第43話 魔導人形
なぜ自分がジャガ男爵領に行くことになったのか、今になって考えるとおかしな話だ。
辺境伯様はこの呼び出しで、俺に何かを求めることはなかった。それはつまり、俺を連れていく理由はなかったということ。
辺境伯様は最初から王様に俺を連れてくるように言われていたのだろう。
俺は悶々とする感情を表に出さないようにしながら、トラックの座席に座って薄暗い朝方の地面を照らすヘッドライトの明かりを見つめる。
景色はまだよく見えない。ここは既に王室領からチリソー伯爵領に入っているらしいが、きのう通って来た伯爵領の景色と違って山に向かう気配は無く、平地が続いていた。
今回は伯爵様が辺境伯様の車に乗っているので、この辺りの詳しいことは聞けない。
この先に街はあるのか、村はあるのか。ただ兵士たちについて行くだけの現状では、俺が何も考えることもないわけだ。
「なんか、気分悪いな」
「なんだいカイララ、車酔いか?」
「いや、そんなんじゃないよ。ただ、予言とか言われて踊らされてるのがちょっと気にくわないだけさ」
「そんなこと言うもんじゃないよ。特に辺境伯様や伯爵様の目の前では絶対にね。貴族様方は私たち平民なんかよりずっと王家に対する忠誠心が高い。下手なことを言えば子供だったとしても罰が下るかもしれないからね」
「ふーん……ありがとうバネッサさん。気を付けるよ」
王家に対する忠誠心か。俺は直接王様に会ってないから分からないけど、王様ってよっぽどカリスマ性があるのだろうか。
それとも『神の預言者』とかいうスキルを持っているから尊敬されているとか?
しかし、神の預言者ねえ。そんな名前のスキルがあったとしても別に不思議じゃないけど、『予言者』の部分はともかく『神の』というのがどうも気持ち悪い。
神の預言者ってなんだよ。
神のことを予言するのか? 神から予言が来るのか? それとも神レベルの予言ができるとかか?
神レベルの予言ってのは意味不明だから違うとして、神が関係してくる予言だとしたら、どうも俺たちが神に駒のように扱われているようで、あまりいい気はしない。
「ねえ、バネッサさん。神の預言者って知ってる?」
「もちろん知ってるよ。代々王家に受け継がれる伝説的なスキルさ。この国はあのスキルのおかげで誕生したという話があるぐらいだからね、知らない人間の方が少ないぐらいだよ。マリーだって知ってる」
「えっ? マリーちゃんも『神の預言者』のこと知ってたの?」
「うん。お父さんとお母さんにお話ししてもらった」
なるほど、おとぎ話みたいなものになっているぐらい有名なのか。俺も小さい頃に聞いたかもしれないけど、どうでもいいことは右から左に流してたから全然覚えてないわ。
「ねえ、もし良かったらどんな話だったのか聞いてもいいかな?」
「いいよ。じゃあ話すね。これは、この国を興した虹の少年のお話……」
マリーちゃんが話してくれたおとぎ話は、おとぎ話というだけあって子供が聞いても分かるぐらいに噛み砕かれたものだった。
内容はこうだ。
昔、この近くに住んでいた一人の少年がいた。
その少年は『神の預言者』というスキルを使って、人々を助けていた。
ところがある日、少年の住む村はモンスターに襲われて無くなってしまう。
幸い、予言のおかげで人々の命は助かったが、食べるものも住む家もなくなったせいで、村人のいくらかが死んでしまった。
少年は二度とこんな事が起こらないように、予言の力で虹の魔法石を見つけ出し、そこに強力な結界で守られた村を造った。
やがて村は街となり、そして国へとなっていった。
少年はこの国の王となり、虹の王様として平和に暮らしましたとさ。
おしまい。
なるほど、よくある建国の物語と言った感じだ。
ただ、この中に出て来た虹の魔法石というのが今も王都を動かしている虹の魔法石だとすれば、この初代国王の功績は本当に計り知れない。なにせ、この国は建国して1000年は経っていると聞いているからだ。
虹の魔法石は1000年間も王都を守り続けてなお、今ではまるで未来都市のように発展させている。虹の魔法石の力は計り知れないな。
「こんな話聞かされてたら、そりゃあ忠誠心も出てくるわけだ」
「それだけじゃないよ。この1000年の間、この国には幾度となく危機が訪れたけど、その度に王家の預言によって退けられてきた。そのうえ、少しずつ周辺の国を統合し、今や大陸最大の国家になってる。私ら平民はともかく貴族様方は土地を任されているからね、負けない国家の元首に忠誠を誓うのは当然さ」
「確かに。それなら今回の預言に辺境伯様が何の疑いもなく従うのも納得だな」
それにしても、だとすると俺を王都に呼んだ意味も何かあるってことだよな? やっぱり王都の発展ぶりを見せて俺に発破をかけるためか?
いや、でもだとしたら男爵領に行かせる意味が分からない。こう見えても俺は10歳、立派なガキだぞ。もし男爵領に魔族がのさばっているなら、俺なんて戦力にならないだろ。
俺の魔法はキマイラを一掃した時のサンダー・ボルトはともかく、戦闘向きのものは少ない。サンダー・ボルトは準備が要るから使おうと思ってもその前に殺されるだろうし、他の魔法も魔族とまで呼ばれる連中に使うには威力不足だ。
目くらましで足止めとか、それぐらいが関の山だろう。
その時、無線の呼び出し音が鳴る。
応答すると、相手はやはり辺境伯様で、内容はこれから男爵領に入るというものだった。
ああ、まだ男爵領には入ってなかったのね。
白み始めた空はもう直に朝が来るのを示している。見える範囲は多少広がったが、特に変わった様子はない。
さて、男爵領では一体何が起こるのだろうか。
想像できない今後の展開に、頭はやけに落ち着いていた。
◆◇◆
ジャガ男爵領、男爵芋が特産品という名前そのままなこの領には、辺境伯領の領都と変わらない規模の街が二つ存在している。
一つは男爵領領都、そしてもう一つは辺境伯領と伯爵領の領境にほど近い場所にある、貿易都市『ジャガジャリン』だ。
この都市は、途中で辺境伯領と伯爵領に分岐していく川の本流沿いにあり、主にこの川を使って各領と物のやり取りをしている。
俺たちは早朝から通して昼少し前ごろ、ようやくこのジャガジャリンの街へと到着した。
街の様子はいたって普通。特に変わった様子もなく、俺たちは街の権力者に歓迎ムードで迎え入れられたほどだった。
聞けば、その人たちは俺たちが来るとは知らなかったらしい。ではなぜ、俺たちが来たことを喜んだのか。その理由はすぐに分かる事となる。
「きっ、来ました! 奴らです!」
それは不気味な黒フードの集団。
一見、ただの人のように見えるそれらだったが、次の瞬間――風にあおられたフードがめくれ上がり、正体を現した。
そこに在ったのは、人を模した灰色の人形の顔。
「まっ、魔導人形だ!」
魔導人形と呼ばれる、死なない兵士の姿だった。




