第32話 バス会社設立
駄猫を引き取ってから、俺の生活は一変した。
まず、朝から晩までゴロゴロと適当に過ごしている駄猫に3食飯をやって、退屈して絡んで来た時には遊んでやる。本当にただの猫を世話している気分だ。
ちなみに駄猫の名前は俺が適当に『ダンゴ』に決めたよ。
そして、オババの家に居候している関係上、オババにも駄猫を飼う許可を取ったのだが、そのせいで俺はペナルティを受けることになった。
オババは店を俺に押し付けて今までよりも頻繁に出かけて行くようになったのだ。
今回はなんとドラゴンのリクセンがやってる温泉に1ヶ月も行くって言うんだぜ? 正気かよ。
テメエが魔法の修行をつけると言ったくせに、放っておいて友達と旅行に行くなんて、あのババアはやっぱり駄目だな。
おかげで俺はここ最近ずっと村に拘束されている。本当は使えるようになった電気を領都の方にまで活用できるようにしていく予定だったのだが、店に居なきゃいけないせいで何も出来ていない。
道路に街灯を取り付けたり、領都に電球を普及させて生活を豊かにしていくつもりだったんだけどな。
「そろそろストレスで胃がムカムカしてくるころだぞ、これ」
正直なところ店番は暇だし、俺が居なくても問題ないんだよな。例えば村の暇してる大人に変わってもらうとか、子供達に職業体験がてら任せてみるとかしても普通に回るだろう。
でもなあ、もし重病人とかが来たら、俺かオババが居ないと対応は難しいってのも事実なのよねぇ。
うん……あれ? いや、あるぞ方法! 人を雇って教育すりゃいいんじゃん!
なんで今まで思いつかなかったんだろう。そうだよ、アルバイトを雇えばいいんだ。前に領都から連れて来た元ホームレスの人たちがテーマパーク建設が終わりかけで手が空き始めているという話だったから、あの人たちの誰かを雇って教育して店をまかせればいい。
そうと決まれば話は早い。
俺は見張りの兵士と駄猫のダンゴを連れて、テーマパークへと向かった。そして、適当な紙にアルバイト募集についてを書いて掲示板に貼り出した。これでそのうち誰か来るだろう。
そこからは少しだけ3人でテーマパーク内を見て周る。日本の遊園地やテーマパークを参考にして色々とアトラクションを追加したので、乗らなくても見ているだけでかなりワクワクする。
今は開園前の試運転期間で、村の子供達が付き添いの大人と共に遊んでいた。当然これはただ遊んでいるわけではなくて、改善点があれば報告してもらい、都度修正するということになっている。
アトラクションの中で特に俺がおすすめなのはゴーカートだ。いくらでも使える広大な敷地を利用して複数コースを作ったので、かなりやりごたえがある。
「フォー! 良いスピードだ!」
「うるさいにゃあ!?」
新しいエンジンを開発してくれた鍛冶屋のゴランさんとドワーフのゴスペルさんに感謝だな!
アルバイト募集の貼り紙とアトラクション視察を終えたその日の夕方、3人の男女が店へとやって来た。元々の村の住人じゃない。領都から来た人たちだ。
その中の1人、若い女の人が店先から声をかけてくる。
「あの~、貼り紙を見て来たんですけど」
「ああ、はいはい。アルバイト募集の貼り紙ですね。後ろのお2人も同じですか?」
「そうじゃ」
「そうです」
やって来たのは20代ぐらいの若い女性が1人と、10代の男性が1人。それから60代ぐらいのお爺さんが1人だ。
俺は元々3人ぐらい雇いたいと思っていたので、人数はちょうど良い。
「それでは労働条件をお話ししますね。仕事内容はこの店のあらゆる業務、掃除、薬の製造、販売、店番、その他になります。お給料は月額15万円、期間は明日からの無期限です。ですが拘束するつもりはないので、お仕事を辞めたい場合にはすぐに俺に伝えてください。ここまでで何か質問はありますか?」
「あ、あの、今の話からすると、私達3人とも採用という事でいいのでしょうか?」
「ええ、そうですよ。ですから条件に同意される方は明日から出勤をお願いします。どうです、皆さん条件に同意されますか? される場合はこちらの契約書にお名前を書いていただくか、拇印をおねがいします」
そう言うと、3人は少し迷ったあとに全員が書類に名前を書いた。
へえ、3人とも文字は書けるのか。元から書けたのか? それとも、村に来てから勉強したのかな?
とにかく、これで薬屋は3人の従業員を確保できたわけだ。
ちなみに、給料は俺の貯金から出されることになる。今までの村への貢献からガッケノにいくらか金を貰ってたんだよね。どうせ自分の金を使う場面はないし、月45万ならしばらく雇えるぐらいはあるから、ここで使って俺が自由に動けるようになるなら使わない手はない。
「それでは皆さん。最初の5日間は研修期間です。この間に仕事を全て教えますので、夜更かしなどせずしっかり寝るようにしてください。それから最後に注意事項です。この店で学んだことを他の仕事で使うのは自由ですが、店の不利益になるような事をしたり、店の売り上げや物を盗んだ場合には、この辺境伯領から永久に追放しますのでそのつもりでいてください」
こうして、俺はやっと店から自由になれた。
ちなみにたった5日間で店の仕事全てを覚えさせた方法だが、これは『設計図』で店の仕事のマニュアルを作らせることで解決した。字を書くことに慣れていないようで全員5日後にはグロッキーになっていたが、仕事を辞めると言い出す人は居なかったので問題ないだろう。
◆◇◆
俺抜きで店を回すことが出来るようになったのを確認した翌日、俺は駄猫のダンゴと見張りの兵士と一緒に城へと向かった。
ダンゴだけやたらと検査されてから中に入って、向かったのはガッケノの部屋。見張りはさらに2人追加されたが、これはダンゴが居るから仕方ない。
一応ノックして返事の後に両扉を開けると、中には仕事机に向かって書類にサインしているガッケノの姿があった。
「カイララか、店は開けてきて大丈夫なのか?」
「ああ、人を雇ったから俺が居なくても大丈夫になったんだ。それよりやっと動けるようになったから領都大改造計画を進めようと思って来たんだけど、もうそっちで何かやってるか?」
「ちょうど今やっていたところだ。これを見てくれ」
「どれどれ」
ガッケノから渡された資料。そこには『バス会社設立について』と書かれている。
そう言えばそんな話もあったな。
ダムを作って電気を使えるようになったから、そっちに気を取られてすっかり忘れていた。
「今はまだ軍が森を探索中のため無理だが、テーマパークへの客の呼び込みのためにも村と領都間の移動を迅速に行う手段は確保しておきたい。そこで以前バス製造に協力してもらったピランティス商会、乗合馬車組合と合同で、乗り合いバス事業を展開する事を決めた。その資料は新事業を行うに当たって新しく会社を立ち上げることを提案する資料だ」
「な、なるほど。俺が居ない間にもうここまで動いてたのか。全然知らなかった」
「君のように新しい考えを提示したり、新しい物を作ったりすることは出来ないが、既にある物を有効に使う手段や、それを使用した事業について考えを纏めて進めて実行することはできる。むしろこういう事は本来私たちのような者が先頭に立ってやるべきことだからな」
「それは、そうかもしれないけど……」
なんだか、ちょっと寂しい感じもするなぁ。
「ふっ、何をそんなに落ち込んだ顔をする必要があるんだ? 私が言った事がつまりどういう事か、わからない君じゃないだろう?」
「うーん……どういう事?」
「君はたまにすごく鈍くなるな。カイララ、君は本当はもっとやりたいことがあるんだろう? すでに出来上がってしまった物じゃない、まったく新しい物を作りたいという気持ちは今も君の心の中で燃えているはずだ」
それは、確かにそうかもしれない。
最近は魔族の件やらなんやらで色々あって他の事を考えられない日々が続いていた。けど1年前の今頃はもっと村を盛り上げるためのアイデアに脳を焼かれていた気がする。
「私は君が生き生きと物作りに励んでいるのを見るのが好きなのだ。この村を、辺境伯領を住みやすく作り変えてやろうとするその気持ちが凄く嬉しい。だから私達でやれることは全て引き受ける。君は君のやりたいことをやり、作りたい物を作ってくれ」
「ガッケノ、お前……もしかして、俺のこと好きなのか? すまん、俺は女の子が好きなんだ」
「なっ!? なわけないだろ! 私も女性が好きに決まっている! ただ、今のは君の物作りに対する姿勢が好きだと言っただけであって、決して君のことをそのように見ているという事ではない!」
「あはは! 冗談だって」
でもそうだよな。俺はこれまで造りたい物を作ってきた。でも、最近はそれが造らなきゃならないものに変わってた。
そもそも、俺が物を作るのは俺がこの世界で快適に過ごしたいからなんだ。そのために金が必要だったからアニメを作ったし、テーマパークや温泉も造った。
だけどこの1年はずっとダムの補修と建設ばかりで、元から造りたかったものを造れていなかったんだ。その間に電気関連の施設を作ることは出来たけど、それはほんの少しの期間の話だったし。
色々と思い返していると、どんどん頭の中で造りたいものが溢れてくる。
俺は今なにがしたいんだろう。やっぱり、まだ金が必要になって来るから、観光に関することだろうか。
と言っても、交通手段はガッケノがもう動いているしなぁ。
じゃあ、そのほかの事。宣伝手段を増やすとかどうかな?
それなら電気も使えるようになったし、あれを作れば領都中、いや辺境伯領中に宣伝できるかも……
「よし、決めた! ラジオ局を作ろう!」