人生ですわ」
そんなやり取りをしていると領都入り口の門が開き始める。カンナギさんが内側から操作して開けているのだ。ゆっくりだけど、それよりもこの巨大な門を一人で開けるパワーがあの細腕にある事が驚きである。
バネッサさんがやってるならまだ納得するけどさ。カンナギさんは鎧脱いで立っていれば、只の美人なお姉さんだよ? これが本当のバケモンか。
「来たなお前たち」
「来たなじゃないですよ。どういうことですかカンナギさん。俺をこんな危ないところに来させるなんて」
「すまない。だが、こいつを見たら君を呼ばない訳にはいかないだろう?」
そう言って後ろ手に持っていた何かをグイッと前に出してくるカンナギさん。その手に持たれていたのは、高そうな服を着た太った男と魔導人形。
「なにこれ?」
「こいつはこの男爵領の領主だ。そしてこっちはその領主が寄りかかっていた魔導人形。たぶんコイツの魂が入ってるんじゃないかな。ほら、ちょっと顔が似ているだろう?」
「うーん、なんていうかどっちもたるんだ顔してるね。そう言われれば似てなくはないけど……って、この人が領主? 何処から持ってきたんですか?」
「城だ。お前たちが来るまでの間、ついでに城まで行っていたのだが、そこで見つけた」
「はあ!? 何でそんな危ないことしたんです? 一人で行くなんて、もし敵の魔族が潜んでたらどうするんですか!?」
「まあそう怒るな。敵はいなかったぞ」
「そりゃそうでしょうよ!」
しかし、一体どういうことなんだ?
俺はあの噂で怪しい黒服たちが男爵家に出入りしていると聞いてから、男爵家は魔族と通じていて敵側に寝返っていると思っていたんだけど、こいつが領主なら男爵家も敵にやられていたということになる。
でも、そうだとしてもこの街の魔導人形を使うためには操る誰かはいるはず。城に誰もいないっていうのはおかしい。
「カンナギさん、城でこの街の人たちの姿を見ませんでしたか?」
「見た。皆なにかよくわからない液体の詰まった装置に入っていてな。解放しようにも手出しができなかったんだ。だから君を呼んだ」
なるほど、そりゃあ呼ばれるわ。
俺はカンナギさんの案内で魔導人形の軍団の間を突っ切り、男爵の城の中へと入る。すると、入ったそばから、壁際に卵型の機械のような装置がずらりと並んでいるのが見えた。どれも液体が満たされている。中を覗いてみると、そこには確かに人の姿が見える。
なんじゃこりゃ?




